3対1 レッシンが遠征から戻ってきた、という話を聞いたので、顔を見ておこうと思い城の中を探しているのだが一向に見つからない。サルサビル土産を少しだけ期待していたのだが、これ以上余計な体力を使うのも馬鹿らしくなり部屋で待っておくか、とリウが四階へ戻ろうとしたところで、不意に外から探し人の声が聞こえた、ような気がした。 ひょい、と窓から外を見やると、それらしき人物が湖の側にいるように見える。まさか遠征帰りでそのまま外で遊んでいようとは思ってもみなかったが、レッシンならばそれくらいしてもおかしくない。行ってみるか、とエントランスへ向かう途中でマリカに出会った。 「レッシン、知らない? 戻ってるって聞いたんだけど」 彼女もリウと同じ目的らしい。もしかしたら外かもしれない、と一緒に湖の畔へ向かうと、そこにはやはり探していた人物がもう一人の幼馴染と何やら楽しそうに笑い合っていた。 「ちょっとレッシン! 帰ってきてるなら顔くらい見せてよ!」 マリカの声にようやくこちらに気がついた彼は、「ただいま!」と笑う。久しぶりに見る全快の笑顔に、どこか心が温かくなる。これを見てようやくレッシンが戻ったのだ、と実感するのだ。 「二人で何してんだ?」 城の中へ戻りもせず、一体どんな面白いことがあるのか、と問えば、ジェイルがひゅ、と右手を閃かせた。ぱしゃ、ぱしゃ、ぱしゃ、と三回ほど水音を響かせて跳ねた石は四つ目の波紋を作り上げて湖へと沈んでいく。 「石、投げてる」 「……面白い?」 首を傾げて尋ねると、「なかなか奥が深い」と返ってきた。 「ジェイル、すげーんだって。なんであんなに石が跳ねるんだ?」 どうやら二人そろって水切り遊びをしていたらしい。十五、六の人間が熱中する遊びではないと思うのだが、根が単純な二人には面白いのかもしれない。隣に立つマリカを見やると案の定呆れたような顔をしている。 「つーか、何で沈まないのかが分かんねぇ」 足元に転がっていた石を拾い上げ、レッシンはそれを無造作に湖に投げた。空を切る小さな石はぽちゃん、と澄んだ音を響かせて水の中へと吸い込まれていく。 「普通は沈むだろ」 「投げ方が悪いんでしょ、あんたの場合は」 「あと投げる石もな」 地面をきょろきょろと見回して石を探しながらそう言ったマリカに、ジェイルも頷いてそう口にする。 「関係あんの?」 「そりゃあるよ。普通に投げたらさっきみたいに沈むに決まってんじゃん」 唇を尖らせてそう言ったレッシンにリウは苦笑を浮かべる。その傍で、ようやく気に入った石を見つけたらしいマリカが、「せー、のっ」と水面に向かって石を投げた。 一、二、と跳ねて三回目の着水でそのまま沈んでいく。 「あ、なんか悔しいかも」 ジェイルの回数を越せなかったことにマリカが眉を寄せてそう呟いた。その隣ではジェイルが少しだけ得意そうな顔をしている。 「あとはほら、今のマリカみたいに横から投げるんだよ」 そうすれば一、二回くらいは跳ねるだろう、そう説明するリウに、「分かった」とレッシンは平らな石を探し始めた。これはしばらく城に戻る気にはならないだろう。他の二人も新たな石を探してきょろきょろとしており、自分もこの遊びに興じた方が楽しそうだ、とリウは判断する。そもそも考えるまでもないことなのだ、どんな事柄も、このメンバと遊ぶこととより面白いことなどない。 「リウ、リウ! こーいうの?」 「や、だから平らのだって。それ丸いでしょー?」 「小さすぎると投げにくいな」 「かといって大きいと重たくてちょっとねー」 四人でそれぞれあたりを探しまわること数分。水切り遊びに適してそうな石を山ほど集めて、湖の縁へ並んで立った。 「そもそも何で石が跳ねるんだ?」 ジェイルやマリカの投げ方を見てなんとなくコツをつかんだらしいレッシンも、ようやく二回ほど石を跳ねさせることに成功する。それでもまだ疑問を覚えるらしく、首を傾げながら石を投げる彼へ「あー、っと簡単に説明すると」とリウはつま先で地面を蹴った。 「水が石を跳ね返す力と、石が水に当たる力がちょうどいい関係になったら跳ねるってこと。そのためには石が平らな方がいいし、横から投げた方がいいってこと」 石が丸すぎるたり、着水角度が大きすぎたりすると力が大きくなりすぎてしまうのだ。そう説明すると、理解したのかしていないのか、レッシンは「ふぅん」と頷いた。 そしてもう一つ石を手に取ると、サイドスローでそれを投げる。 小さな音を立て、波紋を広げながら跳ねるそれは、五度目の着水でぱしゃん、と水の中へと消えて行ってしまった。 「やった! 四回跳ねた!」 ぱちん、と指を鳴らして喜んだレッシンの隣でマリカが石を投げる。石の行方を四人は無言のまま目で追った。 「五回」 「……ちくしょう」 あっさりと記録を抜かれレッシンは悔しそうに呟く。しかしそのマリカの記録も、黙々と石を投げ、コツを探っていたジェイルに抜かれてしまう。 「やっぱり飛距離がないとだめってこと?」 でもあんまり強く投げると沈んじゃうのよね、と手に取った石を眺めてマリカが悩む。 