奇妙で器用 レッシンが一点集中型だというのは城の誰もが知っている事実だが、実は参謀役である少年もその気があるのだということはあまり知られていなかったりする。熱くなりやすいレッシンはその分冷めやすいため、誰かに声をかけられれば我に返ることができるが、あまり集中して何かを行うことの少ないリウは一度それへ眼を向けてしまうと中々他を見ることができない、という厄介な性格をしていた。 村にいるとき、一日姿を見せなかったことに心配して家を訪ねてみると、拾い集めた木の枝を組み合わせ、小さな水車を作っていたということがあった。両手に乗るサイズのそれは水の流れを受ければきちんと回るし、連動してこれまた手製の小さな石臼を動かすというのだから、その手先の器用さには恐れ入る。特に何か目的があったわけではないらしい、面白いかなと思って作り始めたら止まらなくなった、とそう言っていた。食事も睡眠も忘れていたというのだから、その集中力は発揮されればかなりすさまじい。 ただ、常に周囲の様子をうかがい、さまざまな情報を頭に入れて状況を分析する役割を持つ彼がそうなるのはあまりないことで、それゆえに、そのことを知っているのはシトロにいた人間のみであった。 「あ、レッシンちゃん! ちょうどいいところに!」 遠出を要するクエストからたった今戻ったばかりで、その報告と次の依頼の確認を兼ねてモアナと話していると、酒場から顔を覗かせたシスカに声をかけられた。いつもにこにこと笑っている彼女にしては珍しく、困ったような顔をしている。 「シス姉! ただいまっ!」 帰城を告げると、「おかえりなさい」と笑った後、またすぐに表情を歪める。 「レッシンちゃん、ちょっとこっち」 そう言って手招きをして呼びながら、「マリカちゃんもジェイルちゃんも誰も居なくて困ってたの」とシスカはため息を吐く。 「何かあったのか?」 「ええ、あのね、リウちゃんが」 モアナとの会話を切り上げ、呼ばれるがまま酒場へ足を踏み入れると、その部屋の片隅に見知った緑色の頭を見つけた。 「リウ! 帰ったぞー!」 今回の遠征は新しく仲間になった人間の訓練も兼ねていたため、いつものメンバとは別行動だった。数日ぶりに見る幼馴染に喜びのまま声をかけるが返事はない。 「リウ?」 「あれ? リウ、昨日もあそこにいなかった?」 興味本位でついてきたモアナがひょい、と酒場を覗き込んで首を傾げた。丸いテーブルの上に広げられているのは分厚い本。 「エリンちゃんとローガンさんが心配して、あたしのところに言いに来てくれたの」 そう言うシスカへ視線を向けると、彼女は眉を寄せて「ええ、またアレね」と困ったように笑った。 「昨日のお昼からみたい」 「寝てもないのか」 呟いたレッシンに、「たぶん」とシスカが頷いた。 「でもレッシンちゃんが戻ってきたから大丈夫ね。お母さん、何か作ってくる」 そう言って二階の食堂へと向かって行った。ワスタムが難色を示すかもしれないが、シスカならばのらりくらりと交わして何か持ってきてくれるだろう。 「レッシン、どういうこと?」 「あ、レッシンさん!」 モアナの言葉にエリンの声が重なった。彼女の声もどこかほっとしたような色を帯びている。 「良かった、帰ってらしたんですね。あの、リウさんが」 「ああ、うん、シス姉に聞いた。悪かったな。全然反応ないから驚いたろ」 苦笑を浮かべてそう言うレッシンに、エリンは小さく首を振る。 「リウさん、昨日のお昼から一睡もしてらっしゃらないし、何も召し上がってらっしゃらないみたいで」 「そうなの!?」 驚いて声を上げたモアナに、「ええ、何度も声をかけたんですけど」とエリンは続ける。 「全然聞こえてないみたいで」 エリンの言葉に、「うそぉ」とモアナはリウの側へと歩み寄った。 「おーい、リウ? リウくーん?」 耳元で名前を呼び、目の前でひらひらと手を振る。視界に邪魔なものがあるにも関わらず、リウは気にするそぶりも見せずにただじっと文字を追うだけで。 「リウッ!」 耳を引っ張って声を荒げると、初めてリウがアクションを起こした。 しかしそれはモアナが期待していたものではなく、リウは耳を摘む彼女の手を払いのけずに次のページを捲る。 「……だめだね、こりゃ」 溜息をついて肩を竦めるモアナへ、「こうなったらオレらじゃないと駄目なんだ」とレッシンは苦笑を浮かべた。 「オレらって、あんたたち仲良し四人組?」 モアナの言葉に、そう、と頷いて、レッシンは近くにあった椅子を寄せてリウの隣へと腰掛ける。そこまで回りが騒がしいにもかかわらず、リウはただ一心に本を読み続けていた。この城へ居を移して本を読む姿を多く見かけるようになったが、ここまで集中しているのだ、よほど興味深い内容なのだろう。 そう思って真剣なリウの横顔を眺めていると、「お待たせー」とシスカが湯気の立つ器を持って戻ってきた。 「熱いからふーふーして食べてね」 にっこり笑って机に並べられたものは、チーズの乗ったリゾットと、可愛らしく盛り付けられたリンゴ、お茶の入ったグラス。 「サンキュ、シス姉。あとはオレやっとくから、みんなもう戻っていいぞ」 一人分にしては若干多いリゾットは、途中でレッシンが摘むことを想定されている量だった。食事は戻ってくる途中で取っていたため空腹ではなかったが、それでも目の前に美味しそうなものがあれば一口、二口食べたいと思うのが人間というもの。 