適材適所:適所


「つーかさ、リウは知ってただろ、ここが空き部屋だったの」

 四階のホール向かいにある部屋が団長であるレッシンの部屋。その手前に一つ、誰も使っていない部屋があった。さすがに団長が誰かと相部屋というのは格好がつかないから、とリウはそこを自室とすることにしたのだが、その片づけをしているところで少しだけ面白くなさそうなレッシンがそう声をかけてきた。
 言ってみれば彼のわがままでここに移ることになったというのに、どうして不機嫌なのかがリウには分からない。

「レッシンも少し手伝えよ。これじゃあオレ、今日ここで寝らんねーじゃん」

 部屋には簡素なベッドが一つあるだけで、他には何もない。着替えや書物など、リウの私物を多少運び込んだところで引っ越しはひとまず終了してしまっている。今はマリカとジェイルが布団一式を取りに行ってくれているところだ。出来れば机や椅子も運びたかったのだが、さすがに彼らだけの力でそれは無理で、誰かに頼もうにも、話が持ち上がったのが夕食の席でのこと、時間が遅すぎた。

「別にいいじゃん、オレんとこで寝れば」

 窓を開けて換気をし、ベッドの埃を払っているリウへレッシンはそう口にする。

「や、だからさ、そーゆーわけにはいかないでしょー?」

 どうやら同じ部屋にくると思っていたのに、隣を使うというのが気に入らないらしい。どこまでも子供っぽいレッシンに苦笑を浮かべながらも、リウはその手を休めない。

「何でここのこと、口にしなかったんだ?」

 リュウジュ団に関することのほぼすべてを把握している彼が、この部屋のことを知らなかったということはまずない。普段のリウならば先ほど食堂でレッシンが駄々をこねているときに、ここが空き部屋であることを言ったはずだ。それが自分でなかったとしても、誰かにその部屋へ移ってもらおうか、と言いそうなものを、荷物を四階に運んだ時に初めて「ここ、使うよ」と言ったのである。
 追及の手を緩めそうにないレッシンに、リウは小さくため息をついて何も敷かれていないベッドと腰掛けた。

「そのうち、相応しい人に入って貰うつもりだったの」
「相応しい?」

 リウの言葉にレッシンは首を傾げる。どういう意味で相応しい、と彼は言うのだろうか、と。

「だってここ、団長部屋のすぐ隣だよ? 団の中でもそれ相応の役割の人、まあぶっちゃけ軍師役に入って貰おっかなぁって思ってたの」
「軍師役って、それ、リウじゃん」

 確かに、今のところはシトロ村自警団の流れで参謀役のままここにおり、軍師の真似ごともしているが。

「あのね、そりゃお前らに比べたらそういうのは得意だけど、飽くまでもオレは真似ごとにすぎねーの。村の自警団レベルならオレ程度でカバーできるけど、さすがにここまででかくなったらさー」

 ある程度の知識はあると自負はしている。人数が増えたところでやることは同じ、各人の能力を見極めたうえで、目指すは最小の被害に最大の利益。どうすればそうできるか、を考えることは嫌いではなく、むしろ好きな部類に入る。一生使うことはないだろうと思っていたものが、まさか役に立つとは考えてもいなかったが、それでもほぼ独学で実践経験はない。共通の敵を倒すため、この団には本物の軍人が何人もいるのだ。そんな彼らに自分の策を伝えることの、なんと勇気がいることか。

「ちょうど良いから言っとくけど、レッシン、ちゃんとした軍師を見つけてこいよ? どれだけ力のある人間が集まろうと、それを上手く動かさないことに勝利はねーから」

 その役は自分ではない、とリウは言う。自分では力不足だ、と。
 そう言ったときの己の表情に、リウは気づいているのだろうか。何かを諦めたかのような、寂しげな顔をしていることを分かっているのだろうか。
 そんなリウを見やってはぁ、とため息をついたレッシンは、「お前、ほんとなんも分かってねぇな」と首を横に振った。ベッドに座るリウの前に立ち、その薄緑色の髪の毛を見下ろす。

「あのな、リウ。どんなにすげぇ作戦であっても、オレが理解しなきゃ意味ねぇだろ」

 この集まりを纏めるのは確かに彼、レッシンだ。世間一般から見ればまだ子供の部類に入るこの少年になら従える、と皆が集まってきている。レッシンはそれを奢ることなく、かといって否定することもない。事実を事実のまま受け止める強さがあるからこそ、皆この少年に惹かれるのだろう。

