あなたの手


 ここのところ協会軍との小競り合いのようなことが続き、ゆっくりと休む暇が取れなかった。落ち着いた頃を見計らって団長が駄々をこね始め、それを宥めるためと資金稼ぎを兼ねていつものメンバで交易遠征へでかけることにした。遠出するのなら結局体は休まらないだろう、と思うのだが、旅行好きのレッシンはとにかく外へ出かけたがる。しかも気心の知れた仲間と一緒に行きたいというのだから、付き合うのも一苦労だ。

「まあいいけどね、このメンバならどこにいても同じようなものだし」

 マリカの呟きに「今更気負う必要もないしな」とジェイルが賛同を示す。

「エリンは疲れたらちゃんと言ってね? じゃないとあのバカ、どこまでも歩き続けるから」

 隣を歩いていたエリンにそう声をかけると、彼女は「はい、大丈夫です」といつもの柔らかな笑みを浮かべる。直接戦闘に参加をすることがないとはいえ、かなりの距離を歩くことになるのだ。戦闘面に特化した力を星の印で得たマリカたちと、同じだけの身体能力を求めるのは酷というもの。

「無理はするな」

 ジェイルの言葉に「ありがとうございます」とエリンが答える側で、「ごめんね」とマリカが溜息をつく。

「レッシンの遊びに巻き込んじゃって。あいつ、言いだしたら聞かないところあるし」

 もともとはいつものシトロ自警団のメンバで行く予定だった。団長と参謀が同時に城を開けることになるため、ホツバやラジム、ローガンといったメンバへ城のことを頼んで回っていたとき、たまたま宿屋でエリンに会ったのだ。本音だったのか社交辞令だったのか、交易にでかけることを聞いた彼女が「いいですね」と笑い、それに対してレッシンが「じゃあ一緒に行くか!」と誘ったことが始まり。
 マリカの謝罪に「いいえ」とエリンは首を横に振る。

「誘ってもらえて嬉しいんですよ、わたし」

 いつも皆さんが羨ましかったですから、と彼女は笑った。
 戦争と呼ぶまではいかないが、いつ終わるとも分からない命のやり取りを繰り返している現状で、いつも楽しそうに笑っている彼らが、エリンにはとても羨ましかった。きっとそれは側に心置ける仲間がいるからで、その輪に入れずともせめて近くにはいたいと常に願っていた。

「そう? それならいいけど」

 マリカの言葉に、「はい、いいんです」とエリンが答えたところで、前方から「遅いぞー!」と声が飛んできた。先に歩いていたレッシンとリウだ。会話をしながら歩いていたため、多少距離が空いてしまっている。

「ジェイルぅ、場所変わってー! オレもうこいつの隣ヤダ!」

 歩きなれた道だというのに、未だにレッシンの興味を引くものがあるらしい。右へ向き、左へ向き、道を外れて森の中へと入っていこうとするレッシンを止めることに疲れたのだ、とリウが言う。

「あいつじゃあレッシンのブレーキにはならないんじゃない?」

 三人までならぎりぎり横に並んで歩ける程度の細い道。追いついてきたジェイルと位置を変わり、マリカの隣へやってきたリウへそう言う。すると、リウは「や、そこは期待してねーから」と苦笑を浮かべた。ジェイルは無口で無愛想なため冷静な人間だと誤解されがちだが、その実、レッシンに負けず劣らずのマイペースな性格をしているのだ。

「森の中に入って行っても、ジェイルがいたら帰ってきてくれそうじゃん?」
「確かにそれはそうね。でもあいつら、別々に森に入って行きそうなんですけど?」

 レッシン一人よりもまだジェイルが一緒の方がマシだろう、と言うリウへ、マリカが前方を指さしてそう言った。

「わーっ! ちょっと何やってんのっ!?」

 どんな会話をしていたのか、「じゃ、勝負な!」と笑ってレッシンが言い、二人が背を向けて左右の森へと入って行こうとするのを、後ろから走って追いかけたリウが慌てて止める。レッシンとジェイル、それぞれの首根っこを捕まえ「何でそんなに野生に返りたがるわけ!?」と説教モードに入ったリウを見て、エリンがくすくすと笑いを零した。

「……ほんとにいいの?」

 いくらレッシンの趣味を兼ねたものとはいえ、一応交易目的の遠征ということになっているのだ。ピクニック気分にも程があるだろう。これが自分たちだけならいざ知らず、今はエリンも一緒なのだ。さすがに申し訳なく思いマリカが再度そう尋ねると、「いいんです」と彼女はにっこりと笑った。




