彼らのルール


 ある特定の集団においてのみ、「至って普通である事柄」というものがある。いわゆる「自分ん家ルール」というものもその一つ。洗濯物の畳み方だとか、お風呂に入る順番だとか。家庭と呼ばれる集団の中ではある種のルールが出来上がっているものだ。
 彼らにとってそれは規約と呼ぶほど大したことではなかったが、それでも至極普通のことであった。
 しかしそういったものは須らく、世間一般の常識に照らし合わせて考えた場合少しずれているものなのである。


 格別朝に強い、という方ではないが、窓から日が差し込めば自然と目が覚める。睡眠が足りていなくても大体毎朝同じ時間に一度目が覚めるため、おそらく体が覚えてしまっているのだろう。
 ゆっくりと浮上する意識に従って目を開け、リウはぼんやりと自分が握りしめている布団を見つめた。
 今日は特に急ぎの用事はなかった、はず。今はファラモンに偵察に行っているロアたちの報告待ちの状態だ。昨日発ったばかりなので、もうしばらくは掛かるだろう。暇だと妙な方向へ突っ走りかねない団長の首元を抑え込んで、モアナのところで適当なミッションをこなして貰っておいた方がいいかもしれない。
 そこまで考えたところで、不意に背後でごそり、と動く気配がした。体をずらして向きを変えると、目の前にはレッシンの姿。当然の如く彼が起きているわけもなく、気持ち良さそうに熟睡している。そんな団長の姿にリウは小さくため息をついた。

 レッシンは寝起きが悪い。頗る悪い。悪い、なんてものではない、極悪、激悪といってもいいレベルで、最悪が可愛く思えるくらいだ。一季節に一度、自力で起きてこれたら良い方。もしこれがこの城に移ってからのことならば彼も慣れぬ責務で疲れているのだろう、と思うのだが、生憎とこの寝汚さは村にいた頃からのこと。もはや彼の生まれ持っての性質と呼ぶべきだ、と幼馴染たちは思っていた。

「レッシンー、起きろー。朝だぞー」

 リウ自身も起きたばかりであるため掠れる声で、軽く呼びかける。同時に肩を揺さぶるが、この程度で起きるならきっと誰も苦労しない。案の定、「んー」と鼻に抜ける返事はあるものの、レッシンが起きる気配はまったくない。体を揺するリウの手を跳ねのけることすらせず、揺さぶられるままなのだから性質が悪い。

「朝だってばー。聞いてるー?」

 更に強く揺さぶってみるが、彼の意識が眠りから覚める様子はなかった。これもいつものこと。それでも毎朝繰り返すのは、やはり多少の罪悪感があるから、かもしれない。
 ふぅ、と小さくため息をつくとリウは横たわるレッシンへ体を寄せた。
 一つ年下とはいえ、武芸の稽古を積んで筋肉をつけた体だ。筋肉も脂肪も付きにくく、多少痩せぎすの感のあるリウとは違い、ある程度の重さを持つ。

「っ、と。レッシンー? 起きろー? 起きるー? 起きないー?」

 尋ねながら全身を使って、ずずずっとレッシンを押していく。ごく稀にこの段階で覚醒することもあるが、今日はその日ではなかったようだ。

「起きない、ね? はい、残念」

 どさっ、ごんっ、という鈍い音を立てて、その体がベッドから落ちた。同時に「ってぇっ」という声。

「うー…………」
「レッシンくん、『おはよーございます』は?」

 ここでようやくリウ自身も体を起こし、床の上に転がる我らが団長の腕を取った。ぐい、と引き起こすも、レッシンはベッドに腰かけたリウの膝の上に頭を預け再び目を閉じようとする。

「いやいやいや、起きて? レッシン、起きてー? もういいでしょ、十分寝たでしょ」
「……痛い、から、寝る」
「意味分かんねーし。レッシン、また寝たら朝飯、抜きにするぞ?」

 膝の上の頭をぱしん、と軽く叩く。小さく唸って「それは、ヤダ」と額をすり寄せてきたあと、レッシンはようやくむくりと上体を起こした。リュウジュ団の団長などという地位にいる彼ではあるが、基本理念は食う寝る遊ぶの子供と同じなのだ。