「自慢じゃねぇが、オレは馬鹿だ」
「いや、自分で言いきっちゃダメだろ、それ」
「いいから聞けって。オレは馬鹿だから、難しい作戦を言われても全然分かんねぇ自信がある。これでも皆の命を預かってっからな、自分が理解できない作戦は実行できねぇ。そうするとこの団はどうなる? 一歩も動けないままだ」

 その点リウなら、とレッシンは言葉を続ける。

「オレにも分かるように言ってくれるだろ? 多少理解できなくてもリウが言うなら、ってオレは頷ける。リウじゃなきゃこうはならねぇ」

 きっぱりはっきりとそう言いきったレッシンを見上げ、リウは困ったように笑った。細められた猫のような目元が少し赤いので照れているのかもしれない。そんな彼が何か言葉を口にしようとしたところで、マリカの明るい声といくつかの足音が耳に届いた。

「お待たせー! お布団持ってきたげたよ」
「運んだのはマリカじゃない」
「いいじゃない、別に。王さま、ありがとう!」

 マリカ、ジェイルの後に続いて入ってきたのは、布団一式を抱えたダイアルフ王だった。

「うわ、王さま、ごめん! こんなことさせて!」

 それに慌てたのはリウ一人で、レッシンなどは相変わらず呑気に「サンキューな!」と笑っている。今はリュウジュ団の一員とはいえ、彼は誇り高きフューリーロア一族の王だ。その王にこんな雑事をさせて平気でいられるほど、リウの神経は太くないのだ。
 しかし当の本人は全く気にしている様子はなく、「これくらいわけないことよ」と笑って布団をベッドへ下ろしてくれた。どうやらマリカとジェイルが二人がかりで布団を運んでいるところにちょうど出くわし、俺が運んだ方が早い、と手伝ってくれたらしい。

「布団だけでいいのか? 他の荷物も運ぶなら手を貸すぞ」

 何ならリキュアあたりにも手伝わすが、というありがたい申し出に、「いやいや、明日! 明日でいいから!」とリウは首と手を同時に振った。

「うん、もう遅いしね。お布団あれば寝れるでしょ」
「そうか、ならばまた明日、声をかけてくれ」

 そう言ったダイアルフはくるり、と部屋を見回したあと、「団長のすぐ側の部屋が空室というのも示しがつかぬからな」と笑った。

「どういう意味だ?」

 王の言葉にジェイルとマリカが首を傾げる。

「位置からしてここはレッシンの側近が入るべき部屋だろう。心置ける存在の一人もいない長など、誰もついていくはずがない」

 参謀のリウならば誰も文句は言うまい、と続けられた言葉に、「それもそうね」とマリカが呟き、ジェイルも小さく頷いた。
 挨拶を残してそれぞれが部屋へ引き上げた後、しばらく無言だった空気を裂いたのは、「ほらな」というレッシンの言葉。

「皆、ここにリウがいるべきだって言ってんじゃん」

 ここ、と足先で床を蹴る。団長部屋のすぐ隣、側近と呼べる存在がいるべき場所。
 あー、と気の抜けたような声を出して天井を仰いだリウは、両手で顔の上半分を覆って「皆、過大評価しすぎだよ」と口にする。

「リウが自信なさすぎるだけだろ。オレらの参謀はリウしかいねぇし、オレの一番近くにはリウがいればいいんだよ」

 そういうことを真顔で言うものだから、聞く方はたまったものではない。他意はないと分かっていても、思わず頬が赤くなってしまう。「お前ね」とレッシンをねめつけるも、彼はあっさりとその視線を無視してリウの腕を取った。

「変なこと言った罰。今日はオレんとこで寝ること」
「はいぃ!?」
「つか、ずっとこっちで寝ればいい。うん、どうせオレの部屋、無駄に広いし」
「いや、ちょっと待って、レッシン! せっかく王さまが布団持って来てくれた……っていうか、そーじゃなくて、それじゃあこの部屋の意味、なくね!?」
「ここがリウの部屋だって、皆が思ってたらそれでいいじゃん。もう遅いし、寝よう。眠い」
「人の話、聞いてぇっ!?」

 リウの部屋が移動してからというもの、四階が以前とは比べ物にならぬほど賑やかになったが、そのことについて文句をいうものは誰ひとりとしていなかった。




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2009.01.17
















団長はゴーイングマイウェイ。