「や、遠くへ投げるってよりも石を回転させることの方が大事」 長くたくさん跳ねさせるためには、ただ力強く投げるだけでは駄目なのだ。説明しながらリウも投げてみるが、先ほどから四回以上跳ねることはない。 「口で言うほど簡単じゃねーってことね」 もとより知識を得ることが好きだったせいで、何をすればどうなるのか説明できることは多い。しかしそれを実際にやってみるとなると話は別だ。頭で理解したとしても体がついていかないことの方が世の中には多いのだ。 樹海の集落を飛び出てそれを嫌というほど思い知った。自分にできることは本当に些細なこと。口を出すだけで結局何もしないなど、忌み嫌っている同族と同じだ。だから外に出てからはあまりそういうことを口にしないように心掛けてきた。それが結局一団の参謀という役に落ち着いてしまっているのだから、周囲の変化に驚くべきなのか、あるいは自分の血に驚くべきなのか。 ふ、と口元に自嘲の笑みが浮かぶ。しかし、その表情は「知ってるだけすげぇじゃん」というレッシンの言葉ですぐに消え去ることになる。 「できるかどうかは別問題だな」 レッシンの言葉にジェイルがそう続けた。 「でも知らなきゃやりようがないしね」 マリカはそう言って肩を竦める。 「リウができなくても、オレらのうちの誰かができればいいんじゃね?」 そう言って投げられた石は六回ほど跳ねてぱしゃん、と湖へ沈んだ。ジェイルの回数に並んだ、とレッシンは嬉しそうだ。 できるからといって、彼らはそれを驕ったりしない。自慢はするが、出来ない人間を見下したりはしない。それはきっと知識も同じこと。知っていることを奢ってはならない。自慢はしても、知らない人間を見下してはならない。それこそ、森の中の一族と同じになってしまう。 「目指せ、十回!」 「ちょっとリウ! ほかにコツないの?」 「回転……回転……」 とにかくがむしゃらに石を投げ続けるレッシンに、より上手く跳ねさせようと新しい知識を欲するマリカ、気の済むまで一つのことを突き詰めようとするジェイル。同じことをしているはずなのに、それぞれの性格が違い過ぎるため見ていてまったく飽きない。 「入水角度とかも考えたほうがいいだろうけどさ。空気抵抗とかあるし、そこまでいくと人間の手じゃ不可能だから、あとは体でコツを掴むしかねーんじゃね?」 マリカの問いに答えながらリウも何度か石を投げて、その回数を増やそうと努力する。あまり平らすぎるものも良くないのかもしれない、と再び石を探して、真ん中が盛り上がっている円盤のような形や、三角形に近いもの、四角刑に近いものといろいろ集めてみた。 そんな中、不意にレッシンが「なあ」と声を上げる。 「水の上を石が跳ねるってことは、水も地面も似たようなもん、ってことだよな」 一度、二度、三度、と跳ねるレッシンが投げた石を追いかけながら、「そんなに似てはないだろ。強度が違い過ぎる」と答える。 「でもさ、上手く投げれば跳ねるじゃん。じゃあさ、上手くすれば水の上、歩けねえかな」 唐突過ぎるその思考回路に「はぁ!?」と声を裏返したのはリウだけだった。 「えー、無理でしょ、それは。普通は沈むもん」 「いや、石だって沈まないじゃん。だから上手くすれば、だって」 「上手くって具体的にはどうするんだ?」 「あー、だから、こう、石みたいに回転するとか?」 「誰かに投げてもらわないとだめじゃん」 「右足が沈む前に左足を出す、とか」 「それだ!」 ジェイルの言葉にレッシンが嬉しそうに声を上げた。そこでようやくリウの意識が現実へと戻ってくる。 「いやいやいやいや、待って待って待って! 無理だからそれ! 不可能だから!」 「なんでだよ、やってみなきゃわかんねえだろ?」 「やってみなくても分かることはあるって! 物理的に無理だから、それ!」 「できそうだけどな」 「ジェイルも何言ってんの! 人間の運動能力には限界があるんだって」 「普通に地面歩くのと同じよね」 「マリカさん!? 水と土って全然違うでしょ!」 揃って水面を見つめながら好きなことを言い始めた彼らへ、リウはそれぞれに返す。どうして水切り遊びからこんな話題になったのかが分からない。今にも湖に足を踏み出しそうなレッシンを必死に止めながらほか二人に助けを求めるが、残念ながらその二人の顔も「ちょっとやってみようかな」という表情をしており、リウは半分泣きながら叫んだ。 「ボケ3に対してツッコミ1って結構辛いものがあるんですけど!?」 その後、濡れた体を風呂で温めほかほかしている三人を前に、「どうして世の中に舟ってもんができあがったのか、よく考えて!」と怒るリウの姿を見ることができたとか。 ブラウザバックでお戻りください。 2009.02.19
シトロ組は誰がボケで誰がツッコミとかあまり決まってないイメージ。 その時によってそれぞれ代わる感じ。 マリカがツッコミだと手が出る。ジェイルだとぐさりと一言冷静に返す。 レッシンは突っ込んでるつもりはあんまりなくて、さらりと酷いことを言いそう。 |