適材適所:適材


 大きな城にはその広さに見合っただけ、多くの部屋がある。ややこしい相手を敵としているため仲間は多いに越したことはなく、彼らに提供するだけの場所があることは単純にありがたかった。空いている部屋を各自適当に、ただし数が増えたら相部屋になるかもしれないのでご理解を、ということで部屋を使ってもらっているが、そのことで問題が起こったことはない。
 ただ一人を除いては。

「だからいい加減諦めなさいって言ってるでしょ」
「でもさぁ」

 食堂の長机に突っ伏して情けない声を上げているのは、この城の主(と呼んでも差し支えはないだろう)である少年。その彼の隣で幼馴染が呆れたようにため息をついた。そんな彼らの元へ、もう一人の幼馴染が食事の乗ったトレイを持ってやってくる。

「飯……」
「ありがと、ジェイル。ほら、レッシン! ご飯!」

 ばしん、とマリカに背中を叩かれて、しぶしぶレッシンは顔を上げる。が、美味しそうな匂いを放つ食事を前に不機嫌な表情は数秒と持たない。「美味そー」と目を輝かせ、さっそく食事に取りかかるレッシンに、マリカはもう一度深くため息を吐く。

「リウは?」
「あとで来るって。先に食べてていいって言ってたわよ」

 あたしたちも食べてよ、と着席を促すと、無口な彼はこくりと頷いてやはり無言のまま箸を手に持った。

 ひとつの道の協会だとかなんだとか、よく分からない大きなものを相手にすることになり、リュウジュ団という名前とニルバーナ城という城を手に入れた。その頂点に立つ人物が今、一心不乱に食事をしている幼馴染だとは、マリカには到底信じられない。それはおそらくジェイルやリウ、もしかしたらレッシン自身でさえそうなのかもしれない。高だが十五、六の少年少女には速く、重すぎる流れに無理やり浚われてしまったかのように思うときもある。
 都合が合う限り四人で食事を取るのは、せめてその流れの中に変わらない何かを作っておきたいから、なのかもしれない。マリカの父や姉、ジェイルの母が団に加わった今でもそれは変わらない。

「で、レッシンは何を腐っていたんだ?」

 生姜焼きの側にそっと盛り付けてあった人ピーマンのキンピラを、堂々とレッシンの皿へと移動させながらジェイルはそう尋ねる。そんな彼に「野菜も食えよ」と眉をひそめながらも、「オレ、何か言ってたっけ?」とレッシンは首を傾げた。数分前の自分の言葉など、ワスタムの料理の前に吹っ飛んでしまったらしい。

「あんたね。部屋が嫌だって散々駄々こねてたでしょ」

 マリカに言われてようやくレッシンが思い出したところで、「え? レッシン、あそこ気に入らない?」と声が落ちてきた。

「リウ。調べもの終わったの?」
「終わってないけど、腹減って頭回んないから、先にご飯」

 脳味噌には糖分が必要なの、と用意されていた食事を前に、リウは「頂きます」と行儀よく手を合わせた。もそもそと小さく口を動かすリウを前に、「そうそう、腹減ると何もできねぇよな」とレッシンが笑う。

「なんか、レッシンと一緒にされるのはちょっと心外かも。つか、そうじゃなくてさ、レッシン、あの部屋、嫌?」

 箸を咥えたまま尋ねるリウに、少しだけ罰の悪そうな顔をして「嫌っていうかさ」と言葉を濁す。それもそのはず、あの場所を団長の部屋としたのはリウなのだ。出入り口から遠く、また皆が集まるホールに近い。適度に広さもありちょうどいいと思っていたのだが。

「四階にいるのが自分だけっていうのが嫌なんだって」

 ジェイルが食事を取りに行っている間に聞かされたのだろう、レッシンに代わってマリカがそう言った。

「特別扱いされたくない、と」
「うん、まあそれもあるんだけどさ」

 ジェイルの言葉に頷いて肯定した後、寂しいじゃん、とレッシンは臆面もなく言ってのける。
 四階には団長の部屋とホール以外に部屋はない。ホールに集まって作戦会議をするとき以外、ほとんど人気がないと言ってもいいだろう。レッシンはそれが寂しいから嫌だ、とそう言った。
 この年頃の少年ならば、普通は恥ずかしがってその感情を表に出さないだろう。しかしそういった常識はレッシン相手には通じない。彼は思ったことを、思ったままに口にする。建前だとか見栄だとか強がりだとか、そういった事柄とは無縁の性格をしているのだ。

「夜とかさ、すっげぇ静かなんだよ。賑やか過ぎるのも困るけどさ、せめて近くに人がいる部屋でもあればいいなぁと」

 だからオレも二階に移っちゃダメか?