***   ***




「えーっ、マジでっ!?」

 宿屋の受付を前にレッシンがそう声を上げる。ようやくたどり着いたテハの村で一泊の宿を求めたのだが、二人用の部屋が一つ空いているだけだ、と言われてしまったのだ。

「……この村で野宿したら凍死する自信があります」

 道中で体力を使い果たした感のあるリウがげっそりとした様子でそう言い、「さすがに野宿はまずいでしょ」とマリカが眉を寄せた。

「二人用の部屋ってベッド二つ?」

 レッシンが宿の人間に尋ねると、いいえ、という答えが返ってくる。

「もともと少し広めのお一人様向けの部屋なんです。十分にスペースがあるので、床にお布団を敷かせてもらってお二人使えますとご案内してるんですけど」

 宿の女将の説明に「じゃあさ」とレッシンが言う。

「布団、いくつか貸してくれねぇか? オレら床で寝るから。ベッドはエリンが寝ればいいだろ」

 これで解決、とばかりにそう言うレッシンの言葉に、「あたしも床!?」「いやいや、同じ部屋てまずいでしょ!」というマリカとリウの言葉が重なった。

「何がまずいんだ?」

 首を傾げて言うレッシンへ、リウははあ、と大きくため息を吐く。

「あのね、レッシン。マリカは家族だから置いとくにしても、エリンさんみたいな年頃の女の人とオレら男が一緒の部屋ってのはまずいでしょ」
「だから何でまずいんだよ」

 重ねて問われ、リウはお手上げ、と言うように両手を上げてジェイルを見上げた。しかし頼りの綱である友人も、軽く首を横に振って説明を放棄する。マリカの方も似たようなもので、す、と視線を反らされた。

「あ、あの、わたしなら構いませんから」

 軽い沈黙が下りた彼らの間へエリンの声が割って入る。

「逆に皆さんと一緒の方が楽しそうでいいです」

 きっぱりとそう言った彼女は、くるりと女将へ視線を向けて、「お布団、貸してください」と笑った。彼女はのんびりとした性格に見えるが、一度決めたら率先して行動できる芯のある女性なのだ。
 一人用の部屋にむりやり詰め込んだ三組の布団は、端を少しずつ重ねてなんとか敷き詰められている。どうせ寝るだけだから床が見えないくてもいいだろ、とレッシンは満足そうだ。
 部屋の隅に邪魔にならないように荷物を積みあげ、宿の浴場を借りて汗を流す。いつの時代も男性より女性の方が入浴時間は長いもので、二人が部屋へが戻ったときには既に男三人は部屋にいるようだった。何やら賑やかな声が聞こえてくることに笑みを浮かべながらエリンが扉を開けると、ぼふ、と足もとに枕が転がってくる。

「お決まり過ぎて驚きもしないわね」

 マリカは小さく呟きながら枕を拾い上げた。

「あんたたち、明日も早いんだからいい加減にしろっ!」

 そう言って枕を投げるものだから、結局は彼女も参戦してしまうことになる。流れ玉に当たらないようにベッドへと避難し、髪をとかして寝る支度を整えていると「ごめ……ちょっと、避難、させて」とリウがベッドへと登ってきた。気が付くとレッシンとジェイルが布団の上で取っ組み合いをしており、マリカはといえば既に布団の端の方で横になってしまっている。技の掛け合いから逃げてきたのだろう、肩で息をしているリウを見つめていると、エリンの視線に気づいた彼は「なんつーか、ごめん」と苦笑を浮かべた。

「何に対して謝ってるんですか?」

 聞かずともなんとなく分かるが、敢えて尋ねたエリンへ「あー」とリウは斜め上を見上げる。

「いや、ほんと、いろいろ」

 遊び半分の遠征につき合わせてしまっていることにも、こんな風に自分たちと同じ一つの部屋に押し込んでしまうことにも、すべてに対して。リウがそう言うと、「昼間マリカさんにも同じように謝られました」とエリンは苦笑を浮かべ、「でも」と言葉を続ける。

「遠慮されているみたいで、ちょっとさみしく思います」

 彼らに比べれば付き合いは短いが、それでもこうして仲間として共に過ごす道を選んだのだ。変な遠慮はしてもらいたくない、謝罪も不要。嫌なことは嫌だ、と言うくらいの意志は持っているつもりだ。
 そう言うエリンに驚いたのだろう。軽く目を丸くしたリウは、すぐに「そっか」と笑みを浮かべた。

「えと、じゃあ、謝ったことに対して謝るのはあり?」

 ごめん、と続けられた言葉へエリンが笑みを浮かべて答えようとしたところで、「あーっ!」とリウが声を上げた。

「ジェイル、何勝手に寝ようとしてんだよっ! つか、真ん中で寝んなっ! お前、超絶に寝相わりーんだからっ!」

 ひょこん、とベッドから飛び降りて、敷かれた布団の真ん中で横になろうとしてたジェイルへ蹴りを入れる。そのままごろごろと端まで転がされるままだったジェイルは、「別に寝相悪くないぞ」と不満そうに唇を尖らせた。

