足りない。


 城を発ってから二十日は過ぎているだろうか。
 正確な日数は考えれば分かるのだが、数字を具体的に意識すると気力が削がれてしまうので敢えて目をそむけておく。もともとこれくらいの期間を予定して出発したにも関わらず、時間の流れがどうも遅く感じてしまう。その原因も考えれば分かるのだが、分かったところでどうしようもできないのでこれも敢えて目をそむけておいた。
 とりあえず直視するのは交易品とそれらが作り出す利益のみ、という日々をひたすら続け、胸を張って帰れる、という額を作り上げての帰還。
 団の財政的な部分は主にモアナやホツバといったランブル族たちに手伝ってもらっている。騎士団や魔道兵団といった戦闘力ももちろん大事だが、同じくらいに彼らのような土台を支えてくれる存在がいなければこの団は成り立たない。
 同行してくれた人間に礼と労いの言葉をかけて別れると、とりあえずリウはエントランスのモアナのところへ向かった。交易やクエストで得た金銭はリウがいない間は、すべて彼女へ託されることになっている。そんなモアナに収益の詳しい状況を尋ねると、どさりと紙束を渡された。

「帰ってきたばっかで話を聞くのは辛いでしょ。結構あるからじっくり読んでね」

 ぱらりと捲ってみると留守の間にあったのであろう出来事や、クエストの消化状況、他の交易組の収益、協会、帝国の今現在の状態、そのほかの城での問題、要望などがまとめてある報告書のようだった。確かにそれぞれ聞いて回るよりこちらの方がありがたいが、ここまで束になっているとうんざりしてくる。

「まだ団長も帰ってきてないし、ゆっくりでいいんじゃない?」

 そう言って笑うモアナに挨拶をして、リウは四階へと引き上げた。広間を覗いてみたが誰もいなかったので、そのまま自室前まで足を運ぶ。
 レッシンはまだ戻ってきていない、とモアナは言っていた。それぞれ交易とクエストに出かける前に、同じ期間で帰って来れるものにしようと相談したため、近いうちに帰ってはくるだろう。大きな問題がなければ。

「………………」

 少しだけ迷って、結局リウはレッシンの部屋の扉を開けることにした。ベッドを共にするようになって以来、リウの生活の拠点はほぼこちらの部屋だ。着替えや書物といった私物も隣の自室より多く置いてある。だからこちらの部屋を選んだ、ただそれだけのこと、と誰に言い訳をしているのか分からないことを考えつつ、荷物を床に放り投げて、ばふり、とベッドへ身を投げた。

「あー、疲れたー……」

 ぐん、と伸びをしてそう一人呟く。部屋の主がいない間も誰かが掃除してくれていたのだろうか、あまり埃っぽさは感じない。そして同じくらいにレッシンの匂いも感じられず、彼もやはり長い間城を開けているのだ、と今更なことを実感した。

「報告書、読まなきゃダメかなー」

 ベッドにうつ伏せに寝ころび、枕を支えにして紙の束へと手を伸ばす。ぱらぱらとめくってまず重要そうなものだけを抜き取った。それらに順番に目を通し、レッシンの判断を仰ぐもの、耳に通しておいたほうがいいものをより分ける。クエストや交易の成果もまずまずあがっているようで、これならばもう少し人数が増えても支給する装備品に困ることはなさそうだ。

「残りはどーでもよさそーなもんばっかりだなぁ。『イクスをどうにかして』? 知らねーよ、そんなとは」

 呟く声に欠伸が混ざる。戦闘が主な目的ではないとはいえ、遠出したことに変わりはなく、そこそこの疲労が溜まっているのだ。気になっていた事柄は大体把握できたという安心感もあり、ゆっくりと睡魔の波が押し寄せてくるのを感じた。

(今目を閉じたらまずいよなぁ。確実に寝る……)




