※団長とリウの性格が他の話とは違います。ご注意をば。 秘め事、明るみに 始めはひとつの道の協会に対抗するために集まっただけのものではあったが、モアナが集める依頼により若干何でも屋という風体を擁してきたリュウジュ団である。実際頼まれたことは吟味を重ねながらもある程度はこなしてきた。それがひとつの道に関係ないことであったとしても。そのせいか、協会とはあまり関係のない一般の人々の間にも名前が知れ渡ってくるようになった。 「有名になんのはいいことだろ」 団長自身が屈託なく笑って言う言葉もあながち間違いではないのだが、名が売れるということはそれに付随して面倒事も引き寄せることにもなる。一つの団体が勢いに乗ることを快く思わないものだっているのだ。 きしり、とバルコニーの柵が小さく軋む。四階の角にある団長部屋、部屋の入口に見張りはいないが、四階に上がるための階段とエレベーターに見張りがついているため、実は許可のないものが入り込むことは非常に難しい。それが故、団長を亡き者にしようと画策するものたちは、自然ともう一つの出入り口、バルコニーの方へ目を向けることになる。 「危なくないんっすか、それ」 年若い団長は団に所属する者へは平等に親しく接することで有名だ。新しく入ったものであろうと、剣を扱うことに関して初心者だと言っても、団に入っているというだけで仲間だと認識してくれるらしい。世間話ついでに軽く探りを入れれば、「あー、なんか結界がどうのとかリウ言ってたし、大丈夫じゃねぇの?」とあっけらかんと言っていた。 「結界?」 「そ。なんか、踏んだらダメなやつを床に作ってあるとかなんとか、」 「バカレッシン! お前、そういうことをペラペラしゃべっちゃダメだろーがっ!」 団長が大ざっぱな説明をしている途中で参謀役である少年が現われ、後ろからぽかりと頭を殴る。殴られた団長と殴った参謀とでしばらくぎゃあぎゃあとケンカをしていたが、彼らの幼馴染だという少女が現われ二人を殴ってそのケンカは終わった。大丈夫ですよ誰にも言いませんし、といえば、参謀は「そーしてくれっと助かります」と困った顔をして笑みを浮かべる。 バルコニーから室内に続く床に、ところどころ見える丸い陣。これが彼らの言う結界だろう。魔力の低いものだとおそらく視界に入れることは難しいほど巧妙に張られた罠。点々と続くそれは確かに、団長のベッドへ向かおうとすればどれかを踏んでしまいそうな位置にそれぞれ敷かれていた。 音を立てぬように室内へ潜り込み、それら一つ一つを丁寧に避けてベッドへと近づく。このような商売は夜に動くため、必然と夜目が鍛えられる。室内は薄暗かったが、カラフルな掛け布が盛り上がり、小さく上下していることが確認できた。 たとえ年若い団長であったとしても、彼の戦闘技術は馬鹿に出来ない。僅かでも殺気を感じ取ればおそらく起きてしまうだろう。出来るだけ最小限にとどまるように深呼吸をして、得物を振り上げる。 どす、とオレンジ色の布にナイフが突き刺さったが、手ごたえが軽い。しまった、と思ったときにはばさり、と掛け布がこちらに向かって放り投げられたところだった。 「はい、残念」 そして聞こえてきた声は団長のものではない。かといってまったく知らない声というわけでもなく、布を切り裂いて払いのければ、ベッドの上で細身の剣をこちらに向けている参謀の姿。 普段団長に振り回されてばかりだという印象の強い少年だったが、紫色の刺青を纏った彼はいつもの陽気さの欠片もない冷めた表情で暗殺者を見やっていた。 「ッ、なぜ、気づいたッ」 ひゅん、とこちらに向かって繰り出される剣をバックステップで避ける。ベッドから飛び降りた少年は、素早く続きの斬撃を放ってきた。 それらをすべて避けながら退き、気がつけば背後にはバルコニーの柵。月のない闇夜を選んだため、外に出たところで星明りくらいしか光はない。だからだろうか、参謀の肌を這う刺青がどこかぼんやりと光って見えた。 暗殺者である男の首元へ切っ先を突き付け、リウは口元をゆるりと緩める。 「コレ。あんた、レッシンに聞いただろ?」 言いながらとんとん、と爪先で床を蹴る。おそらく床に敷き詰められた結界陣のことを言っているのだろう。 「俺は踏んだ覚えは……ッ」 「だから、だよ」 床にある侵入者対策の結界はリウが独学で身につけ、敷いたものだ。発動中にどれか一つでも誰かが踏めばすぐにリウには分かる。そしてもう一つ。 「どの結界も踏まずにベッドまでたどり着いたときにも、オレには分かるようにしてあんの」 だっておかしいだろ、これだけあって、そのどれも踏まないなんて、さ。 くつくつと喉の奥で笑う参謀は、団長である少年とさして変わらぬ年であるはずだ。しかしその表情は既に子供のものとは思えぬほど、感情を剥いだものだった。 「そんなこと、一言も」 「だってレッシンは知らねーもん」 ついでに、と言いながらリウは両手で握っていたカタナの柄から左手を離した。何をするつもりだ、と警戒すれば、ふわりと少年の手に集まる魔力を感じる。 「そのことを知ってんのはオレ一人になってもらってんだよね」 意味、分かる? 小さく首を傾げながら聞いてくる少年に、暗殺者はこの仕事に属するものとしてはあり得ないことに、恐怖を、覚えてしまった。 