直球


 あの一件以来、レッシンのスキンシップがさらにひどくなったような気がする。
 今までも男友達にしてはべったりとくっつくことが多かったが、気がつけば側にレッシンの体温がある。それが嫌でないあたり自分も大概参っているな、と思うのだが、さすがに周囲に妙に思われていないか心配になり、それとなくマリカたちに尋ねてみた。だが、誰ひとり気にしている様子はない。レッシンの性格が性格であるため、あまり気にされていないだけなのか、あるいはもしかしたらリウが意識するようになっただけ、なのかもしれない。

「つか、人のいそうなところではキスはやめよーな」
「何で?」

 定位置となりつつある四階広間の机にモアナから託されたクエスト依頼の表を広げ、レッシンと一緒に誰にどのクエストを頼もうかを相談しているところだった。椅子に腰かけた後ろから抱きつかれるのは以前からのことなので何も思わないが、時折首筋や頬にキスを落とそうとするのが頂けない。皆が出はらっているとはいえ、いつ誰が入ってくるとも限らないのだ。

「見られたらオレが恥ずいから」

 レッシンへ常識的な諭しは基本的に通じないと思った方がいい。それよりも自分が困る、ということを強調した方がいいのだ。リウがそう言うと、案の定少しだけ考えたあとに「じゃあ、人がいないとこでする」と返ってきた。

「ん、そーしてちょーだい」

 そう答えた後で、自分の言葉に軽く赤面する。人のいないところでならキスをしてもいいだなんて、どこの恋人だというのか。言われた方は相変わらずあまり深く考えていないようで、「おう」と元気に返事をよこした。そんなレッシンに苦笑を零しながら、リウは再び目の前の文字と格闘し始める。

「うーん、クエストを頼みすぎて城が空になるのもあれだしなぁ」

 持っていたペンを机の上に転がしてそう呟いた。

「確実に成功しないと報酬ももらえねーし、人員を割くだけ時間の無駄か……」

 成功する確率の低そうなクエストがいくつかある。求められている人員の条件が厳しいのだ、今これらの人材を確保するのは少しきついだろう。

 リウが懸命にクエスト消化を図るには至極単純な理由がある。金がないのだ。出かける先でレッシンが人を拾って帰るため、仲間の数が増えるのは心強いが、彼らの装備をそろえるだけの元手がない。有志の集団であるため給料を出さなければならない、というわけではないが、それでも戦闘をこなしてもらうのだ、衣食住くらいは団で面倒をみてやりたい。

「オレがひとっ走り行って何か倒してこようか?」
「いや、だからね、レッシンくん。さっきから言ってるでしょ、確かに団長はお前だけど、お前が皆を養わなきゃなんないわけじゃないのよって」
「んー、でも金がないんだろ?」
「そうなんだけどね。そこで皆に仕事を割り振って稼ごう、ってお話をしてるのですー」
「オレがやった方が早くね?」
「でもレッシンは一人しかいないだろ」

 まずは自分が動こうとするその姿勢は良いとは思うが、だからといって彼一人の働きでどうにかなる問題でもない。リウの言葉に「そりゃそうだ」とレッシンは笑った。

「オレも交易に出てこよっかな」

 幸いにも今のところ協会や帝国が動きそうな気配はない。だからこそこうして金策程度の問題に頭を抱えていられるわけで、どうせなら今の間に蓄えておいても損はないだろう。
 自慢ではないが、交易に関してはランブル族と並ぶくらいに腕があると自負している。村を飛び出てシトロに辿りつくまで、リウの収入源はすべて交易によるものだった。今ある噂話だけを聞いていては儲けることはできない、移動には時間がかかるのだ。その先を読んで値が上がるだろうものを仕入れておくことが必要となる。

