美食家 リュウジュ団を纏める年端も行かぬ男とリウが恋仲になったのは最近のこと。同性だということにさほど悩まなかったのは、それ以上に気になることがあったから。なんとかそれを乗り越えて、彼に請われるまま側に立つことを選んだ。 ひとつの道の協会と盛大な喧嘩を繰り広げている真っ只中、それどころではないということは重々承知しているし、そもそもそんなガラではないと思う。恋に恋する少女ではないのだから、ロマンチックな雰囲気に憧れたり、イベント事に夢を見たりはしない。手を取ることも並び立つことも叶わない、と諦めていた時期さえあったのだ、今はただ共に歩めるだけで嬉しい。 だから、とリウは誰にとも分からない言い訳を頭の中でくるくると回転させる。 だからこれに深い意味はないのだ、と。 厨房を任されているワスタムはもとより、シスカやエリンといった女性陣が気合いを入れて作ったパーティー料理が並ぶ宴会はまだ続いているだろう。これだけのメンバが揃う城だ、騒ぎ始めたら朝まで続くこともある。だからといって全員強制参加というわけでなく、好きな時に輪に加わり、好きな時に外れても誰も文句を言わない。 シトロメンバと馬鹿騒ぎをし、至らない長を支えるために森を出てくれた同族を労い(彼らはあんなに騒がしい宴会など初めてだろうから、楽しめるだけ楽しんでみろ、と言ってある)、各地から集まったさまざまな種族のメンバとグラスを交わした。腹と心が十分に満足したところで眠気を覚えたリウは、側にいたマリカに声を掛けて先に四階の部屋へと戻ってきていた。 リウがいつも寝起きをするのは団長レッシンが使っている広い部屋だ。一応リウ自身の部屋はその手前にありはするが、そこは物置と化していてほとんど使っていない。だからものを隠しておくには最適で。 数日前にたまたま交易に出かけた先で見かけた剣飾り。鍔と鞘に巻きつけるのであろう飾り紐は鮮やかな赤で、レッシンに似合いそうだな、と思ったのだ。気づいた時にはそれを購入しており今に至るが、どうせなら買った後すぐに渡しておけばよかった、とリウは隣の部屋へ向かいながら思う。クリスマスなどという派手なイベントに便乗する方がより恥ずかしい気がしてきたのだ。 「どうすっかなぁ……」 ぽん、と小さな紙袋を放り投げ、受け止めて呟いた。無理をして渡す必要はないが、できればこれで飾った剣を佩いたレッシンを見てみたい。 「渡すにしてもなんて言ったらいいんだっつの」 ベッドの上へ袋を放り投げ、自身もぽふ、と倒れこむ。一緒のベッドで眠っているのだから、彼が眠ったあとに枕元へ置いておく、という手もある。だが、翌朝それに気づいたレッシンのそばには必ずリウ自身がいるのだ。そこで何かを説明するのも恥ずかしい。幼い子供ではないのだから、やっぱり手渡しをしておいた方がいいだろう。 腹をくくるしかないのかもしれない。 側に転がっていた紙袋を腹の上へ移動させ、ぼんやりと天井を眺めていたところで、ガチャリ、と部屋の扉が開く音がした。突然の物音に反射的に体が跳ねる。慌てて体を起こすと、「リウ?」と名を呼ばれた。 「もう寝てたのか?」 姿を現したのはこの部屋の主、レッシン。 「や、まだ起きてるけど」 早かったな、とリウは言葉を続けた。下の様子からすればまだまだ宴会は続きそうで、当然のようにその輪の中心にいたレッシンは、もうしばらく戻ってこないと思っていたのだ。 「ああ、うん。もう十分食ったし、騒いだし、あとリウいねぇし」 だから戻ってきた、とそう言うレッシンへ、どんな顔をすればいいのか分からず、とりあえず「ごめん」と謝っておく。 「別にいいんだけどさ。つか、まだ寝んなよ」 言いながらレッシンはリウが座っているベッドへと乗り上げてきた。 「なんで?」 首を傾げたリウへ、「オレがつまんねぇから」とレッシンは返す。 「オレが寝てたらお前どうするつもりだったの」 「叩き起こす?」 「起こすな、バカ」 苦笑して、ついでに膝の上に抱えていた紙袋を投げつけた。 「何、これ」 受け取ったそれを手に、レッシンがリウを見る。相変わらず真っ直ぐなその視線に耐えられず、目を反らせながら「やる」とリウは言った。そのまま彼の方を見ずにベッドへ乗り上げ、掛け布をめくってもそもそとその中へと潜り込んでいく。 「オレに?」 「そーだよ。じゃ、オヤスミ」 何か反応を返されるのも気恥ずかしく、リウは逃げるようにレッシンへ背を向けた。ようやくそれがプレゼントである、ということに気がついたのか、「あ、バカ、寝んなつってんだろ!」とレッシンが慌てたような声を上げる。 「リウ、起きろ! 顔出せ、逃げんな!」 