月夜に立ち止まる


 どうにかなる、と楽観しているわけではない。十二の子供が一人で生きていくなど、かなり難しいだろうことは分かっている。だがそれはただ分かっているだけであり、具体的にどうなるのかいまいちピンと来ていない。それもそうだ、今まで一人になったことはもとより、集落を出たことさえなかったのだから。
 しかし幸いにも自分には知識と記憶力がある。経験は圧倒的に不足しているが、それらはこれから補えるだろう。まずは考えること。どうすれば一人で生きていけるのか。歩いて行けるのか。世界を見て回ることができるのか。考えなければならない。

「……違う。『考えることができる』んだ……」

 人間の暮らす外へ続く道。
 レン・リインが来ないだろうことはなんとなく分かっていた。彼女は自分とは違い一度頼まれたことを放り投げるような無責任なことは絶対にしない。村に住む同族の誰にも相手されない話を、正面から聞いてくれたのは彼女だけだった。だから彼女にも外の世界を見てもらいたかった、一緒に見たかったのだけれど。

 仕方がない、と割り切るほかない。
 何の犠牲も払わずに何かを得ようなどと、そんな虫のいいことがあるわけもなく、自分は捨てるのだ。
 故郷を、生まれ育った村を、同族である彼らを、共に過ごした時間を、静かに話を聞いてくれた彼女を、そして自分の名前を。
 欲のためにすべて捨て置いていくのだ。
 その代わりに得たものは、自由。

 集落では、こうしろああしろ、と指図されてきたわけではない。あの村にあるものはそれよりももっときつく、根深いもの。こうしなければならない、ああしなければならない、という暗黙の了解だ。そうすることが当然であり、疑問を挟むことすらしない。何故、と問いかければ冷たい目で見下ろされるだけだ。その程度のことも分からないのか、と。
 知るということと理解をするということは、根本的に違うことなのではないだろうか、と思う。
 森の奥深くに閉じこもり、下界との接触を避け、ただ静かに書とともに生きる。幼いころから散々聞かされてきた書の話、人間の話。どうしてスクライブが森の奥で隠れるように生きているのかは知っている。だが、理解はできない。
 自分は理解したかったのだ、何故そんなにも人間を嫌い、見下すのか。何故こんなにも息を潜めて暮らさなければならないのか。あの村にいたままでは知ることはできても、理解はできない。

 だから村を捨てた。
 見てみたかったのだ、世界を。
 薄っぺらい紙の上の出来事としてではなく。
 現実にあるものとして。
 肌で感じたかった。
 誰にも強制されることなく。
 自分の意思で。
 自由に。

 鬱蒼と木々の茂る森をぬけ、見上げれば濃紺の空に月が白く輝いていた。それは集落にいたときに見ていたものと同じはずなのに、どうしてこうも違ってみえるのだろう。
 これからどこに行くのもすべて意志のままだ。
 まずはファラモンに出かけてみようか、あるいはナイネニスに向かってもいいかもしれない。手元にある金銭はそれほど多くなく、何か稼ぐ方法を探さなければならないだろう。仕事はあるだろうか、こんな子供では雇ってくれるところはないだろうか。魔物を倒して交易品を集める、というのは最終手段だろう。村から村へ交易品を売買するだけでも多少は稼げるはずだ。そのために村にいる間に不死鳥の羽と巨大虫の甲殻を少しずつ買いためていた。これらは外では珍しく、かなりの値になるらしい。

「あー……」

 小さくため息とも取れる声を零す。 
 これからしたいこと、しておかなければならないことはくるくると頭の中を回るのに。
 一時でも早くあの息苦しい村から離れたいはずなのに。
 足を止め、月を見上げてふ、と思う。


「自由って結構、寂しー……」




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2009.02.04
















集落を出た直後。