太公望気取り


 マリカがジェイルと一緒に入口付近でモアナたちと話をしていると、ぱたぱたぱた、と階段を下りてくる足音が耳に届いた。振り返るとひょっこりと覗いた緑色の頭。彼はマリカたちの姿を見つけると、口元をほころばせてこちらへと走り寄ってくる。

「レッシン、知らね?」

 しかしにこやかな表情は一瞬で崩れ、口から出てきたのは我らが団長の行方を尋ねる言葉。
 今日はどこぞへの遠征も予定されておらず、大きなクエストも受けていないはず。それならば団長である彼が出かける用もないはずなのだが。

「いないの?」

 マリカが尋ねると、「もぬけの空でした」と返ってきた。もともと一か所にじっとしていない彼のこと、部屋にいないのはいつものことだが、軍師がその居場所を見失うのは珍しいといっていいだろう。

「何か用があったのか?」

 ジェイルの言葉に、「そういうわけじゃないけどさ」とリウは頬をかく。

「なんつーか、姿が見えないと心配っていうか、不安っていうか」

 余計な世話っての分かってんだけどさー、と言うリウだが、彼の気持ちが二人には分かる。ものすごくよく分かる。

「暇だもんね、今日」
「何するか分からないからな、あいつは」

 うんうん、と頷いてくれた二人へ、「だろー?」とリウも苦笑を浮かべた。

「城の中で騒いでくれてるならいいんだけどさ」

 普通ならば騒がれたら迷惑だ、と思うのだろうが、レッシンの場合は逆だ。騒いでいる声が聞こえるなら彼がそこにいるということ。聞こえない方が何をやっているのか分からない分怖い。
 姿を見なかったか、とその場に集まっていた面々に尋ねてみるが、残念ながら返答はそれぞれ否であり、それに少しだけがっかりしたリウは、「散歩ついでに外も見てくる」と出入り口の方へと向かった。

「あたしも行く」

 声を上げたマリカと、もとよりついてくる気だったらしいジェイルとリウの三人は、ゆっくりと森へ続く小道を歩いた。


 トビラのある場所を覗き、ホツバにも尋ねてみたがここには来ていないとか。ほとんどけもの道のようなところを歩いて畑の方へと向かい、そのあたりにいる人間にも聞いてみたが見かけていないという。
 外には出ていないのだろうか、そう思いながら城の裏側に広がる湖の方へと足を向けた。せっかく散歩するのだから、普段赴かない場所にも行ってみたい、とマリカが言い出したのだ。そういえば、城が大きくなってからろくに探検もしていない。地形も変わっているのだから、全く知らない場所だってあるだろう。

 零れる日差しを浴びながら三人で適当に歩いていると、少し先の湖のほとりに開けた場所を見つけた。そこまで行って城へ戻ろうか、と話をしているところで、不意にジェイルが「あ」と声を上げる。同時にリウとマリカもその先客に気が付いた。

「これは、気づかねーよ」
「いつの間にこんな場所、見つけたんだろ」
「あれ、寝てないか?」

 湖に向かって座り込んでいるため顔は見えないが、明らかにその背中はレッシンのもの。ふらふらと不安定に揺れているため、ジェイルの言うとおり居眠りをしているのかもしれない。

「こんなとこで、何やってんの、あいつ」

 呟いたマリカがつかつかとレッシンへ近寄り、「釣り、みたいね」と二人を振り返った。レッシンの頭の向こうで揺れていた棒はどうやら釣りざおだったらしい。

「レッシンが釣り?」

 一人でいることより大勢の仲間と大騒ぎしている方が好きだ、と公言している彼にしては珍しい行動だ。糸を垂らしてじっとしているだけの釣りを自ら進んでやるとは、いったいどんな心境の変化だろうか。
 首を傾げたジェイルに、「オレ、のせいかも」とリウが答える。どういう意味だ、と二人が視線で尋ねると、「いや、だってさ」とリウが言いづらそうに口を開いた。

「ここのメシ、美味いけどさ、肉が多いじゃん? オレ、魚の方が好きだし。魚食いてぇなーって、昨日、言った……」
「それは、『せい』とは言わない」
「そうね、『リウのせい』じゃなくて、『リウのため』ね。良いとこあるじゃん、レッシン」

 感心したように言った後、「釣れてないみたいだけど」とマリカは苦笑いを浮かべる。側に置かれた桶の中には水がはってあるだけで、魚の姿は一尾もない。おそらくレッシンのこと、釣り糸を垂らして間もなく居眠りを始めてしまったのだろう。垂らされた釣針の先にあった餌は当に食われているはずだ。
 釣り上げる気があるのか、ないのか、まったく分からないが、それでももし本当に、何気なく言った一言が彼のこのらしくない行動につながっているのだとしたら。
 嬉しくないはずがない。
 とりあえずレッシンに礼を言うべきだろうか、しかし面と向って言うのも恥ずかしい。そんなことを考えながらリウがレッシンに近づくと、ぐらり、と彼の体が倒れた。

「っ、と、わっ」

 どうやら完璧に睡魔に囚われているらしい。その体を慌てて支える。

「……起きませんけど、この人」

 体重を支えきれず、座りこんだリウの膝を枕にして尚も寝続けるレッシンに、呆れたようにそう呟く。

「レッシンだからな」
「寝たら起きないでしょ、そいつは」

 仕方ないわね、とその手から落ちかけていた釣りざおをマリカが取り上げた。





 しばらくして目覚めたレッシンが見た光景は、今まで自分がいたはずの場所にマリカが陣取って自分以上に釣りの成果を上げ、枕代わりだった膝の持ち主リウとジェイルが地面の上に広げた将棋盤で熱戦を繰り広げているというものだった。




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2009.01.22
















なんか、とりあえず誰かが寝てる話ばっかりです。
ちなみにマリカは釣りと狩りが異様に上手いです。
リウとジェイルの将棋はリウ側が飛車角、香車桂馬を落とすハンデを負ってるという設定。
ガチンコ勝負だとジェイルに勝ち目がないので。