眩しい関係


 団の名前が決まり、それらが知れ渡るようになって以来、モアナのところにはひっきりなしに依頼が舞い込むようになった。仲介する身としてありがたくはあるが、だからといって全てを引き受けていては依頼をこなす側に無理が生じる。
 今の人員で平気なのか、本来の目的の邪魔にならないか、考えた末に最終判断は団長に委ねているのだが、レッシンは「モアナが取った依頼なら問題ねーよ」と笑って順番に請け負ってくれている。人を疑うことを知らないかのようなその笑みを見るたびに、彼の利になる依頼を、と柄にもなく思ってしまうのだ。
 そんなことを考えながら仕事をしているせいだろうか、毎日のように届く依頼書に目を通し、整理するのもかなり時間がかかる作業だった。いつも薄暗いエントランスにいると気が滅入るため、依頼書の束を抱えて城の外へと作業の場を求める。
 日を遮る木陰に腰を下ろし、太陽の光を浴びながらの仕事も悪くない。

「んー、まあ、これくらいなら、軽いし、できるかしらねー」

 一枚一枚丁寧に読み解きながら、引き受けても大丈夫かどうかを選別していく。その途中でふと顔を上げると、二階の窓辺付近に我らが団長の姿があるのが目に入った。昨日まで交易で遠出していたため、今日はゆっくりと城で休んでいたのだろう。窓の外を見ているらしい彼は、何かに気づくとすぐに振り返って誰かを手招きしていた。
 ひょっこりと顔を出したのは、モアナの想像通り、彼の幼馴染たち。城の裏手にある湖へ繋がる道を指さして、レッシンが何かを言っている。それにマリカが身を乗り出してそちらを見やり、ジェイルが小さく首を傾げていた。何か面白そうなものでも見つけたのだろうか。
 この位置からでは彼らの会話は聞こえないが、それでもどんな会話をしているのか容易に想像がつく。
 笑いが零れるのを止められず、一人でくすくすと笑いながら彼らの方を見上げていると、不意にレッシンがその窓枠に足をかけた。

「ッ!?」

 驚きに目を見開いた次の瞬間に、彼は軽やかに外へと飛び降りてしまっている。
 もう一度言うが、彼らがいた場所は城の二階。高さとしてはそれほどないのかもしれないが、それでも普通は飛び降りない程度はあるはずで。

 唖然としているモアナの目の前で、今度はジェイルがすとん、と降りてきた。着地時に両手で地面を押さえたレッシンとは違い、片手で体を支える姿が何とも彼らしい。
 軽く手を叩いて土ぼこりを払い、振り返りもせずにその場からジェイルが移動すると、ほぼ同じ位置に今度はリウが下りてくる。体力はあまりないようだが、レッシンやジェイルについていけるだけの運動神経はあるらしい。立ち上がる時に足を滑らせ、レッシンに支えられたリウが照れながらその場から体をずらす。

 レッシンにジェイルに、リウ。
 もちろん、一人足りないことぐらい、考えずとも分かる。

 まさか、と慌てて二階の窓を仰ぎ見ると、ちょうどそこには今まさに飛び降りようとしているマリカの姿があった。

「マリカッ!?」

 いくら彼らとともに自警団に所属しているとはいえ、彼女は女の子なのだ。こんな危ないことをするものではない。
 モアナは思わず悲鳴を上げて立ち上がり、彼らがいる方へと駆け寄った。

 とん、と高さなど問題ではないような様子で窓枠を蹴ったマリカは、髪の毛と帯をひらめかせて地面へと落ちる。
 ざっ、とその両足を地面につけたところで、その衝撃に耐えられずふらついた彼女の体をレッシンとリウが左右から、ジェイルが正面から腕を伸ばして軽く支えた。

 さも当然であるかのような彼らの行動。

 十五、六の子供といえど、彼らとて馬鹿ではない。自分でできることとできないことの区別はついているはずだ。できると思ったからこそ、やっている。大丈夫だ、と思ったからきっと彼らは二階の窓から飛び降りたのだ。現にレッシンやジェイルは何の問題もなく着地しているし、リウだって多少危なっかしかったが、怪我をしている様子はない。マリカも、可能だと思ったから飛び降りた。
 結果仲間の手を少し借りることになったが、今モアナが見る限りでは彼女はそのことを悔しく思ってはいないだろう。

 手を貸して貰って当然だと思っているわけではない、守られて当然だと思っているわけではない。それでもおそらく彼女は、三人が飛び降りた先にいたからこそ自分もできる、とそう思ったのだろう。
 男だから守って当然、女だから守られて当然、そんな思考の枠に彼らは囚われていない。仲間だから守る、仲間だから助ける、ただそれだけなのだ。

 なんて眩しい、関係。
 それを自然に作り上げている少年少女を、羨ましく思う。

 が。
 それとこれとは話が別だ。

「あれ? モアナ、今日は外にいるのか?」

 走り寄ってきたモアナにようやく気付いたらしいレッシンが、能天気にそう声をかける。その笑顔にモアナの中で、何かがぷつりと切れた。

「あんたたち、階段くらい使いなさいよッ!」

 目を吊り上げたモアナに怒鳴られて、シトロ悪ガキ四人組は、散り散りにその場から逃げ去った。




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2009.01.20
















こういう関係が好きです。