舞い踊り、誘え。


 明け方から降り始めた雨は午後を半ば過ぎた今までずっと降り続けている。その所為で外に出ることもできず、我らが団長は暇と体力を持て余しているらしい。調べものと報告書の処理をしていたリウの側でしつこく誘ってくるものだから、気分転換も兼ねて、と条件付きでそれに乗ることにした。

「えー、演武? オレそれ苦手なんだよなぁ」

 しとしとと濡れる外では体も動かせない。広い城内ではあるが、思い切り動ける場所となるとまた限られてくる。手の空いた人間が集まっているかと思ったが、意外にも剣士団の訓練所は数人(しかも皆剣士団の主要メンバともいえる面子)がいる程度であった。彼らへ「ちょこっと場所だけ貸りてもい?」とリウが尋ねる。
 了承を得たあと振り返り、「ガチでやるならオレじゃ相手になんねーだろ」と肩を竦めて言った。
 稽古をするつもりならばせめて同レベルの人間とするべきだ。リウがレッシンの隣に立てるのはひとえに星の印による魔法が使えるからである。魔力と頭を駆使すれば互角に(レッシンには言わないが実際にはリウの方が有利だろうとさえ思っている)戦えるだろうが、さすがに稽古一つで部屋を破壊するわけにはいかない。

「オレは体力と筋力がつくし、レッシンは集中力がつくしで一石二鳥だろ」

 リウの言葉にレッシンはしぶしぶ「分かったよ」と頷きを返した。
 演武とは武術における訓練の一つである。もとは自警団時代にディルクから教わったものだ。自由に技を繰り出す組手とは違い、あらかじめ決められた型を二人で順番に繰り出すというもの。

「どれやる? つってもオレ、一か三しかできねえけど」
「レッシン最近二刀流だろ? 型の三、やっとこーぜ」

 訓練用の木刀を四本手に取り、そのうちの二本をレッシンへと放り投げる。型の一は素手で行い、三は剣を二本使っての型となる。型はまだ数多くあり、リウの記憶では六つは教えて貰っているはずだ。そのうちの二つまで覚えているというのだから、レッシンにしては上出来なのかもしれない。
 最近パーティに入っても魔法か杖での攻撃しかしていなかったため、体が鈍っているだろう。軽く腕を回して筋肉をほぐしながら、「いいか、レッシン」と前で同じように体を解している団長へと宣言した。

「お前が間違えたらオレが怪我をすると思え」

 決められた型をいかに正確に、また相手のタイミングに合わせて繰り出すか、に演武のすべてがかかっていると言ってもいい。始めから最後まで一気にやり通せばそれなりの運動量になるため、体力を付けるにはちょうどいい訓練であるし、また一時の気も抜けないため精神力を培うにももってこいなのである。

「ほら、位置につけ」

 リウの声に従い、少し距離をあけてそれぞれ構えを取る。同じ武器を持っているのだが、その構えからして二人は正反対であった。
 レッシンはすぐにでも切りかかれるように右手の武器を掲げ、左手を前に突き出して切っ先をリウへと向けている。対してリウは、両手を下に下ろしたまま木刀を掲げようとはしない。それはどこからの攻撃でもすぐさま対応できる構えだ。
 本来ならここで号令をかけるのはディルクの役目。しかし今は彼はいない。代わりにたまたまいたロベルトが、「始め!」と号令をかけた。

 同時にとん、と二人の足が床を蹴る。最初に攻撃を繰り出したのはレッシン。リウは右上から切り降ろされた木刀を左の木刀の腹で受け、左から切り降ろされたものを右で受け止めた。ぐ、と押しやるように力を込めると、そのままレッシンは一歩後ろへと飛びのく。それを追い掛けて歩を進め、右手で左下から切り上げ、左手の木刀を左から右へと真横に切り、最後に左右の剣を揃えて右上から左下へと切り下ろす。
 レッシンはとん、とん、とん、とリズムを刻むように床を蹴って後ろへと飛びのいた。勢いよく刀を振り下ろしたリウには隙ができている。それを狙うように右手を突き出す、ち、と髪の毛を擦る音。腰を落として避けたリウは、低い姿勢で足を狙って刀を繰り出した。
 飛びあがってかわし、着地する勢いを借りて上から攻撃。リウは頭上でクロスさせた刀でそれを受け止め、レッシンが床に下りると同時に、一度身を屈めて刀を弾き飛ばした。
 これが演武でなければ、この程度の力でレッシンが引くことはないだろう。力任せに抑え込んでくるに違いないし、そうされるとリウに勝ち目はない。しかしこれはそういう訓練ではない。相手の力量とタイミングに合わせなければ成り立たないものなのだ。

 床を蹴ってレッシンから距離を取る。一拍の間。今度はレッシンの攻撃だ。リズムよく繰り出されるそれを飛びのいてかわし、時折木刀で受け流す。スピードはあるが、レッシンの表情を見ることができないほど余裕がないわけでもない。
 ちらり、と視線を向け、こちらに向けられるその視線の強さに思わずぞくりとした。演武だというのに、まるでリウを噛み殺さんばかりの勢い。どこまでも真剣で、それでいてほんの少しばかり残虐性を秘めたレッシンのその瞳がリウは好きだった。おそらくこの顔は演武の最中にしか見ることはないだろう。
 それかあるいは。
 辿りついた思考に赤面しそうになる自分を叱咤して、リウは演武へと集中した。
 繰り出された突きをくるり、とターンしてよけ、そのままレッシンの背へと木刀を振り下ろす。カン、と木刀同士がぶつかる乾いた音があたりに響いた。