 バタンッ、という派手な音に驚いて目を開けたところで、リウは自分が寝ていたことに気がついた。寝るだろう、と思っていたため疑問には思わない。それよりもまず音の出どころの方が気になった。
 まだ少しぼやけた頭で、音がしただろう入口の方へ視線を向ける。そこには、何をそんなに慌てていたのだろうか、肩で息をながら呆然とこちらを見ているレッシンの姿。

「あ、れ? お帰り」

 いつ帰ってきたの、という言葉を口にする前に、走り寄ってきたレッシンにぎゅう、と抱きつかれた。

「……レッシン?」

 突然のことにさすがにはっきりと目が覚める。が、起きたところで現状の不可解さは変わらない。首を傾げながら名前を呼ぶと、「すっげー、さが、した……」と返ってきた。

「あー……」

 モアナのところへクエスト終了報告に行ったときに、リウが帰ってきている、と聞いた。それならば城にいるだろう、とまずは四階広間に行ったらしい。そこにはクロデキルドとアスアドの二人がいただけで、軽く挨拶をしてリウの部屋を見に行った。しかしそこにもいなかったものだから、城の中で誰かと話をしていると思ったらしい。
 宿から食堂、居住区と見て回り、最後の最後、自分の部屋でようやく目的の人物の発見に至った、と。

「悪ぃ、勝手に入ってた」

 何を言っていいものか分からず、罰の悪さを感じながらとりあえずそう謝ってみると、「それはいいよ」とレッシンが言う。体に巻きついた腕は離れる気配はなく、むしろ更に抱き寄せられている気がする。

「レッシン、どうかした?」

 何か嫌なことでもあったのだろうか、あるいは疲れているのか。
 いつもならばうるさいくらいに話しているだろうに、今日はただ黙って抱きしめてくるだけだ。心配になって尋ねてみると、レッシンは小さく首を振ってようやく腕の力を少しだけ抜いた。
 適当な動作で靴を脱いで放り投げると、ベッドに乗り上げてリウの向かいへと座る。そこで再び伸びてくる腕にもはや逆らう気も起きない。促されるままレッシンに軽く体重を預けた。

「離れんのがこんなキツイとは思わなかった」

 どこかしみじみとした色をにじませて呟かれた言葉に、思わず苦笑が零れる。
 これからのことを考えるとそんなことを言ってはいられない。甘えるな、と叱咤するべきなのだろうが、きっとレッシンは理解した上でそう口にしているのだろう。そう思うと、自然とレッシンの腰へ自分の腕を回していた。肩に顔を埋め、久しぶりに体温と匂いを感じる。

「リウが足りねぇ」

 顔を上げると真剣な表情をしたレッシンと目が合う。
 とくん、と心臓が小さく音を立てた。
 そのまま重なる唇に何の疑問も湧いて来ない。むしろ至極当然であるかのようにさえ感じる。
 何度か角度を変えて口付けられたあと、ぺろり、と唇を舐められた。驚いて開いた瞬間を逃すことなく唇をこじ開けられ、レッシンの舌が入り込んでくる。

「……ッ」

 体を引こうにも背中と後頭部を押さえられているため逃げられない。押し返そうと己の舌を伸ばしたところ、逆に絡めとられてしまった。

「ん、……ふ、……っ」

 鼻から抜けるような吐息が零れ、ふわ、と頭に血が上る。目を閉じてレッシンの肩を軽く押してみるが、案の定離れそうもなかった。その間にも歯列をなぞり、唇をくすぐり、レッシンの舌は好き勝手に動き回っている。

「ぁ……」

 唇を奪われたまま、とさり、とベッドへと押し倒された。同時に離れた唇にほっと息を吐き出す。

「も、じゅーぶん、足りたんじゃ、ね……?」

 目を伏せたまま途切れ途切れにそう尋ねるが、返ってきた答えは「まさか」の一言。

「全っ然、足りてねーし」

 唇が触れ合うほどの近さでそう囁き、再び深く口づけられた。シーツへ縫い付けるかのように絡めとられた指先が熱い。
 口内の奥へ逃げていた舌を探しあてられ、強く擦り合わされる。びくり、と震えた体を宥めるかのように、握りしめられた手に優しく力が込められた。