「朝飯」
「食べたきゃさっさと着替えて食堂行こーぜ」
「朝ご飯」
「……お前、まだ寝ぼけてんね」

 飯を食わせろ、と催促するように差し出された手を叩き落として、リウは立ち上がった。くるりと見回すこの部屋は団長であるレッシンのもの。リウの部屋は隣にあるというのに、どうして自分の服やその他の私物がこんなにもここにあるというのか。

「うらっ、さっさと着替えろ」

 自分の服と、ついでにレッシンの服も引っ張り出して彼に投げつける。

 本当は、と着替えながらリウは思う。
 本当はあまり良くないことなのだ、ここでリウが寝起きすることは。そもそも十五、六の男が同じ布団で寝る、ということ自体常識から外れている。せめてどちらかが女であればそういう関係だ、と言えるのだろうが、生憎とどこからどう見ても二人ともが男であるためその言い訳は使えない。
 二人の間にあるものは単純なる甘え以外の何物でもないのだ。
 レッシンもリウも、シトロ村では愛情に恵まれていたとは思うが、それでも身寄りがない、という心細さは簡単に埋まるものではない。その隙間を同じ境遇の相手で補おうとしてしまうのも、ごく自然のことだったのかもしれない。
 村にいる間はそれでも良かった。仲が良い、の一言で済まされる。しかし今は駄目だ。レッシンの立場が昔とは違い過ぎる。もしこのことがレッシンをよく知らない人間の耳にでも入れば、やはりまだ子供か、と彼自身が軽んじられるだろう。
 その程度のこと、考えずとも分かる。
 だからこそ、この城を拠点にして以来リウは一人で二階の部屋を使っていたし、レッシンの部屋がある四階へ移ることになってもその隣にある空き部屋を使う、と言ったのだが。

「なぁんでオレはここで寝てんのかねー」

 バンダナを巻くのが面倒くさくて、とりあえずまた後にしよう、と放り投げながら、リウはそう呟いた。
 断腸の思い、とは言い過ぎだが、それでも居心地の良かった場所から卒業しようと頑張っていたのだが、結局はこうして元に戻ってしまっている。このままでは駄目だ、とそう思っているにもかかわらず。
 はぁ、とため息をついたリウの後ろで、ようやく着替えに手を伸ばしたレッシンが口を開いた。

「オレは、リウが何でそんなことを不思議がってんのかって方が不思議だよ」

 だって当たり前のことじゃん、と。
 本当に、それが当然であるかのように紡がれた言葉。

「……いや、あのね、レッシン。フツーは、友達同士で一緒に寝ないと思う」
「でも、オレらは一緒に寝るのが普通じゃん」
「うんだからそれはオレらの間だけだからさ」
「マリカやジェイルだって何も言わねーし」

 リウの言う『オレら』の中にはその二人も入っていることに、レッシンは気づいていないらしい。
 そもそも同じベッドに眠ることを提案してきたのは彼らなのだ。毎朝レッシンを引きずり下ろすのが大変だ、と零したリウへ、ベッドに乗り上げて蹴り落とせばいいのよ、と言うマリカ。それなら始めから同じベッドで寝た方が早くていいんじゃないのか、と本気なのか冗談なのか分からない口調で続けるジェイル。そりゃ名案だ、と問題の発端が自身の寝起きの悪さであることを棚に上げて笑うレッシンに、引きずられるようにして同じ布団に入ったのが事の起こり。
 その時初めて、人肌の近くにあることが思いのほか安心できることに気が付いた。もちろん、相手がレッシンであったからということも働いているだろう。
 リウはレッシンとは違い、自らの意思で一人を選んだが、だからといって寂しさを覚えないわけではない。手放さなければならない、と思っているのに、手放せない。これを甘え以外になんと呼ぶべきか。

「それともリウはここで寝るの、嫌か?」

 嫌ではないから困っているのだということを、彼はきっと理解してくれない。




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2009.01.18
















同じ布団で寝る、というルール。
ティアクラもの書くなら押さえておくべき、寝起きネタ。
村にいた頃は互いの家をいつも行き来してて、半同棲状態だったらいいよ。うん。