「久々に真面目にやってみっかなぁ。今ならがっつり稼げそー」

 一人で移動する分には持てる量に限りがある。また子供一人であったため、高額すぎるものは危険で運べなかったのだ。しかし今は仲間もいるし、腕の立つ人間も多くいる。何人か連れていけば確実に儲けを作る自信はあった。
 今の時期ならばどこで何を買い、何を売ればてっとり早く大金を得られるだろうか、と実行する方向で考えていたところで、不意に背中から伸びていた腕の力が強まった。

「オレも行く!」

 ぎゅう、と抱きついてきて何を言うかと思えば。

「……レッシン、オレの話聞いてた?」

 ふぅ、と大きくため息をつく。
 団長である彼にこういうことであまり城をあけてもらいたくないのだ。ただでさえ興味本位であちこち出歩いている彼のこと、出歩く理由がそれ相応のものでなければ格好がつかない。

「でもリウは行くんだろ?」
「そりゃ、ね。あって困るもんじゃないだろ、金は」
「じゃあオレも行く」
「なんで『じゃあ』になるのかが分かんねー」
「だってリウは参謀じゃん。軍師が金稼ぎに出かけるなら、団長が出かけてもいいじゃん」
「いやいやいや、根本的に間違ってるから。軍師と団長じゃ役割が違うって」

 抱きついてくる腕をぺし、と叩いて力を緩めさせ、少しだけ体を動かして振り返った。レッシンの顔へ視線を向けて、「団長は金稼ぎより、団の名前を売る活動をしてください」とそう言う。
 レッシンはこの団の顔なのだ。クエストをこなすだけの何でも屋ならば面子など気にしないが、これからこの集団はひとつの道の協会と戦うという大仕事が残っている。できるだけ団のイメージというものを大事にしておきたいのだ。

「うー」
「唸っても駄目」
「いー」
「歯剥いても駄目」
「リウのバカ」
「バカで結構ですー。ほら、とりあえずクエスト依頼の表できたから、みんなへの指示よろしく。レッシンのクエストは決めてないから、お前が行きたいとこ行っといで」

 良くも悪くも正直すぎる彼は、たとえリウの指示であったとしても興味のないクエストにはまったくもってやる気を見せないのだ。さすがにそれでは依頼主に申し訳が立たないため、レッシンに対してだけはクエストを指定することはない。
 リウがそう言うと、レッシンは「じゃあ!」と目を輝かせた。

「リウとい」
「却下」
「…………」

 最後まで聞かずにばっさりとそう切り捨てると、レッシンは鼻の頭にしわを寄せて不機嫌を前面に押し出した表情を作った。どんな顔をされたとしても譲れない部分はあるのだ。さっさとモアナのところに行け、という意味を込めて表を押し付け、リウは他の報告書を読むため机の方へと体を向けた。

「ッ!? ぃ、てぇッ!」

 途端に鈍い痛みが走り、思わず悲鳴を上げる。

「バーカッ!」

 単純であるが故に最も腹の立つ捨てゼリフに、ばたばたと走って広間を出ていく足音が重なった。

「不満は言葉で言えよッ!」

 首筋を抑え振り返って怒鳴るが残念ながら既に犯人は広間の外に出た後で、入れ替わりに入ってきたマリカにきょとんとした顔をされてしまった。

「あの馬鹿、人に噛みついて行きやがった」

 交易に連れて行かないと言っただけなのに。
 首筋を押さえながら経緯をざっと説明すると、マリカは苦笑を浮かべて肩を竦める。

「獣か、あいつは」
「似たようなものよ。ある意味分かりやすくていいんじゃない?」

 側にいたいから歩み寄る、触れていたいから腕を伸ばす。心のままに行動するその姿は確かに分かりやすい。
 分かりやすすぎて、少し胸に痛いくらいだ。

「リウと離れるのが寂しいんでしょ」

 噛まれた部分がじん、と熱を持ったような気がした。




ブラウザバックでお戻りください。
2009.01.30
















リウは交易が超得意、という妄想。