雪と雪山と雪女


「雪女退治、ですか」

 モアナのところでその依頼を聞いた時から非常に気になっていたのだ。詰まっていた予定をこなし、まとまった時間を取ると同時にレッシンは意気揚々とそのクエストを受けた。当然とばかりに幼馴染たちと行くつもりだったのだが、一番はじめに声をかけたマリカに「寒いから嫌だ」と断られたため、あとの男二人には行き先を告げなかった。空いてしまったマリカ枠は、すぐ近くにいたアスアドに埋めてもらう。結局男ばかりのパーティで目的地に向かい、雪山を見上げてようやくレッシンはクエストの詳細をほか三人に説明したのだった。
 途中からチオルイ山に向かっていることに気づいていたらしいリウは、「知ってたら来なかったのに」とがっくりと肩を落としている。クエスト内容を聞いたアスアドは首を傾げて、「雪女とはどのような方なんでしょか」と呟いていた。

「雪女ってんだから女だろ」
「いや、レッシン、それは分かるから。そうじゃなくて、具体的にどういう被害が出てんのかって聞きたいんだよ」

 やっぱりモアナに詳細を聞いておけばよかった、とリウはため息を吐く。人探しみたいなもんだから、と言うレッシンを信じて詳しく聞かなかったことが悔やまれる。
 基本的にリウもジェイルもレッシンに甘い。自分たち以外に迷惑がかかりかねないこと以外だと、大抵の我儘を聞いてしまう。そのツケをを払わされるのはほかでもない自分たちになるのだが、仕方ないこと、と割り切るほかない。
 ただ、今回はパーティにマリカではなくアスアドがいるのだ。直情的ではあるが、優しく真面目な彼をレッシンの言動につき合わせるのはさすがに申し訳ない。

「ごめん、アスアドさん。オレがちゃんと聞いてくれば良かった」

 雪山にいるらしい雪を投げつけてくる雪女を退治する、という、具体的なのか曖昧なのかよく分からないクエストに引っぱりまわされ、良い気はしないだろう。リュウジュ団に集まっている人間でレッシンのこの性格を知らぬ者も、これについて文句を言う人間もいないことは分かっているが、それでもついつい謝罪の言葉が出てしまう。
 リウの隣を歩いていたアスアドは、白い息を吐き出して「いいえ」と笑みを浮かべた。

「民間の方が困っている、ということを見過ごすわけにはいきませんから」
「わー、さすが元軍人さん。レッシンもそういうことを言ってくれたらなぁ」
「レッシン殿もそのためにこのクエストを受けられたのだと思いますよ?」
「いや、根底の八割は『おもしろそうだから』とか、『雪女に会ってみたい』だとオレは思うね」

 きっぱりと言い切るリウに、アスアドも苦笑を浮かべつつ否定はしなかった。
 二人にそのようなことを言われているとは知らないレッシンは、ジェイルとともにザクザクと雪道を歩いていく。時折現れる魔物を倒し、とにかくひたすら山道を登り続けるも一向に雪女らしき姿を見かけない。

「大丈夫ですか、リウ殿?」
「だいじょーぶじゃない。もーヤダ、疲れた、帰りたい……」

 雪山を登る、というだけでかなりの体力を消耗するのに、その上魔物との戦闘もある。雪女を探してあっちにふらふら、こっちにふらふらと落ち着きのないレッシンを追うのも一苦労だ。

「俺もリウ殿も、魔道攻撃が主で、体力はあのお二人には勝てませんからね」

 泣き真似をするリウに、「さすがに俺も疲れてきました」とアスアドは言う。

「いやいやいや、アスアドさんとオレをひとくくりにしちゃダメでしょ。そこはもっとこう、『この程度で根を上げるなんて、リュウジュ団に属するものとして情けない』くらいは言ってくれないと!」

 もちろん彼の言葉がリウを慰め、励ますものだというくらいは分かっている。いくら魔道が主な攻撃手段とはいえ、訓練を積んだ軍人と村の自警団レベルの人間を同じ枠に入れるのは無理がある。リウの言葉に、「それは申し訳ない」と笑った後、「でも」と彼は言葉を続けた。