「ぅ、ん、ッ……」

 するり、と素肌を撫でるように動く右手に思わず顎が上がる。それを抑え込むかのように口づけながらも、レッシンはリウを撫でる手を止めようとはしなかった。以前のような荒々しさはまったくなく、まるでリウがそこにいることを確かめるような手つきに、とろり、と脳の一部が溶けだしてしまいそうだ。
 脇腹を撫で上げられ、骨を辿るように指が動く。肌蹴られた胸を手のひらで弄られた。刺激に背筋が反るが、口内を犯す舌の動きに翻弄されてまともに思考が働かない。少しずつ高められる熱に、腰のあたりにぞわぞわとした感覚が溜まり始めた。

「ふぁ……ッ」

 膝から登ってきた手に際どい部分を撫でられ、唾液で濡れた唇から陶然とした声が零れる。それを耳にしてようやく理性が戻ってきた。

「ッ、ちょ、……っと、待って、レッシ……ッ」

 耳朶を噛まれて肩が跳ねる。その感覚を払いのけるかのように首を振ると、「怖い?」という言葉が聞こえた。
 ゆっくりと目を開けてレッシンを見上げる。
 眉をよせ、どこか不安げなその表情。
 確かに恐怖はある。
 怖いとは思う。
 思うがそれはおそらく、レッシンの言う「怖さ」とはまた別のもの。
 彼にこんな顔をさせたいわけではないのだ。
 答えないままでいると、再び動き出したレッシンの手が足の付け根のあたりをするり、と撫でてきた。

「やっ、さ、触ん、な……」

 震える手を伸ばしてレッシンの腕を掴む。力は全く入ってなかったが、レッシンは素直にリウに従って手を止めた。

「オレに触られるの、嫌?」

 沈んだその声にこちらが泣きたくなってくる。
 だから、そうではないのだ。
 唇を噛んでリウはふるふると首を横に振った。

「オレは触りたい、もっと」

 囁かれる言葉にぞくり、と背筋を這いあがるものを感じる。
 ただ触られるだけならばいくらでも構わない。だが、ある程度成長してしまっている体はそれを愛撫と捉え、ある種の熱を蓄積していくのだ。現に、リウの体はほんのりと赤く染まり、その欲望はわずかに形を変え始めていた。

「で、も……オレ……ッ」

 キスをされ、ただ撫でられただけだというのに、浅ましくも快感を拾い上げる己に、この場から逃げ出したくなる。
 触らないで、と。これ以上熱を高めるようなことをするな、と。
 熱い吐息を抑え込むかのようにかすれた声で懇願すれば、レッシンは眉を寄せて唇を噛む。

「無茶、言うなよ」

 低く吐き出されるとともに、ぐ、と下肢を押し付けられた。太ももの辺りに熱を感じる。それが何であるのか気づくと同時に、思わずレッシンを見つめてしまった。

「オレだって、触ってるだけなのにもうこんななんだぜ?」

 この状態でそんなことを言われても、止められるわけがない。

「な、頼むから、触らせて?」

 今日は触るだけにしとくからさ、と熱のこもった囁きを繰り返され、気がつけばリウはこくり、と小さく頷きを返していたのだった。





「…………ていうか、さ、レッシン」

 深く口づけを交わしながら欲望を擦り合わせ、それぞれに熱を吐き出し、後始末をするともう動くのも億劫になっていた。このまま眠ってしまおう、とレッシンに抱きしめられ、目を閉じる前にふと思い出す。

「今日は触るだけにしとく、って、お前、いつか最後までやるつもり?」

 リウの言葉にレッシンはしまった、というように表情を顰めると、「あはは」と笑って視線を明後日の方向へと反らせるだけだった。




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2009.01.31
















入れてないのを裏には置けないだろ、と表に置くため最中は削っときました。
要らぬ気遣いですか? そうですか。