「身のこなしと得物、あとは魔力に長けていること。にーさんがどこの組織の人間が分かるけど、あそこ依頼主調べるの、時間かかんだよねー。コマには依頼主は絶対知らせないしさー」 溜息をつきながらも魔力を集めることを止めようとしない。 「……今までも、こうやって始末してきたのか」 「レッシンがあんなだからねー」 参謀の口調や態度からして、これが初めてというわけではないのだろう。戦闘は苦手だ、荒事は嫌いだと公言して憚らず、外から見ていた分には随分と頼りない男に見えたが。 「一皮剥けば人殺しか」 その言葉に緑の髪と目をもつ少年はふうわり、と。 場にそぐわない柔らかな笑みを浮かべて、言った。 「知ってた? オレ、人間じゃねーの」 彼は森の奥に住まうスクライブという種族のものであり、姿形は人間とよく似ていたが、それでも生物学的には異なる位置にいる、らしい。 「ロアたちやポーパスを魔物とひとくくりにしちゃうやつ、いるっしょ? 自分の種族とそれ以外、みたいな。ね? そのくくりでいけば、オレにとって人間がどんなもんか、わかるだろ?」 そう言った後、「しゃべりすぎたかなー」と少年は小さく呟いた。そしてカチャリ、とカタナの鍔の鳴る音がする。 「面倒臭いからもういいよ、死んで」 切っ先が喉元に迫り、逃れるように暗殺者の体は柵の外へと乗り出していく。 追い詰められたその時より覚悟はできていた。バルコニーの側には大木もあり、落ちたところで上手くすれば助かるかもしれないと一瞬だけ思ったが、参謀の左手に生み出された魔力がそれを許してくれなさそうだ。 自分の生はここまでだ。 「……一つ、団長さんに、信じすぎは命を縮めるぞと伝えといてくれ」 そう言って自ら柵を乗り越え、地上へ身を投げた暗殺者へ向かって、リウは黙せし砂嵐を叩きこむ。団長の命を狙ったものはその死体すら人目には触れさせない。それが参謀たるリウの信条だ。 「ていうか、そもそもあいつ、誰も信じてねーようなもんだぞ」 仲間である人々に平等に接する、ということは、平等に線を引いているということ。その内側には何人も入り込めないということ。 呟きながら四撃目の魔力を集めていたところで、背後から「もう死んでんじゃね?」と。 「…………念には念を入れて損はねーだろ」 リュウジュ団団長は、一度寝たらなかなか起きないという特異体質の人間だ。昼寝やうたた寝ならいざしらず、夜就寝したのち自力で起きるなど季節が一周する間に一度あるかないかくらいのことで。 レッシンは今、隣にあるリウの部屋で眠っていたはずだ。リウとレッシンと、恋人ということもあり同じベッドでいつも寝ている。今日はこちらのベッドの上にお茶をひっくり返してしまったから、と向こうで寝るよう誘ったのだ。 「オレの演技、下手だった?」 「いんや? がっつり騙されてたぜ? 単純に小便に起きただけ」 「……だから寝る前に水分取んの止めろって言っただろ」 もしかして始めからリウの態度がおかしいことに気づいて寝ていなかったのかと思ったのだが、単なる生理現象だったらしい。呆れた声で言えば、「お前も、らしくねぇことしてんなぁ」とのんびりとした足取りでリウのいるバルコニーへと歩み寄ってくる。柵に手を掛けて身を乗り出し、「あー、さすがに見えねぇか」といつものレッシンと変わらない声音で、まるで夜空の月を探しているかのような感覚で言葉を口にした。 「別にらしくないとかは思わねーけど」 レッシンの言葉にそう返せば、「オレの知ってるリウっぽくねぇなと思っただけだ」と彼は笑う。しかし次の瞬間には伸ばした右手でリウの胸倉を掴み、鋭い目で睨みつけてきた。 「お前、あとどんだけオレに隠し事、してる?」 「………………さあ? どれだけだろうな?」 口の端を歪めて答えれば、レッシンは眉間に深く皺を寄せる。 「面白くねぇな」 「オレが隠し事してんのが?」 「ったり前だろ。リウはオレんだ。全部知ってなきゃ気が済まねぇ」 そう吐き捨て、噛みつくようなキスを仕掛けられた。引きずり出された舌を強く吸われたあと、かり、と歯を立てられる。 「ッ、い、てぇ、よ、バカレッシン」 唇を離して罵れば、「痛くしてんだ、バカリウ」と返された。 「とりあえず、あいつが来るだろうことに気づいててオレに言わなかった仕置きだな」 「あー、寝かせてはくれませんか」 「寝られると思ってんのか、お前」 手首を掴む力を強められ、鈍痛に眉をひそめながら、「思ってマセン」とリウは苦笑を浮かべる。そんな参謀を引きずって室内へ戻り、ベッドの上へぽい、と放り投げる。 「ここに茶、零したっつーのはほんとなんですケド」 「どうせこれからお前のザーメンで濡れるだろ」 「……レッシンくん、お下品。つか、お前だって出すだろーが」 ベッドへ抑えつけられ、服を弄られ、素肌に掌の這う感覚に小さく体を震わせながら言い返せば、「オレのは」と顔を上げたレッシンが口元を歪めて言った。 「全部リウん中に注いでやんだよ」 一滴も零すな、と耳朶を噛みながら命じられ、「承知しました、団長殿」と肩を竦めて返しておいた。 ブラウザバックでお戻りください。 2010.05.17
腹黒リウって良くね? と唐突に萌えたので吐き出してみた。 さすがにちょっとやりすぎだと思った。腹黒ってレベルじゃない気がする。 |