「いや、悪ぃだろ、お前は」
「寝相っつーか、手くせだよな。ぜってー夢の中で組手してんだろ、ジェイル」

 呆れたように言ったリウの言葉に、レッシンが苦笑を浮かべて賛同を示す。
 ごろごろと転がる意味での寝相の悪さではなく、ジェイルは眠っているときに拳や蹴りを繰り出すことがあるのだ。村のたまり場で共に寝起きすることも多かったため、二人はかなりの確率でジェイルの拳の被害を受けている。

「覚えてないから知らない」

 しかし当の本人は眠っている間のことなど預かり知らぬ、と他人事のような顔をするものだから始末に負えない。

「ジェイルの隣はやだかんな! ジェイル端っこ、その隣にレッシン、でオレ、はい決定」

 マリカは既にジェイルとは逆の端で布団にくるまって眠っている。彼女は眠気が基準値を超えるとスイッチが切れたようにことん、と眠ってしまうのだ。布団に入って目を閉じるとすぐに寝てしまえるレッシンとは、そういうところで似ているだろう。
 レッシンが入り込む隙間を残してそれぞれ布団に寝転がった幼馴染たちを見下ろし、「まあ、いいけどさ」と頬を掻く。一度眠ってしまえば、よほどのことがない限りレッシンは目を覚まさない。それこそジェイルの拳が顔面に炸裂さえしなければ、腹を殴られようが、足を蹴られようが眠っていられるのだ。

「じゃ、オレも寝よ」

 用意された隙間へ体を横たえようとしたレッシンは、「あの」とベッドの上からの声にくるりと振り返った。

「本当に、いいんですか? わたしだけベッドを使わせてもらって」

 ちょこん、と布団の上に座ったまま、申し訳なさそうにエリンがレッシンを見上げる。魔物と戦うことのない彼女が引け目を感じるのも無理もないだろう。

「おう、オレらは全然構わねえぞ。こうやって雑魚寝すんの、いつものことだしな」

 レッシンの言葉に偽りはない。村ではよくある光景であったし、あの城へ移動してからもたまにレッシンの部屋で似たような状況になることもある。

「本当に仲、いいんですね」

 そう言ったエリンがレッシンを見つめる視線になんとなく、羨望の色が見える気がして。

「……ならエリンも一緒に布団で寝るか?」

 思わずそう口から言葉が零れていた。

「レッシンッ!?」

 横になりはしたものの、まだ眠っていなかったらしいリウが驚いて飛び起きる。その声と「いいんですか!?」というエリンの嬉しそうな声が重なった。

「いやいやいや、エリンさん、嬉しそうにしないで!? 普通は断るとこでしょ、ここ! レッシンも! エリンさんをマリカと一緒にしちゃだめ!」
「それはわたしにもマリカさんにも失礼じゃないですか?」

 マリカだってエリンと同じ女性だし、エリンとはマリカに対するように親しくできない、という言葉に聞こえる。説明せずともエリンの言いたいことが分かったらしく、「や、そーいう意味で言ったんじゃないんだけど!」とリウは慌てて言った。

「リウさんはわたしが一緒に寝たら嫌ですか?」
「だから嫌とかそういうんじゃなくて」

 彼が何をためらっているのかは分かる。分かるがそれでも、どうしても近づきたかった。輪の中に入りたかった。ともに戦うことはできずとも、側にいたい、とそう願ってしまうほど彼らは魅力的なのだ。

「じゃあエリンはリウとマリカの間な!」
「オレの隣っ!?」
「だってそこしか空いてねえし。ここはまずいだろ」
「いや、ジェイルの隣はまずいけど! じゃあ、マリカをこっちにごろんって」
「そんな怖えこと、オレにはできねえ!」
「オレにもできねーよ!」

 きっぱりと言い切ったレッシンに、言いだしたリウさえ逆切れ気味に言い返す。
 寝起きが悪いわけではないが、寝が足りていない時に起こされるとマリカはものすごい勢いで不機嫌になる。「ああ?」と座った目つきで睨みつけられでもしたら、その場で土下座して謝る自信があった。かといって、レッシンと場所を変われば今度はジェイルの拳が襲ってくるのだ。

「ご迷惑ですか?」

 残念そうにもう一度そう尋ねられ、リウは慌てて首を横に振った。迷惑だなんて考えてはいない、ただ彼女に対して申し訳ないだけなのだ。そんなリウの気持ちを察しているのかいないのか、「じゃあ、お邪魔させてください」とエリンはにっこりと笑った。

