寝顔


 どうして、と問われても答えに困る。前からそうしていたし、その方が好きだからこれからもそうしたい、と思っているだけのこと。

 そもそもレッシンは一人がそれほど得意ではない。誰かと話をすることが好きだし、賑やかな雰囲気が好きだ。だから団長だからと言って一人部屋を与えられるよりは、他の皆と同じように気安い仲間と一つの部屋に押し込められた方が良かった。それなのに、気付けば何故か自分一人が四階へ押し上げられ、回りには誰もいない状態。思わず文句の一つや二つ、こぼれるというものだ。
 幼馴染たち相手に駄々をこね、我儘を言ってようやく得た近しい存在を逃がすつもりはない。


 その日、たまたま立ち寄った食堂でニムニとダイアルフ王に出会い、しばらく話し込んでしまった。彼ら人間以外の種族との会話は新鮮で面白い。それぞれに価値観が違うため、一つの話題について話していてもまったく別のことを話しているように聞こえるのだ。そのため気がついたら既にいつも就寝する時間をとっくに過ぎており、慌てて自室へと戻ってきたところだった。

「何でいないんだよ、あいつは」

 既に眠ってしまっていると思っていたのだが、ベッドはまっ平らのままで人がいる様子はない。どこかでまだ起きているのならいいのだが、もしかして、と思い、レッシンはそのままくるりと振り返って一番近くにある扉を開けた。

「…………」

 む、とあからさまに顰められる眉。誰が見てもレッシンの機嫌が急降下していくのが分かるだろう。

 リウがレッシンと同じベッドで眠ることを躊躇っているのは知っていた。だが「嫌なのか」という問いには、はっきりと「否」の答えが返ってきた。嫌でなければ別にいいだろうに、とレッシンは思うのだが、彼は彼で何やらいろいろ考えるところがあるらしい。そんなリウを半ば無理やり部屋に引きずりこんでいる自覚はあったが、それでも面白くない。
 すごく面白くない。

 そう思いながらベッドに横たわっている軍師へと近づいて、ふと覚える違和感。

「布団の中入んねーと、風邪引くぞ」

 小さく呟いたレッシンの前には、開いた本に顔を乗せてうつ伏せのまま眠るリウがいる。どうやら本を読んでいるうちに眠ってしまったらしい。夜着に着替えているのだから、寝るつもりなら布団に入って本を読めばいいのに、それをしていなかったということは寝るつもりがなかった、ということ。
 彼を起こさぬよう、ゆっくりとベッドの縁に腰かける。小さな音を立ててベッドが沈んだが、軍師は起きる様子を見せなかった。
 何かに誘われるかのように左手が伸びる。薄緑色の髪の毛を指に絡め、そっと梳いた。さらり、としたその感触が心地よい。いつもくるくるとよく動く猫のような瞳も今は閉じられ、うっすらと開いた唇から小さな寝息が聞こえる。この寝顔は昔と全然変わらない。

 この城を本拠地とするようになって、一番雰囲気が変わったのはリウだとレッシンは思う。それは圧し掛かる責任の重さが以前とは比べ物にならないほど増えたからだろう。それを言うならレッシン自身もなのだろうが、自分はもともとあまり物事を深く考えない性質だ。始めから上手くやろうとは露ほども思っていない、やってみてから次を考えるというタイプ。
 しかしリウは違う。村にいた時はあまり気にしていなかったが、彼の頭には様々な知識が詰まっているらしい。それらを駆使してやる前にいろいろと考えるタイプ。レッシンとは真逆だ。だからこそ参謀役をこなせるのだろうが、その分レッシン以上に気苦労が多いだろう。
 陽気で明るい性格は変わらぬままだが、以前よりも笑っている顔を見なくなった。ふと気が付くといつも何かを考え込んでいる。レッシンの視線に気づくとすぐに表情を緩めるが、それでもあまり気の休まる時間がないのではないだろうか、と思う。

「ごめんな」

 キツイ役割を押し付けている、という気持ちはあるが、それでも彼以上にその位置にふさわしい人間は見当たらない。何よりレッシン自身が、リウにそこにいてもらいたいと強く思っている。
 頬の下敷きになっている本をそっと抜き取ってもまだ起きる気配はなく、よほど疲れていたのだろう。その事実に軽く自己嫌悪を覚えるが、ふ、と息を吐き出してその思いを払いのけ、レッシンは自室へと戻った。







 重たい。背中に何かが乗っている、ような気がする。
 何かに押しつぶされるような、あまり楽しくない夢から現実へと戻ってきたリウの目の前には、レッシンの顔があった。

 ぼんやりとその顔を眺めながら、記憶を辿る。
 確か自分は部屋で本を読んでいたはず、だ。この城は石造りであるため、廊下を歩く音が良く響く。レッシンが戻って来てから部屋へ行こうと、そう思っていたのだけれど。

「おも、いッ」

 うつ伏せのまま眠っていたらしく、肩が変に凝っている。それ以上に、背中に乗る何かが重たくて仕方がなかった。
 ぐるり、と体を回転させ、ようやくその重さの正体がレッシンの足であることを知る。てい、とそれを払いのけ、ようやく一息をついてリウは顔を横へと向けた。

 やはりそこにはレッシンがいる。

 本を読みながら眠ってしまったのならここはリウの部屋であるはずで、レッシンはここにはいないはずで。
 それでもこうしてここにいる、ということは。

「……これ、レッシンのじゃん」

 二人を覆う掛け布団は、レッシンのベッドに掛かっていたもの。リウが布団の上で眠っていたため、向こうからわざわざ持ってきたのだろう。

「何でここで寝てんだよ……」

 部屋へ戻ったなら、そのまま自分のベッドで寝てしまっても良かったのに。

 呆れたような声音とは裏腹に、自然と緩んでしまう頬を隠すようにベッドへと押しつけて、リウは再び睡魔へとその身を委ねた。目を開けて、一番始めに映った彼の寝顔になんとなく安堵を覚えたことは、一生黙っていよう、そう思いながら。




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2009.01.21
















何このカップル。