「ダメ」
「駄目だろ」
「駄目に決まってるでしょ」

 可愛らしく首を傾げてそう言う団長へ、三人は異口同音に否定を示す。もちろんそれくらいで納得するレッシンではない。

「何でだよ! お前ら三人は二階にいんじゃん! オレもそっちがいい! オレだけ仲間外れでお前らズルイ!」

 城に集まってきた人間の主な居住区は二、三階である。マリカは押し掛けてきた父や姉と、ジェイルは母と同じ部屋を使っており、リウは彼らの部屋の近くにある一室を居としていた。

「別に、レッシンだけ仲間外れにしてるわけじゃないって」
「でも実際そうじゃん」

 唇を尖らせてそう言うレッシンへ、リウは困ったように眉を寄せる。そのやり取りを見ながら、マリカはやはり盛大にため息を吐いた。

「だから、諦めなさいってば。あんた、子供じゃないんだから、自分の立場ってもんを考えなさいよ」
「そんなの、分かった上で言ってんだよ」
「尚更悪いだろ、それは」

 開き直るレッシンに、ジェイルが淡々とそう突っ込む。しかしレッシンは尚も言葉を続けた。

「オレ一人が上にいたってあんまり意味ねぇと思うぞ? そりゃまあ安全かもしんねぇけどさ、敵が入ってきたらきたで、何にしろ戦いに下りるんだから同じじゃね? つかむしろ一人だけの方が、人知れず殺されてたりして」
「レッシン、そういうことを言うもんじゃない」

 少しだけ低めの声でジェイルに窘められ、自分でも良くない発言だと思ったのだろう、レッシンは「悪ぃ」と小さく謝る。

「……部屋の前に見張りでも付ける?」

 ようやく皿の料理を全て平らげ、食後のお茶に手を伸ばしたリウがそう提案すると、案の定「ぜってー嫌」と拒否が返ってきた。彼の性格からいって当然の返答だろう。
 じゃあどうしろって言うんだよぉ、とますます眉を八の字に曲げてリウが表情を歪めたところで、マリカが「分かった」と両手で机を叩いた。あまりの大きな音に、側にいた幼馴染たちはもとより、食堂にいた半分以上の視線が彼女へと集まる。

「レッシン、つまりは側に人がいればいいんでしょ? それなら四階のあの部屋でもいいんでしょ?」

 マリカの問いかけに「そりゃ、まあ。一人よりは」とレッシンは答える。その言葉を聞くと同時にマリカは小さく頷いてびしっとリウを指さした。

「リウ、あんた、レッシンの部屋に引っ越しなさい」
「はぁ!?」
「お、それいいな!」

 突然自分に話を振られ、リウは持っていた湯呑を思わず落としそうになる。その隣では名案だ、というようにレッシンが嬉しそうな声を上げた。慌てて湯呑を受け止めてテーブルへ戻したリウは、「マリカさん、話の筋が見えません」と泣きそうな声で言う。

「だって、レッシンが二階へ来るのは駄目でしょ。でもレッシンは一人が嫌だ。じゃあ、誰かが四階で寝起きすればいいのよ」
「だからそれが何でオレ!?」
「おれは母さんがいるし、マリカには村長とシス姉がいる。リウだって一人よりは二人の方がいいだろう?」
「や、それはそう、だけどさ」
「リウは四階にくるのがそんなに嫌なのか? オレと一緒の部屋は嫌?」

 レッシンにそう尋ねられ、リウはふるふると首を横に振る。そもそもが村のたまり場で共に寝起きをすることが多かったのだ、今更同じ部屋になることを嫌だと思うはずがない。
 しかし今一歩のところで四階への引っ越しに頷けないらしいリウへ、マリカがとどめの一言を放った。

「ていうか、レッシンの面倒を見るのはあんたの役目でしょ」

 無茶を止めたり、無謀を止めたり、生焼け肉を食べようとするのを止めたり、朝叩き起こしに行ったり。

 さも当然であるかのようにあっさりと言ってのける彼女に、どの行動にも思い当たることのあるリウは返す言葉もなかった。
 このあと、幼馴染たちの手によりほぼ強制的にリウの部屋が四階へ移されてしまったことは言うまでもない。




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2009.01.17
















まだ微妙に性格、口調が掴み切れてませんが。
面倒見役つーか女房役です。