「……寝相悪かったら遠慮なく起こしてくださいー」

 シトロのメンバになら余計な気遣いはしないが、さすがにエリンに対してはそうもいかない。そう言うと、「リウは寝相いいぞ」と隣に横になったレッシンが言った。

「いっつも丸くなって寝てるし」

 猫みてー、と笑いながら伸ばしてきた腕でリウを抱き込む。

「オレを抱き枕代わりにすんなって」
「あったかくていいじゃん」
「じゃあジェイルに抱きついてて」
「前にそれやったら鳩尾に連続パンチ食らった」

 さすがに目が覚めた、と言う語尾は少し掠れており、徐々に睡魔に取り込まれていってるのが聞いただけで察することができた。

「あーはいはい、分かった分かった、もう抱き枕でいいからお前は寝ろ」

 お休み、と言うリウの言葉に返事はない。
 ふぅ、と息を吐き出すと、目の前でくすくすと笑う声。いつもならマリカがいる場所に、今日はエリンがいた。
 リウは「あー」と小さく声を上げる。ごめん、ともう一度謝りそうになったのをなんとかこらえ、とりあえず「お休みなさい」と笑っておいた。

「はい、お休みなさい」





 明け方に近い時間帯、ごん、という鈍い音と「ってぇ!」と上がった悲鳴にエリンはゆっくりと意識を浮上させた。薄暗い室内をぼんやりと見ていると徐々に視点が定まってくる。
 まず目の前に見えたのは柔らかな灰色の長い髪の毛だった。自分のものではないそれは、マリカのもの。確か二つ年下だと言っていたが、そうは思えないほどしっかりとした可愛らしい少女。

「くっそ、ジェイルのアホ……」

 呟く声に寝がえりを打つと、今度は薄い緑色の柔らかそうな髪の毛が見えた。引き上げた布団に顔を埋めるようにして眠っているその姿は、確かに丸まって眠る猫のようにも見える。
 そんな彼の向こうで声を上げた人物が、自分の顔面の上に下りてきた幼馴染の腕をぽい、と投げ捨てているところだった。

「鼻血出たらどうしてくれんだ、このアホ」

 ぼふぼふと音がするのは、拳を繰り出した友人を布団のなかで蹴っているのかもしれない。子供っぽい仕草があまりにも彼らしくて思わず笑いがこぼれる。
 それに気がついたらしいレッシンが、「悪ぃ、起こしちまったか?」と体を起こしてこちらを見た。いつもよりだいぶトーンの低いその声は、やはりまだ眠っている仲間たちを思ってのことなのだろう。

「いいえ、大丈夫です。それよりお顔、大丈夫ですか?」

 殴られた瞬間は見ていないが、言葉から顔に拳が落ちてきただろうことは分かる。尋ねると、「すっげーいてえ」とレッシンが笑った。

「腹殴られるくらいなら起きねえんだけど」

 さすがに顔を殴られて寝てはいられないらしい。鼻を何度か撫でた後、「ま、起こされていいこともあるけどな」とレッシンは小声で続ける。

「いいこと?」
「そ、オレ、めちゃくちゃ寝起きわりーから、滅多にこいつらの寝顔、見れねえんだ」

 こいつら、とレッシンは視線を巡らせる。すうすう、と小さく響く複数の寝息に、まだ三人ともぐっすりと眠っていることが分かった。

「ジェイルやマリカはともかくリウは早起きだし、寝起きもいいからさ」

 寝所を共にして久しいというのに、リウの寝顔を見たのは片手で足りる回数ほどしかない。気配に敏感というわけではないだろうが、寝が浅いのかもしれない。ごく稀に、奇跡的にレッシンの方が早く目が覚めたこともあったが、身動きするレッシンにすぐにリウも目を覚ましてしまうのだ。

「だから、得した気分」

 笑いながら リウの顔を覆っていた布団をそっと剥がす。突然外気にさらされて、ぎゅ、とリウの眉が寄せられた。その表情の変化を見ていたエリンは、起きてしまうのではないか、と心配する。しかし伸びてきたレッシンの手が頭を優しく撫でると、徐々にリウの顔が穏やかなものへと変わっていった。

「エリンももうちょっと寝てろよ、まだ早い」

 そう言ってリウを撫でていた手がエリンの頭へと伸びてきた。ゆっくりと撫でられ、その心地よさに思わず目を細めてしまう。
 何気ない動作なのだろうが、彼が大事にしている仲間と同じ扱いをされたことが嬉しくて。
 エリンはそのままゆっくりと目を閉じた。




ブラウザバックでお戻りください。
2009.02.12
















ほのぼのが書きたかった結果がこれだよ!
レッシンは人の頭を撫でるのが好き。