帰る場所


 いつかこんな日が来るのではないか、と。
 そう思っていた。
 覚悟を決めていたわけではない。
 想像することさえ嫌な場所なのだ。
 もしかしたら、と考えたくもなかった。
 ただ。
 いつかは関わることになるのではないか、と。
 いや、確実に関わることになるだろうと。
 そう思っていた。
 如何せん、この戦いの中心にあるものが書なのだ。
 それに対する知識を深めようとすれば、この一族へ辿りつかないわけがない。
 できれば自分とは一切交わらない点で関わって欲しかった。
 もう二度と戻るつもりのなかった森。
 もう二度と戻りたくなかった村。
 仰ぎ見る。
 鬱蒼と覆い茂る木々。
 相変わらず牢獄の檻のよう。
 圧し掛かる空気。
 身体が重い。
 息が苦しい。
 また。
 逃げ出したくなる。




 ぱたむ、と寝返りを打つと目の前に見慣れた横顔があった。こんな場所でまで同じ布団で寝なくてもいいのに、と思うのだが、そのことに疑問を抱いていないらしいレッシンにいつものように引きずり込まれてしまう。逆らわない自分にも問題があるのだ、というのは分かっているのだが、こればかりはどうしようもない。リウ自身がそうしたいと思っているのだから。
 小さく口を開けて息を吐き出す。気管に何かが詰まっているかのように、息苦しさが振り払えない。
 ぱたむ、もう一度寝返りを打ってレッシンに背を向ける。は、と息を吐いて深呼吸を試みるが、やはり上手く息が吸い込めなかった。
 頭の整理も心の整理も上手くいっていないのが原因、だろう。

 もう二度と足を踏み入れる気のなかった森。百万世界の狭間に取り残されるよりは断然良いが、それでも何かのきっかけがあれば感情的に「助けてくれなくて良かった」と叫び出しそうで。
 ふ、とため息を零す。こうして次から次に息を吐き出し続ければ、最終的に自分は萎んでなくなってしまうのではないだろうか、とどうでもいいことを考えた。
 明日、長から得られる話によっては、この一族ともうしばらく付き合うことになるかもしれない。それくらいの想定はしておくべきだろう。
 そうなっても自分は平静でいられるだろうか。
 参謀役として、軍師として、きちんと対処できるだろうか。

 ふ、とため息。
 息が、苦しい。

 二人分の体温で程よく温まっている掛布をきゅ、と握ったところで、「リウ?」と小さな声が聞こえた。

「眠れねぇのか?」

 背後から伸びてきた腕がリウの体を抱き込む。子供が甘えるように額を擦り寄せてくるその動きがくすぐったくて、少し笑いながら「ごめん」と謝った。同じ布団にいるのだ、リウがそう何度も寝がえりを打っていてはレッシンも寝辛いだろう。
 リウの言葉に「違ぇよ」とレッシンは言った。

「眠れないのか、ってオレは聞いたんだ」

 謝れなど誰も言っていない、とレッシンは言いたいのだろう。真っ直ぐな優しさに心がほわり、と温かくなる。抱きしめられたまま頷いて、リウは腰を抱くレッシンの手に自分の手を重ねた。

「リウはこの村がそんなに嫌いか?」

 暈すこともせず、はっきりと聞いてくるレッシンに苦笑が零れる。嫌いか、と問われたらそうだ、と答えるしかない。

「苦しい、んだ」

 閉じ籠められている。
 この森に。
 この村に。
 どれだけ足掻いても。
 どこまで逃げても。
 結局はここへ。
 連れ戻されてしまうのではないだろうか。
 そんな不安が。
 頭を支配する。

「息ができない」

 村を飛び出る前でもこんなにも息苦しさを覚えたりはしなかった。
 これはおそらく、外を知ってしまっているから、だろう。
 あの頃とは違い、今のリウは森の外の世界を知っている。
 どれだけ広く、どれだけ青く、どれだけ心地よいのかを。

「リウ」

 耳元で名前を呼ばれ、首だけをひねって背後を見やると、軽く上体を起こしたレッシンと目があった。

「……っ」

 軽く口づけられ、息を呑む。肩を抑え込まれて体を無理やり仰向けにされると、もう一度伸びてきたレッシンの腕に絡め取られた。

「ここがリウの生まれた場所だってんなら、オレは好きになりてぇけど」

 難しいな、と囁かれた言葉を上手く理解する前に、「帰ろうぜ」とレッシンが言った。

「オレらの城に」

 マリカとジェイルがいる場所に。
 仲間がいる城に。
 確かに生まれ育った場所はこの村で、故郷と言われればこの森になるのだろうが。
 それでも自分が帰る場所はここでは、ない。

「…………その前に、ファラモンに行かねーとな」

 リウの言葉に、「ああ、そうだったそうだった」とレッシンは笑った。



 この笑顔のある場所が、リウの帰る場所だ。




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2009.04.02
















団長の帰る場所はシトロなので、結局はリウもシトロに帰ることになります。