目蓋と目の関係


 度胸がないとか、体力がないとか、散々に言われてはいるし、自分でもそうであると自覚はしているがそれでも、こちらにだってプライドというものがある。限りなく小さく、はっきりいって無視できる程度のものではあるが、矜持というものがある。それはたとえばひととしてのものだとか、戦士としてのものだとか、男としてのものだとか様々ではあるがそれでも、今は武器を手に取り彼らとともに戦うことを決意しているのだ。いつまでも幼馴染たちに守られていて良いはずがなく、そのつもりだってない。彼らには及ばずとも、一般的な人間よりは戦えるつもりだ。

「ジェイルさ、オレと一緒のときにそう言うの、やめてよ」

 理解はしているのだ。ジェイルは決してリウを下に見たり、馬鹿にしたりしてそう言っているわけではないことは。これは単純なるジェイルの優しさで、リウが常に装備しているロッド系は後方からも攻撃可能である、ということにも由来しているだろう。だから彼は「オレの後ろにいろ」とそう言ってくれる。仲間として大事にされることは嬉しいが、ただなんとなく釈然としない思いもある。

「じゃあ前列で戦うか?」
「……イエ、遠慮します」

 そう答えてしまう自分にも問題があるのだろう。
 客観的に判断した場合、リウが前列に出たところで利はない。極端にまで打たれ弱いのだ。筋肉が付きにくい体をしているせいだろう。直接的な攻撃力もさほど見込めず、リウがパーティに入るのは補佐的な役割と、突如現れる強敵に対抗する魔法係としてだ。魔力残量さえ見誤らなければリウだって結構なダメージソースとなれる。しかしそのためにはリウ自身が倒れては意味がない。
 レッシンやジェイルのように前列で戦えればカッコいいだろうとは思うのだが、自分には向いていないということも分かっている。己の分をわきまえることも重要で、出しゃばるつもりはまったくないが、それでも。


 ポーパス族を仲間に引き入れるため彼らの住まう地へ向かう途中。レッシンにリウ、ジェイル、クーガの四人はテハの村を通り、雪深いチオルイ山へと足を踏み入れていた。山歩きの達人だというドガ、その弟子ナズに案内を頼み、ざくざくと進むこと数時間。
 俺の言うことを聞け、というドガの指示通りの道を進んでいたところで突如襲い来る雪崩に一行は言葉を失った。
 ぴたりと足を止めたドガに「どうかしたのか」とレッシンが尋ねる横で、さすがドガの弟子、ナズが眉を寄せて山頂左あたりへ視線を向ける。「音が」と小さく呟かれたクーガの声に、首を傾げながらも耳を澄ませると、どどど、と地響きのような低い音が響いていることに気がついた。あとは一瞬の出来事だ。
 目と鼻の先を轟音と共に大量の雪が流れ落ちていく。
 あまりの迫力に竦んだ体をふわり、と包んでくれる体温にその時は疑問を持たなかった。雪の流れが止まり、ようやく周囲に静寂が戻ったところで、先ほどまで自分たちが進もうとしていた道が崩れていることを知る。思わずぞっとしたものが背筋を這いあがるのも無理はないだろう。顔を青くしたリウに気がついたのか、雪の流れから守るように伸ばされていた腕にぎゅ、と力が入った。
 その力の強さにリウは、ようやく自分がレッシンに抱きしめられていることに気がついたのだった。軽く身を捩ってみるが、彼の力に敵うはずもなく腕の中から逃れることはできそうもない。

「少し待っていろ」

 そう言ってレッシンたちをその場に残し、ドガとナズは二人で先へ進んで行く。様子を見て来てくれるのだろう。彼らの言に従った結果助かった命だ、もちろん逆らうつもりなど毛頭なく、四人はその場で二人の帰りを待つ。
 そんな中、ようやくレッシンの腕から解放されたリウは「お前さ、」と呆れたようにレッシンへ視線を向けた。

