月夜に物思う 昔から。 時々リウは、深く何事か考えているときがあった。 それは決まって月の綺麗な夜のこと。青白く染まる空を見上げて、ぼう、としている。月を見ているかのようで、何もその目に写していないかのような、ひどく寂しげで、ひどく辛そうで、どこか空虚な顔をして。 レッシンの視線に気づけばすぐに「どしたー?」といつもの笑みを浮かべるため、そんな表情は一瞬しか目にしないけれど。 それでもリウは時々、普段からは想像もつかないような顔をする。 今も入浴を済ませて自室に戻れば、半同室人と化しているリウが、窓際へ移動させた椅子に腰かけ、ぼうと外を見やっていた。片膝を立て、肘を窓枠にかけて顎をついている。普段ならばレッシンが戻ってくればすぐに気付くのだが、よほど己の思考に没頭しているのだろう、下ろした足の上に広げられた本もあまりページが進んでいるようには見えなかった。 リウ、と名前を呼ぼうとして口を開くが、意図せずに細められた目に声が固まる。 泣くのを我慢しているというよりも、どうやって泣けばいいのか分からず途方にくれているような顔だ、となんとなく思うと同時に体が動いていた。走り寄って腕を伸ばし、驚いてこちらを見た彼を無視してぎゅうと抱きしめる。窓際で夜風が体温を奪ったのだろう、その体はひんやりと冷たかった。 「……急に抱きつかれても困るんですけど」 レッシン? と腕の中で首を傾げられたが、なんと言えばいいのかが分からない。 触れたい、とそう思った。 この手で存在を確かめたい、と。 間違いなくここにいるのだ、ということを実感したかった。 理由を問いただすことを諦めたのか、リウはため息をひとつつくと己の腕をレッシンの背中へと回した。 ぽんぽん、と子供をあやすように背中を叩かれる。その仕草、腕の中の体温、胸に感じる吐息に、レッシンはようやく安堵を覚えた。 リウがそこにいることによって生じる不安は、リウにしか解消できない。 「どこにも、行くなよ」 ぎゅ、と抱きしめる力に腕を込めて、レッシンは言う。 考え事をしているときのリウの目には、おそらく何も映っていない。ここではないどこかを見ている、そんな気がする。 「どこにも行くな」 突如ふらり、と村に現れた彼のこと、いつか突然消えてしまうのではないだろうか、と。夜空を見上げてその目に映していた、レッシンには見えない場所へ行ってしまうのではないだろうか、と。 そんなことをつい考えてしまう。 「リウはここにいろ」 オレの側に。 自分勝手なことを言っていることは重々承知している。しかし言わずにはいられなかった。 何バカなこと言ってんだよ、と言う彼の顔に張り付いたものを、どうにかして取り去ってやりたかったが、どうしたらいいのかレッシンには見当もつかない。リウとは違い難しいことを考えるのは苦手なのだ。出来ることといえばこうして側にいることだけで、それだってリウのためというよりも自分のためでしかない。 彼が望むのなら、いつだってこの手を差し伸べるのに。求めるのなら全てを差し出すことさえ厭わないのに。そのことをリウは気がついているのだろうか。 何も答えないレッシンをどう思ったのか。 リウは、ふわり、と笑みを浮かべて言った。 「サンキューな」 昔からリウは時々ひどく、儚げな表情をする。 ブラウザバックでお戻りください。 2009.02.04
夢を見過ぎてるとは思います、ええ。 |