譲れない権利 動けるか、という問いかけにリウは力なく首を横に振った。汗で湿った髪の毛が気持ちが悪い。できれば風呂に入って眠りたいが、そんな気力も体力も今のリウには残っていなかった。 「リウ?」 ぎしり、とベッドが軋む音。覗きこまれた気配に緩く目を開けて視覚を確保する。言葉にしない返答では伝わらなかったらしい。少し眠たそうな顔をしんているレッシンを見上げ、掠れた声で嫌だ、と答えた。 「なんだ、それ。動けるけど動きたくねぇってことかよ」 仕方ねぇな、と笑いながらレッシンはリウへと手を伸ばす。くったりとした体を仰向けに返されシーツを剥ぎ取られた。先ほどまで没頭していた行為のせいでリウは裸体を晒したままだ。汗やら何やらで汚れた体を見下ろされ、思わず羞恥に頬を染めれば、「相変わらず恥ずかしがるな、お前」と苦笑される。 「しょーがねぇ、じゃん……」 恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。上げた両手で顔を覆えば、「可愛いからいいけどな」とレッシンはさらりと口にした。その言葉にますます頬が赤く染まる。 「ちょっと冷てぇかもしんねぇけど、我慢しろよ」 行為が終わった後の恒例行事、のようなもの。そう言ってレッシンは汗に濡れたリウの体を丁寧に拭き始める。くるりとひっくり返され背中も拭った後、体を起こされてシャツを被せられた。 「シーツ、替えるぞ」 「ん」 レッシンの言葉に小さく頷き、リウはもそもそと足を動かした。ベッドの側には部屋中からかき集めたクッションがある。その上へ膝を下ろした後、転がるようにベッドから下りた。リウが移動したことを確認してから、レッシンは湿ったシーツを引きはがし清潔なものへと取り替えて行く。 綺麗なベッドで寝たい、と我儘を言ったのはリウの方だ。レッシンという男は見た目と言動通り大ざっぱな性格をしており、セックスの後のベッドが多少汚れていようが気にせずに爆睡出来る。しかし彼ほどまで太い神経をしていないリウは、当然乾いたシーツの方が心地よいのだ。まだ体を重ね始めて間もない頃、あまりにも激しい行為に付き合わされて若干腹が立っていたことも手伝って、面倒くさいとごねるレッシンに無理やりシーツを替えさせた。それ以来、何故かリウが求めずともレッシンは自主的にリウの体を拭い、ベッドを整えてくれている。 きっとレッシンにとっては非常に「らしくない」行動だろう。仲間には等しく優しく、懐の深い部分を見せる団長だが、こういった細やかな気配りができるタイプではない。彼に惹かれて集まった面々もそれをよく理解しているため、彼が「えー、面倒くせぇ」と唇を尖らせたところで、「まあ、団長だしね」「レッシンだから」で済ませてしまう。 そんなレッシンの、彼らしくもない気配りは、おそらくリウのため、だろう。どちらかと言わずともネガティブな思考が得意なリウではあるが、それくらいは自惚れていいはずだ。というよりもむしろ、そう思わなければ逆にレッシンに対して失礼な気がする。 「リウ、もういいぞ」 ほら、と差しのべられた手にすがって再びベッドの上へ戻り、心地の良いシーツの上へぽふりと倒れこんだ。手繰り寄せた掛け布でリウを覆い、その隣へ自身も潜り込んだレッシンは、細い体へ腕を回す。身長はまだリウの方が高いが、腕の太さや手の大きさといった部分部分は大体レッシンの方が上だ。きっと後数年たてば背も越されるだろう。 そんなことを思いながら最近とみにしっかりしていた胸へ額を擦り寄せ、「レッシン、さ」と小さく言葉を紡ぐ。 「ああいうの、オレ以外には、すんなよ……?」 疲労感と安心感と充足感に引きずられ、眠りに片足を突っ込んだような状態でとろんとした口調のままリウは言った。見上げたレッシンの顔はどこかきょとんとしており、「ああいうの」が何を指しているのか分かっていないのだろう。そう察しながらも、リウは構わず言葉を続ける。 「オレだけ、の、だから。絶対、他のヤツにやっちゃ、ダメ」 あんな風に彼らしくもない気遣いに包まれる心地よさ。 この特権は他の誰にも譲りたくない。 ひとの心など、どう動くか分からない。いつかレッシンの心がリウから離れていくこともあるだろう。それはひどく辛いことで、考えただけで泣いてしまいそうだったが、そうなるのがひとという生き物だ。永遠など簡単に約束できるものではないし、実現も不可能だと知っている。 だからこそ、こんな戯言は意識のはっきりしない時にしか口に出来ないものだった。 なあ、レッシン、と眠気に支配されかかり、上手く回らない舌にその名を乗せる。 「オレ以外に、ああやって、優しくしたら、ダメだからな?」 もし、そんな場面に出くわしたら。 リウだけの特権が、リウだけのレッシンが、リウのものではなくなってしまうのなら、その時は。 その時はどうすんだ、と続きを促され、レッシンを見上げたリウはゆうるりと、笑んで。 「……お前の目の前で、死んでやる」 ぽとり、と落とされた言葉は内容に似合わず酷く穏やかで、何と返せばいいか考えているうちに小さな寝息がレッシンの耳に届いた。 「……寝るか、普通」 普段の声に比べれば随分と低く掠れていて、ゆったりとした口調に眠たいだろうことは分かっていたが。 「なんつー、爆弾発言」 呟いて口元を強く抑え、眉間に皺をよせてレッシンは目を閉じた。 衝動のままきつく抱き締めたかったが、リウを起こしてしまいそうでそれさえもできない。やり場のない感情をどこへ持っていけばいいというのだろう。 目を開け、安心したような顔ですやすやと眠る恋人を恨めしげに睨んだ後、「そんなことさせるかよ」とレッシンは小さく呟いた。 「お前が死ぬ時は馬鹿みたいに長生きして寿命で死ぬか、」 オレが殺すかのどっちかだ。 ブラウザバックでお戻りください。 2010.05.14
静かに熱い、主リウバージョン。 何このヤンデレ。 |