「なんで、こーゆーことすんの?」

 庇われなければならないほど、弱いつもりはない。ただ守られているだけの存在にはなりたくない、そう思って努力もしているのに、未だにジェイルやレッシンの中でリウという存在はそういう対象なのか、と思うと何となく泣けてくる。
 そんな自分が情けなくて、眉を下げてそう尋ねると、レッシンは「何でって言われてもなぁ」と苦笑を浮かべた。

「だってリウだし」

 レッシンの言葉にジェイルまで「リウだしな」と頷いている。どうやら彼らの間ではそれで通じるらしい。どう上手く拾い上げても馬鹿にされているとしか思えず、リウは大きくため息をついた。
 頑張っているつもりなのだ。
 努力をしているつもりなのだ。
 しかしそれらはあまり実になっていないようで。
 友人たちにも通じていないようで。

「……別にリウを馬鹿にしてるとか、頼りねぇって思ってるわけじゃねえぞ?」
「や、うん、そりゃ分かってるけどさ」

 ジェイルと同様、レッシンにそんな思いがないだろうことは分かる。
 分はわきまえているつもり、だ。
 自分に出来ることとできないこと、向いていることと向いていないことの見極めは重要。アクティブな幼馴染たちについて歩くにはある程度の戦闘力が必要で、そのために努力は惜しまないがそれでもやはりリウには後方支援の方が向いている。
 そのことは分かっているし、自分ではさしてこだわっていないつもり、だった。
 それでも、こんな些細なことで凹んでしまうのだから、やはりどこかで引っ掛かっていたのかもしれない。これが個人の差なのか、あるいは種族の差、なのか。出来れば前者であってほしいが、後者の可能性をまったく否定できないのが辛い。どれだけ溶け込もうと、彼らとの間には決して埋まらない溝があるのだ、と示されているようで。

「あー、ちょっと、マジで泣きそー……」

 はぁ、とため息とともに吐き出したその呟きを、レッシンに聞かれてしまったらしい。眉を顰めた彼は「リウ」と名前を呼んでその細い肩を両手で掴んだ。

「お前さ、顔に向かって何か飛んできたらどうする?」

 正面から視線を合わせた問いの真意が掴めず、リウはきょとんとしたまま「は?」と首を傾げる。

「だから、こう、物が飛んできたらどうするかって」

 言いながらレッシンは固めた拳をリウの顔面に向かって繰り出した。

「ッ!?」

 驚いて目を閉じると、「ほら、目、閉じるだろ?」とレッシンが満足そうに言う。

「そりゃ、まあ条件反射だし」

 恐る恐る目を開け、レッシンの笑みを見ながら答えると、「オレやジェイルもそれと一緒」と彼は口にした。

「そんとき、目蓋が目玉をバカにしてたりはしねえじゃん?」

 条件反射なのだ、と。彼らがリウを守ろうとしてしまうのは、当たり前のことでそこに何か意図があるわけではない、と言いたいのだろう。

「オレもジェイルも、何か考える前に動く方だから直せって言われてもぶっちゃけ無理。だから諦めろ」

 きっぱりと言い切られ。
 後ろからもぽん、とジェイルに肩を叩かれて。
 リウは「あー」と小さく声を上げて、空を見上げた。
 青く、突き抜けたような空。
 周囲にある真っ白な雪が太陽の光を反射してきらきらと光っているせいか、平原で見るよりもずっと明るい空に見える。

「……オレ、目ん玉?」
「オレら目蓋な」

 苦笑を浮かべて尋ねると、レッシンは笑ってそう言った。

 どこまでも高く広い空の支配から逃れることは、ひとの身には余る行為だろう。
 こんな幼馴染たちから逃れるのも、リウにとってはそれと同じこと、なのかもしれない。




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2009.03.09
















エロ以外も書くよ、という無駄な意思表示のために書いてみた。