げしげしと足で蹴られ、しばらくは耐えていたがあまりのしつこさに、結局は「いてーよ、アホッ!」と起きてしまった。 「起きないリウが悪い」 きっぱりとそう言ったレッシンは、「手、出せ」と言葉を続ける。 「手?」 「いいからほら」 握りしめた拳を突き出された。首を傾げながらリウが右手を差し出すと、ぽとり、と落ちてくる小さな何か。 「オレもやる」 そう言って笑ったレッシンは、「開けていいか?」と今貰ったばかりの袋を指さして尋ねてきた。 「あ、うん、いいけど……。これ、オレに?」 「リウ以外の誰にやるっつーんだよ」 答えながらがさごそと紙袋を開け、中身を取り出して「おー」と嬉しそうな声を上げる。 「これ、何?」 「えと、剣飾りっていうか。鍔と鞘に付ける飾りみたいなの」 「へぇ。じゃあ付けてみっか」 入口付近に立てかけていた武器を取りにレッシンがベッドを下りる。ぎしり、と軋む音を聞きながら、リウは掌に残された小さな飾りから目を離すことができなかった。 たぶん耳飾り、だと思う。デザインとしては今リウが付けているものとあまり変わらないが、鮮やかな赤い石だった。それはちょうどリウがレッシンへ渡した飾りと同じような色。 「リウ、リウ!」 名を呼ばれ、はっと我に返って顔を上げる。ベッドのすぐ側に立っていた彼は、「どうだ?」と腰に佩いた剣を見せた。斬撃武器を主に使う彼は今、刀を両手に持って戦うスタイルを取っていた。腰の右にある刀の鞘と、左にある刀の鍔にそれぞれ赤い飾り紐が巻かれている。 「なかなかカッコ良くね?」 そう言って、す、と刀を抜くといつものように構えてみせる。鮮やかな赤が流れるように動き、思わず「うん」と素直に頷いてしまった。 似合う、と思ったのだ。きっとレッシンの躍動感溢れる動きに、あの赤い飾りは映えるだろう、と。その見立ては間違っていなかった。 「サンキュな」 そう言って笑ったレッシンは、未だリウの手の上に乗ったままの飾りを指さして、「リウも、それ付けてみろって」と続ける。 「あ、うん」 言われるがまま今付けている飾りを外し、代わりに貰ったばかりの赤い耳飾りをつけてみる。少し冷たいそれは前のものと同じように耳朶を挟み込むタイプのもので、違和感は全くなかった。ベッドサイドの棚の上に置いてあった鏡を手に取り、自分で見てみる。今までよりもはっきりとした原色に近い赤。派手すぎる気もするが、側でレッシンが「やっぱりいいな、その色」と満足そうに言うので気にならなくなってしまった。 「……クリスマスプレゼント?」 棚へ鏡を戻し、振り返ってそう尋ねる。今日この日に渡されたのだ、それ以外には考えられないが、まさかレッシンが用意しているとは思っていなかった。こうして身につけた今でもまだ信じられない。 その思いが顔に出ていたのだろうか、「オレが渡したらおかしいか?」とレッシンは唇を尖らせる。 「リウだってくれたじゃん」 「や、だって、ほら、クリスマス、だし」 「うん、で、オレら、付き合ってんだろ? 恋人にプレゼント渡しておかしいこと、なんもなくね?」 続けられた言葉にようやくリウの中に現実感が戻ってきた。 「おかしい、とか、じゃなくて」 じわじわと心の奥から沸き起こってくるものは、酷く単純で分かりやすい感情。 「っ、すげー、嬉しい……」 ありがとう、とそう言うと同時に、ぎゅうと強く抱きしめられた。そのままごく当り前のようにリウもレッシンの背へ腕を回す。レッシンの体温と鼓動とを全身で感じていると、不意にかぷり、と飾りをつけた耳を齧られた。びくり、と跳ねた体を抑えこむように、レッシンの腕に力が込められる。 「前からさ、ずっと、思ってたんだ」 耳元で囁かれる声。耳朶を擽る吐息に背を震わせながら、リウはレッシンの言葉を聞く。 「リウの耳の飾りって、牙みてぇだよなぁってさ」 形がそれに似ているからだろうか。付けている本人はそもそも見ることがないため、今まで思ったこともなかったが。 「今度から、ずっとこれ、付けてろよ。そしたらさ」 ずっとオレが噛みついてる気になるから。 そう言って、本当に耳朶へ歯を立てる。 口内へ含まれ舌で擽られる感覚に「んっ」と喉の奥で声を殺し、「前から、思ってたんだけど」とリウは口を開いた。 「お前さ、オレを食い物か、何かと、勘違いしてね?」 少し呆れを含んだその言葉にレッシンは、「まさか」と舌を伸ばして耳朶の縁をなぞる。もう一度、今度は自分が送った耳飾りごと口へ含み、耳朶を吸い上げてレッシンは言った。 「下手な食いもんより、全然うまいぞ」 ブラウザバックでお戻りください。 2009.12.24
もちろん美味しく頂きます。 |