好きだから


「珍しいな、一人か。リウはどうした?」

 食堂で朝食をどうするか考えていると、背後からそう声を掛けられた。振り返ると茫洋とした表情のジェイル。何を考えているのか分からない顔をしている、とよく言われている彼だったが、さすがに付き合いが長いだけありレッシンには何となく分かるときもある。

「お前、起きたばっかだろ」

 ジェイルの顔を見てそう言うと、少し間をあけた後こくり、と頷きが返ってきた。カウンタ越しにワスタムへ声をかけ、自分の分の朝食を確保しながら、「で、リウは?」とようやく自分の質問を思い出したらしいジェイルが言う。いつもよりワンテンポ以上遅れた反応に、まだ彼が半分眠りの中にいるらしいことが分かった。
 レッシンが朝に弱いことは、彼に近しいものなら誰もが知っていることで、毎朝健気な参謀の努力によって叩き起こされていることも周知の事実である。彼が起きている、ということはリウも起きているのが自然で、二人揃って朝食を取りに食堂に来るのが普通だった。
 ジェイルの問いかけに斜め上へ視線を向けた後、レッシンは唇を尖らせる。

「……ただいま絶賛不貞腐れ中」

 そう言った団長に、「何やったんだ、レッシン」とジェイルはため息をついた。

「何でオレが原因だって決めつけんだよ」
「違うのか?」
「…………」

 言葉を返せずに黙りこんだレッシンへもう一度ため息をつくと、「できるだけ早く機嫌取っておけ」と口にする。

「それがまた難しいんだなぁ」

 オレが何言っても怒るんだもんよ、と彼は言うが、それはおそらく言葉の選択がまずいのだろう。リウが怒りっぽいだとか気難しい性格だとかではない。多少神経質なところはあるだろうが、極めて一般的な常識を持ち合わせた性格をしていると思う。つまりは、レッシンの方がおかしいのだ。
 リウから言わせるとそれが分かっていながらも、平然とレッシンとやりあえるジェイルも十分おかしな性格をしているのだが、本人は当然気が付いていないし気にしてもいない。

「食いもんで釣られてくんねぇかな」
「どうだろうな、リウはお前じゃないし」
「……引っかかる言い方だな、おい」

 あっさりと酷いことを言ってのける幼馴染をじっとりと睨みつけてみるが、その程度で怯む相手でもない。「さっさと食事を持って戻ったらどうだ」と言われてしまった。

「そうしてえのは山々なんだけどさ」

 困ったように笑ったレッシンは続けて、「リウって朝、何食うっけ?」と尋ね、ジェイルを盛大に呆れさせた。
 もともと食の細いリウは朝もさほど量を食べない。軽く腹にたまる程度のパンと、どちらかといえば果物をたくさん食べたがる。飲み物も牛乳やココアといった乳飲料より果汁の方が好きらしい、とアドバイスを受け、そのとおりに揃えている側でため息をついたジェイルが、「お前、本当にリウのこと、好きなのか?」と零した。

「何言ってんだ、好きに決まってんじゃん」

 それにあっさりとそう答え、「それが今何か関係あんのか?」と首を傾げる始末。

「普通、好きな相手のことなら、ある程度知ってるだろ」

 ましてや自分たちは年単位で共に時間を過ごしているのだ。恋愛感情を抱いていなくとも、友人の好きなもの嫌いなものくらいは把握していてもいいと思う。しかしそんな常識が通じないところがレッシンがレッシンである所以だろう。
 自分の分と、部屋にいる恋人の分の食事をそろえ終え、部屋に戻る間際、振り返って言う。

「だってオレ、別にリウが好きなもんを好きなわけじゃねえし」

 リウが好きなんだよ。




 たとえ部屋で食事を取ることがあったとしても、運ぶのは大体リウか、そのほかのメンバでレッシンがそれを行うことは少ない。物を運ぶ、という行為に慣れていないため、途中でひっくり返しそうになりながらもようやく部屋へ戻る。ドアを開けると同時に「遅い」という低い声。

「飯。オレ、腹減った」

 そう言う声の主は、ベッド脇の床にぺたりと座りこんだままで、そこから動こうとはしない。いや、正確には動こうにも動けないのである。それが彼が超絶なまでに不機嫌な理由。

「あー、まだ機嫌悪ぃ?」

 恐る恐る尋ねると、「良いように見えるか?」と睨まれた。

「そんなに怒んなくてもさぁ」

 苦笑を浮かべてリウの側に座り込み、ラグの上に朝食が乗った盆を置く。

「怒るだろ、普通。説明の仕様がねーじゃん、これ」

 基本的に城にいる間のリウの定位置は作戦室奥である。彼に用事があるものは皆そこを訪れるのだ。リウが姿を現さなければ不思議に思われるに違いない。だからといって部屋を訪ねてこられても困る。

「正直にヤりすぎました、って言えば?」
「言えるか、アホッ!」

 顔を赤くして側に転がっていたクッションを投げつけようと振りかぶる。が、レッシンのすぐ側に食べ物の乗った盆があったため、それをあらぬ方向に投げて怒りを紛らわせた。
 リウが立つことすらままならない状態になった原因は、人にはあまり話せないこと。朝目が覚め、レッシンをベッドの下に落としたまでは良かった。さて起きよう、と床に足をつけたが膝に力が入らずにそのままぺたり、と座り込んでしまったのだ。何度か立とうと試みたが上手くいかず、あまつさえ「何遊んでんだ?」と、リウをそんな状況に追い込んだ相手に言われて怒りが爆発した。