「軍とは違ってここに規律はないでしょう?」

 こうあるべきだ、こうするべきだ、というルール。
 確かにレッシンがまとめるこの団にはそういったものはない。必要だとかを思う以前に、そういったものの存在にすら団長は気づいていないかもしれない。
 組織というものは所属する人間が増えれば増えるほどまとまりがなくなり、総合的な力が落ちていってしまうものだ。そうならぬためにも何らかの決まりがあった方がいいのかもしれない、と思わないこともない。しかし、そうするとおそらくリュウジュ団はリュウジュ団ではなくなってしまうだろう。

「国だとか、政治に関わるような組織ならば規律も必要でしょうけど、ここは違う。皆が皆、自分の心のままに行動した結果の集まりです。決まりがないから、それぞれのほんの少しの心変わりで、すぐにばらばらになってしまうかもしれない。そんな危うさを併せ持った集団です」

 剣士団のように日々の訓練が決められているわけでもない。団に所属しながら、怠けようと思えばいくらでも怠けられる。怠けている者を罰する決まりもないのだ。

「しかしだからこそ、これ以上にない結束力も誇れるのだと、俺は思うんです」

 だが、おそらく怠けている者がいれば側にいる別の誰かが黙ってはいないだろう。戦闘が苦手ならほかの部分で働け、と口を出してくれるだろう。それはリュウジュ団に所属している者だからではなく、働かざる者食うべからずという人間として当たり前の行為を促しているにすぎない。文章化した規律などというものを作らずとも、真っ当な精神を持った人間なら当たり前である事柄を、皆が行ってくれているだけなのだ。

「そんな方々を集め、束ねることのできるレッシン殿は本当に素晴らしいと思いますよ」

 十も年下の少年を相手に、アスアドは心の底からそう思っているらしい。嘘のつけない彼の誠実な思いがひしひしと言葉から伝わってくる。
 レッシンがすごい人間であるということは認める。彼でなければここまでのメンバは集まらなかっただろう。
 しかし、だからといってそこまで手放しに褒められたら聞いているリウの方が照れくさくなってくる。これは身内を褒められた時に感じる面映ゆさに似ているだろう、いやむしろそのものと言ってもいいかもしれない。シトロで共に育った彼は(もちろんレッシンだけでなくジェイルやマリカも)、リウの家族のようなものなのだから。

「さすがに、褒めすぎじゃないかなー」

 苦笑いを浮かべてそう呟くと同時に、とさり、とリウの足もとに雪玉が落ちてきた。歩きながらアスアドと会話をしていたため、前を行く二人の様子を見ていなかったのだ。
 魔物でも現れたか、と慌ててそちらへ意識を向け、驚きのあまり思わず言葉を失う。

「何やってんだよ、お前らはっ!!」

 青筋を立てて怒るリウの目の前では、雪女を探すことに飽きが来たらしいレッシンとジェイルが、歩きながら雪玉を固め、互いに投げつけるという器用な遊びを繰り広げていた。つまるところ、ただの雪合戦だ。さきほど足もとに届いたものはその流れ玉だったらしい。

「……やっぱり、さっきのは褒めすぎだと思うよ、アスアドさん。あいつ、残りの二割は絶対『雪合戦がしたかった』に違いねー……ッぶはっ!」

 呆れたようにそう言ったリウの顔面に、ジェイルが投げたと思われる雪玉がヒットした。あまりに綺麗に当たったため、手を止めたレッシンとジェイルが同時に吹きだし、隣にいたアスアドも小さく肩を震わせて笑っている。

「――――ッ! ぜってー死なすッ!」

 幼馴染たちの言動にぶつり、と切れたリウがそう叫んで雪合戦に参戦し、最後にはアスアドまで巻き込んでの大騒ぎとなってしまった。


 結局雪女を見つけることはできず、そのまま城へと戻った彼らはモアナにゲンコツ付きで怒られる羽目になる。




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2009.01.23
















雪女が出てこない。ジェイルが一言もしゃべってない。
そんでもって初書きアスアド。
十五の少年と一緒にゲンコツを食らう二十五歳。
ただ本人は気にしている様子もなく、「また誘ってください」と笑顔だったとか。