「少し早めるぞ」

 一応今ので一つのパターンが終わりなのだが、レッシンの指示に声を出さずに頷いて答える。まるで二人にしか聞こえない合図を聞いているかのような、完璧なタイミングで飛びのいて離れて距離を取った。
 今度はリウからの一手。演武は先手と後手を二人がそれぞれ一度ずつ行って終わるのが普通である。

 かなり幅広く場所を取って動くため、邪魔にならぬように剣士団の面々は少し離れた位置で二人の演武を見やっていた。もちろんきちんとした訓練を受けた身から見れば二人の剣は荒いものであったが、それでも思わず見とれてしまうほど完成されている。
 身のこなしもかなり軽く、スピードもある。まるで猫科の動物二匹が戯れているかのようで。

「二人の息が合っているな」

 これは素晴らしい、と呟いたメルヴィスの言葉に、ロベルトも小さく「そうですね」と返す。

「剣の腕があるだけではこうはいくまい」

 ただ一人だけで敵と戦う場合には必要ないだろうもの。数人でパーティを組んで戦うことの多い現状、こうもぴったりと息の合った仲間がいることは何にも負けぬ武器になるはずだ。
 カン、と二度目の乾いた音。
 間を置いたのち重なっていた木刀が離れ、二本の木刀を片手に持つと、二人は空いた手をパン、と軽くたたき合わせた。まるでそこまでが一つの演武であったかのようで。
 少し上がった息の下で「まだやるか?」とリウが尋ねる。それに無言のまま首を振ったレッシンから木刀を受け取り、リウはロベルトの隣にある籠へと戻しにきた。

「お前、剣も使えたんだな」

 今までロベルトが見た限りでは、彼は常に杖を手に持っていた。弓も使えるという話は聞いていたが、剣の腕もなかなかのものがある気がする。そう言うと、「あー、使うだけならな」とリウはへらりと笑みを浮かべた。

「力がねえから実戦向きじゃねーけど。ま、こーゆーとこで役には立つっしょ」

 からん、と音を立てて木刀をしまって言った彼へロベルトが言葉を返す前に、「リウ、戻ろう」というレッシンの声が届いた。
 暇だ、動きたい、と駄々をこねるから付き合ったのだが、今程度の運動量で満足したのだろうか。まだ動き足りないのならここにいるロベルトやメルヴィスに相手になってもらえばいい。そう思っていたリウが振り返る前に、がばり、と背後から抱きつかれる。
 運動をしたせいでいつもより若干高い体温、耳元での息使いにどくり、と心臓が跳ねた。そんなリウの動揺を見透かしたかのように、ぐ、と押しつけられる下肢。

「戻ろうぜ」

 太ももの辺りに感じる熱く硬いものに気づくと同時に、か、と顔に血が上った。

「お、まえ、なん――ッ!?」

 咄嗟に続きの言葉を呑み込んだ自分をほめてやりたいくらいだ。ぐ、と唇を噛んで周囲をうかがう。先ほどまでそこにいたロベルトは今、少し離れた位置にいるメルヴィスに何やら指導を受けているようだった。ぽろりと喉の奥からこぼれ落ちそうだった言葉は、決して彼らには聞かれてはならないもの。
 顔を赤くして口を開閉させるリウを見やり、レッシンは喉の奥でくつりと笑う。そして抱きつく腕に力を込め、リウの耳へと唇を寄せた。

「お前は知らねえだろうけどさ」

 やってる間のリウ、すげぇエロいんだぜ?

 真っ直ぐにレッシンを射抜く視線。(相手の動きをよく見なければ演武は難しいからだ。)
 少し上気した頬。(動いているから体温があがり、顔が赤くなるのも仕方がない。)
 荒い息の零れる唇。(レッシンとは違い持久力がないのだ。)
 口元に浮かぶ笑み。(訓練とはいえ演武は楽しい。何せ相手はレッシンなのだから。)
 そして、何かに酔っているかのような瞳。
(惚れた相手にあんな視線を向けられ、平静でいられるはずがない。酔っているのだとすればそれはおそらく、レッシンの視線に、であろう。)

「勃つのも仕方なくね?」

 そう言いながらも、剣士団の面々には気づかれぬようにぐりぐりと腰を押し付けてくる。

「ッ、バカ!」

 ぺしん、と額をはたいてレッシンの腕から抜け出した。

 顔が火照る、体が熱い。
 今の演武のせいだけでは、おそらく、ない。

「――――戻る、んだろ」

 きゅうと拳を握りしめ、そう言ったリウの目は少し潤んでいる。
 可愛らしいそんな反応に思わずレッシンの口元が綻んだ。どことなく嬉しそうな彼の表情を悔しそうに顔を歪めて睨みつける。
 レッシンには絶対に気づかれてはいけない。
 演武の最中に、リウも同じようなことを思っていた、などということは。




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2009.05.17
















カッコいいリウが書きたかったらしいです。
結果、カッコイイ(?)団長が出来上がりました。