「つか、ヤりすぎなのはお前!」

 今日はクエストに出かける予定もなかったため多少の無茶しても大丈夫だ、という意識が働いたのか、昨夜のレッシンはいつにもましてしつこかった。途中から本気で泣いて許しを請うていた気もするが、どうなったのか覚えていないので最後は意識を飛ばしてしまったのだろう。

「ちょっとは手加減しろよ」

 寄りかかっているベッドへ顔を埋めてそう言うと、「そりゃ無理だ」とレッシンはあっさりと返してきた。

「だってリウ相手だし」
「人が悪いみたいに言うな」
「やー、あんだけエロい姿見せられたら、止まるもんも止まんねぇよ」
「エロくねぇよ。つか止まれ、オレを好きなら是非止まれ」
「バカだなぁ、リウが好きだから止まんねぇんだろ」
「だから、オレのためを思って止まれって」
「リウを想ったら逆に勃つ」
「……お前、もう黙れ」

 何を言っても無駄なレッシンに、リウは大きくため息をついてもう一度シーツへと顔をうずめた。
 レッシンとしては嘘偽りなく答えているつもりなのだが、やはり今の彼は何を言っても怒るらしい。これ以上余計なことを言って怒りを煽っても仕方がない。「飯、食うか」と苦笑を浮かべて言うと、ようやく上体を起こしたリウはまだ不貞腐れた表情のまま小さく頷いた。
 そういう仕草が可愛いのだ、ということを教えてやるべきかどうか考えながら、リウのために持ってきたものを彼の前に差し伸べてやる。ラグの上へ置かれた盆と、その上の皿を見てリウは軽く目を見開いた。

「…………食堂でジェイルかマリカに会った?」

 いただきます、と両手を合わせ、自分の朝食(リウのものとは違いボリューム重視でバランスは二の次の盆が出来上がっている)に取りかかろうとしたレッシンへ、オレンジの果汁が入ったグラスを手に取りながらリウがそう問う。

「ジェイルには会ったぞ」

 半分寝てたけど、と答えると、「あいつも実はそんなに朝、つよくねーよな」とリウが笑った。

「つか、何で?」

 どうして朝食の盆を見ただけでそれが分かったのだろうか、と理由を問うと、リウは「や、だって」と苦笑を浮かべる。

「重たくないものばっかりだし、果物多いし」

 レッシンが選べばこうはならない、とリウは言う。

「オレいつもそんなに食えないもんばっかり選んでたか?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ。そもそもレッシンに飯の用意をしてもらうってこと自体レアだし」

 食べられないものや食べきれないものがあれば、持ってきたものの責任ということでレッシンの皿へ移動させてしまえば問題はない。好き嫌いが多い方でもないため、今まで気にしたことはさほどなかった。しかしそれでも、ここまで傾向の違うものがそろっていれば気づくというもの。

「まあでも、レッシンが選んで持ってきてくれたんだったら、オレは食うけどね」

 ひとの、しかも恋人の好意を無駄にするほど心が狭いわけではない。そう言うリウへ、「そっか」と笑った後、レッシンは「それさ」とリウの盆を指さした。

「ジェイルがリウの好きなものだって言うから持ってきたけど」

 スライスしたゆで卵をたっぷりと挟んだサンドにかぶりつきながらレッシンが言うと、フォークを咥えたままリウはもう一度自分の手元の食事へ目を落とした。ガラス製の器に盛られたフルーツのヨーグルト掛けを口へ運んでにっこりと笑みを浮かべる。

「うん、好き」

 美味い、と笑う顔を見て、ジェイルの言いたかったことはこのことなのだろう、となんとなく思った。レッシンが用意したものならば食べる、とリウは言ってくれる、実際今までもそうだったし、そのことについて本気で嫌がられたことはない。むしろありがとう、と喜んでくれる。しかしだとしたら、その自分が彼の好きな物を集めて持ってくれば、もっと今まで以上に喜んでくれるのではないか、と。
 ようやくその思考にたどり着いた。
 そして辿りつくのが遅いのだ、ということもなんとなく察した。

「あー、オレさ、リウのこと、ほんとに、ちゃんと好きだからな?」

 むぐむぐと口を動かしていたリウは、突然のレッシンの言葉にきょとんとした表情を返す。口の中の物を飲み込んだあと、「知ってる、けど」と首を傾げたリウを、正面から見つめた。

「本気で好きだから。うん、だから、もっと一杯リウのこと、知りたい。好きな食べ物とか、そういうの」
「いや、別に無理してそういうのしてもらわなくても」

 リウとしては、レッシンがそういうタイプではないことを分かった上で付き合っているわけで、たとえ自分の好きな食べ物を知ってもらえていなくても、その程度のことで彼の気持ちを疑ったりはしないのだが。

「無理じゃねぇ。オレがしたいんだ。リウが好きだから」

 きっぱりと、そう言ってのけたレッシンを前に、「そっか」とリウは照れたように笑った。
 しかし。

「……だから、多少ヤりすぎんのは、多めにみろ」

 続けられた言葉に口元を引きつらせ、「お前の場合は多少じゃねーんだよ」と頭を殴っておいた。




ブラウザバックでお戻りください。
2009.04.21
















いちゃいちゃしてるだけの話が書きたかった。
あと拗ねてるリウ。