「それじゃあ、レッシンちゃん、お願いね」 「何か必要なら遠慮なく呼んでください」 「ふうん、心配ないならいいけど……」 そういってそれぞれの仕事へ戻りかけたところで、「あ、モアナ!」とレッシンが彼女だけ呼びとめた。 「クエストの報告書とか依頼書とか、オレが読んどいた方がいいもの、くれよ」 いつもならモアナかリウが散々催促したのちにそういった書類に目を通すのだが、珍しく自分から手を差し出してくる。団長の態度に驚きながらも、ちょうど持っていた書類の束をそのまま手渡すと、やはり嫌そうに顔をしかめるのだ。 「ま、しばらくは動けねえから仕方ねぇか」 そう呟いて、「サンキュ」とモアナに礼を言った後、「リウ、飯だけでも食っとけ?」とようやく隣に座る参謀へと声をかけた。もしかしたらレッシンの声には反応するかもしれない、と思いその様子を見ていたが、やはり相変わらずリウは顔を上げることもしない。 小さくため息をついたレッシンは、皿を手繰り寄せてスプーンでリゾットを掬った。息を吹きかけてそれを冷ますと、とりあえず一口自分で食べる。 「やっぱ、うめぇ」 満足そうにそう言った後、もう一度同じようにリゾットを掬って冷ます。 「リウ」 名前を呼んでスプーンを口元へ持っていってやるが、やはり無反応。これも想定内のことなので諦めることなく、もう一度名前を呼んだ。 「食え」 スプーンの先を触れさせ、強く言うとようやくリウの唇が開いた。無理やりスプーンを突っ込むとむぐむぐと口を動かす。 「シス姉の飯だからうめえだろ」 尋ねると、リウは小さく首を縦に動かした。 「あ、頷いた」 「すごい、どんなに呼びかけても反応なかったのに……」 心配だったのか、それとも単なる好奇心なのか。持ち場に戻らずにその場にいたモアナが呟くと、酒場の片づけを手伝っていたエリンも感心したように声を上げる。そんな周囲の声など無視して、レッシンはリウにリゾットを食べさせ続ける。空いている左手で書類を持って読みながら、たまに思い出したかのように自分の口へも運んでいるあたり彼らしいといえば彼らしい。 「器用なことするわねぇ……」 「本当に」 はぁ、とため息をついたモアナにエリンがそう相槌を打ったところで、「あ、ここにいたんだ」と明るい声が聞こえてきた。 「ああ、マリカ。ジェイルも一緒?」 「レッシンさんもリウさんもここにいますよ」 振り返るとシトロ四人組の残り二人が酒場へと入ってきたところだった。二人は奥のテーブルで繰り広げられている光景を目にして驚くこともなく、「また?」「みたいだな」と顔を見合せている。 「まあ久しぶりっていえば久しぶりね」 「こっちに移ってからは初めてだろう」 その会話からすると、村ではもう少し頻繁にこういったことがあったらしいと推測できた。 「いつもこんなことしてたの?」 モアナが尋ねると、マリカが「まあ大体は」と答える。 「放っておくと食べないからな、リウは」 「代わりばんこに食べさせてたよね」 言いながらレッシンたちのテーブルへ近づき、同じように近くの椅子を引いて側に座った。 「いつから?」 「昨日の昼からだってさ」 「オレかマリカか、どっちか残ってれば良かったな」 マリカの問いかけにレッシンが答え、デザートとして用意されていたのだろう、リンゴを指でつまんで食べながらジェイルがそう呟いた。小さく切られたそれは、一口でも食べきれるように、とシスカが気を利かせてくれたのだろう。 ついでに、とでもいうかのようにジェイルはもう一欠片リンゴを摘むと、ひょい、とリウの口の中へと放り込んだ。 「それ、おいしい?」 その声にリウが頷くと同時に、ジェイルの手によってマリカの口の中にリンゴが押し込まれる。次いでレッシンの口へも同じようにリンゴを突っ込んだ。食べさせる方も食べる方もごく自然な動作で、何も疑問に思っていないことが分かる。 「どっちが依頼書だ?」 指さして示された机の上に重ねられた二つの書類の片方へ、マリカとジェイルはそろって手を伸ばす。報告書は団長や参謀、仲介役のモアナが見るべきものだが、依頼書はクエストをこなす側なら誰が見てもいいはずで、自分にできそうだと思えば進んで引き受けて、クエストを振り分ける手間を省くこともできるのだ。 「これはオレでも行けそうだな」 「ああ、いいなそれ。面白そう。オレも行きたい」 ジェイルが目をとめた依頼書を読んで、レッシンが声を上げる。その隣でリウのために用意されているはずのグラスへ、マリカが口を付けていた。一口だけ飲んだ後、マリカはそのままグラスをリウの口元へ持って行き、お茶が零れない程度に軽く傾ける。驚いたことにリウはそれで飲めているらしく、こくり、と喉元が動いていた。奇妙な光景としか言いようがないが、本人たちには至って普通の事柄らしい。 「……ほんとに器用ね、あの子ら」 「すごいですね」 感心するべきなのか、あるいは呆れるべきなのか。 とりあえず彼らがいる限りリウが食事を取らない、ということはなくなりそうなので、モアナは自分の持ち場へ戻るため酒場を後にする。 それからしばらくして、どうやら本を読み終えて満足したらしいリウは、欠伸混じりに幼馴染たちと四階へ戻っていった。 ブラウザバックでお戻りください。 2009.02.20
おかしいなぁ、主リウのラブを書くつもりだったのに、着地点が違うくないか? ちなみに集中するとルックと坊ちゃんも似たような状態になる、という妄想。 ただし坊は意図的に周囲を無視するけど、ルックとリウは本気で聞こえていない。 |