穏やかな挑発


 別に彼の普段の表情が作られたものだ、というつもりはない。陽気で明るく、無駄にはしゃいでいる姿もそれはそれで地なのだろう、と思う。けれどそれはいわゆる『他所いき』の地であって、彼そのものの素ではないのではないか、と最近思うようになった。地ではなく素、つまり側に誰もおらず一人でいるときの彼そのもの。それは普段の彼からは似ても似つかぬほど静かで落ち着いており、子供を抑え込んで無理やり大人になってしまった顔をしているのではないか、と。

 いや、だからって一人でもテンション高かったら怖ぇけどさ。

 そんなことを考えながら、レッシンは目を閉じたままころり、と寝返りを打った。窓際にいるらしい彼の気配が一瞬だけびくついたが、寝た振りを続けていればすぐにこちらを気遣う気配が消える。それに安堵して、気づかれぬようにうっすらと目を開けてみた。
 ぽかり、と時間の空いた日の午後。たまにはのんびりした方がいい、と無理やりリウから仕事を取り上げ部屋へと連れもどった。だからといって何をするわけでもなく、結局レッシンは睡魔に負けて昼寝へ突入してしまったのだが。

 窓から差し込む陽だまりの中、床にぺったりと腰をおろしたリウが何やら細かな作業をしている。おそらくまた何か小枝を組み合わせて作っているのだろう。リウはそういう細かな作業が好きらしい。時間が空けば愛用のナイフで木を削っては動物や虫のオブジェを作ったり、しなやかな枝を組んで籠を作ったりしていた。しかし彼自身がそれらを飾ったり使ったりということはほとんどない。出来上がったものに興味はないようで、作る過程が好きなのだと言う。この城へ移って来て軍師という役を負うようになってからはそういう時間があまり取れなかったのか、久しぶりにリウが何かを作っている姿を見た。
 きっと本当に物を作るのが好きなのだろうと思う。
 口元を穏やかに緩ませ、猫のような目を軽く伏せて手元をじっと見降ろしている。かりっ、かりっ、と木を削る音に重なる小さな歌声。

 歌うことが好きな姉妹が身近にいるため、歌を聞くことはすごく好きだ。あまり上手い方ではないが自らが歌うことも嫌いではない。気分がいい時は鼻歌が出ることもあるし、知っている歌を口ずさむこともある。性格的にそういったことを絶対にしないのがジェイルという幼馴染だったが、実はリウもしないタイプである、と気づいたのは村にいた頃だった。どちらかといえば陽気に歌いそうなものだが、リウの歌はほとんど聞いたことがなかった。
 なんとなく気になっていたその理由が、最近ようやく分かってきたような気がする。

 リウが歌う歌はいつも意味が分からない。歌詞がなくハミングだけというわけでも、言葉が聞き取りづらいというわけでもない。何らかの言語を口にしているのは分かるのだが、それが何語なのか、レッシンにはまったく分からないのだ。彼の同族へそれとなく聞いてみたところ、歌うという習慣をあまり持たない彼らはそれでも、子供をあやす有効的な手段としてそれを使用するらしい。それらの歌が遥か昔に使われていた言語で綴られているのだ、と。
 リウが誰に聞かせるともなく口ずさむものはその歌、なのだろう。
 自分の種族のことをひた隠しにしてきた彼が人前でそれを歌うことはできず、結果こうして誰もいない時に一人音を辿っている。

 のびやかな歌声。ひいき目を捨てたとしても、彼は十分歌が上手いだろう。幼いころからシスカの歌を聞いて育ってきたレッシンがそう思うのだ、万人もそれを認めるはずである。しかしその上手さを知っているのはおそらくこの世でレッシンただ一人だ。少し高いよく通る声。小声だからかところどころ掠れるのが妙に色っぽく聞こえる。子守唄だからだろう、ゆったりとしたリズムのそれはひどく耳に心地よい。しかし、どこか切なさを伴っているのは、彼が歌うからだろう。
 リウの歌を聞いたのは数えるほどしかないが、それでも聞くたびに強く、思う。

 これが欲しい、と。

 好きだとか愛しているだとか、もちろんそういった気持ちもあるが、そんな言葉でうわべを飾る以前にとにもかくにも、何をおいても、ただひたすらに。
 欲しい、と思う。
 かり、と小さく音を立ててナイフを動かすその器用な指先も、酷く穏やかな笑みを浮かべた頬も、どこか物憂げに伏せられた睫毛も、寂しさを張りつかせた歌声も。
 リウという存在を構成するすべてのものが、欲しくて仕方がない。


 本来なら幼子を眠りへ誘うものであるはずのその歌は、レッシンの中でひたひたと眠る凶悪な獣を呼び覚ます。




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2010.04.06
















リウ、逃げて、超逃げて!