自主性を重んじるべきだと思います。


 ひとである以上、常に気を張って生きるのは不可能でなくとも、難しいことだと思う。時にはゆっくりと落ち付く時間も必要だ。普段の活動量を考えると、団を纏める団長と参謀が一時程度のんびりだらけていたところで、文句を言うものは一人としていないだろう。特に団長などは今日の午前中に遠方より城に戻ったばかりで、居場所を尋ねて「部屋にいる」との答えにそれもそうだ、と納得できるほどだ。
 だから休息を取っていること自体に文句を言うつもりはない。その安らぎ方に文句を言うつもりは毛頭ない。
 ただなんとなく釈然としない思いを抱いてしまうのは、自分が彼らの位置関係をいまいち把握しきれていないからではないだろうか、とロベルトはそう思った。



 そもそものきっかけは偶然通りかかった食堂でのこと。城に住まう仲間は徐々に増え、顔と名前を辛うじて知っている程度のものも多い。彼女もそのうちの一人だったはずなのだが、クロデキルドから伝言を託されていたため団長部屋を訪ねようとしていたことを聞きつけたのだろう。

「ちょうど良かったわ」

 にっこりと笑ってそう言ったのは、確かマリカの姉だとかいう女性、シスカ。シトロメンバを総じて「ちゃん付け」で呼ぶ、一風変わった人間である、というのがこの時点でのロベルトの認識であった。それはおおよそ間違いではなかったが、彼女との会話を軽く行った後、それらに「強引で人の話を聞かない」という認識が加えられることになった。

「レッシンちゃんに届けようと思ってたの。これから行くのなら、ついでに持っていってもらえるかしら」

 渡されたのは籠に収めらたクッキー。まだほんのりと温かいのは焼き立てだからだろう。諾の返事をする前に押し付けられ、断ることもできずにクッキーとシスカを交互に見つめる。彼女は笑みを浮かべたまま、もう一つ小さな包みをロベルトへ渡した。

「こっちはお駄賃ね。ロベルトちゃんにあげる」
「『ちゃん』は止めてください」

 まさか自分までそう呼ばれるとは思っておらず、がっくりと肩を落としながら言うも、彼女の耳には届かない。

「リウちゃんの分も入ってるから、一人で食べちゃダメよ、って言っておいてね」

 じゃあお願いねロベルトちゃん、と手を振られ、ロベルトは「了解しました」と答えるしかなかった。

 自室にいる、という話を聞いたはいいものの、ロベルトが四階の団長部屋を訪れるのは実は初めてのことである。一応作戦室の方も覗いてみたが、いつもいるはずの参謀の姿すらそこにはなかった。しかたない、と腹をくくって向かいの団長部屋へと足を向ける。前の廊下に陣取っていた電波娘を追い払いつつ、扉をノックしようとしてなんとなく緊張している自分に気がついた。

「馬鹿らしい」

 呟いて乱暴にノック。

「レッシン、いるか?」

 声をかけると、「いねぇよ」「いるよー」と二つの言葉がが二つの声で返ってきた。

「……いるんだな」

 開けるぞ、と答えを待たずにドアを開け、中を覗き込む。

「いねぇつったろ」
「どんだけ堂々とした居留守、使うつもりなのお前」

 顔を出したロベルトに、床のラグの上に寝そべったレッシンがそう言い、その彼の側に座り込んで本を読んでるリウが呆れた声を上げた。

「リウもここにいたのか」

 参謀の姿を目にし、先ほどのシスカの言葉が思い出される。もしかしたら彼女はこれを想定した上で、二人分を一度に手渡してきたのかもしれなかった。

「ロベルトがここ来るの、珍しいじゃん。何かあった?」

 そう尋ねるべきなのは、この部屋の主だと思うのだが、彼は今目の前のオセロ盤のことで頭がいっぱいらしい。代わりに尋ねてきたリウへ、「届け物」とシスカに託された籠を渡す。

「シスカさんのクッキー? わー、美味そう! ちょうど小腹が空いてたんだよな」

 サンキュー、とリウは屈託のない笑みを浮かべて礼を述べてきた。

「あと、クロデキルド様から伝言。『お疲れのようなら明日からの訓練を一日延ばすがいかがされるか』だそうだ」
「だってさ、レッシン、どーする?」

 籠の中のクッキーを取り出してぱくり、と一口かじった後、リウはレッシンへと尋ねる。しばらく間を置いたのち、いくつかの黒駒が白駒に変えられてから、「いや、いいよ別に」と答えがあった。

「遠出するわけでもねぇし、稽古ぐらいで疲れたりしねえから」
「分かった、そう姫様に伝えておく」

 レッシンとロベルトがそう会話をしている間に、リウがパタン、と黒い駒を盤に置いた。パタパタパタ、と三つほど白が黒へと変わっていく。ぱっと見たところ黒の方が劣勢に見えたが、角や端をしっかり押さえているので最終的には逆転しそうだな、と思う。

「ロベルトも食ってく?」

 再び長考(そもそもオセロでそんなに考えることがあるだろうか、とロベルトは思うのだが)に入ったレッシンを置いて、リウが「美味いよ」とクッキーを差し出してきた。
 お駄賃、という言い方はどうかと思うが、シスカより別個に貰ったものがあるため辞退しようとロベルトが口を開く前に、リウの腕を掴んだレッシンがそのままぱくり、とクッキーへ齧りつく。

「…………」
「…………」

 何か言うわけでもなく、まぐまぐと口を動かす団長は、既に視線を床の上のオセロ盤へ向けてしまっている。ようやく置く場所を決めたのか、白い駒を一つ置いた後、「リウ、もう一個」とレッシンは口を開けた。その姿はさながら母鳥からの餌を待つ小鳥のようで。
 彼らの仲が良いことは共に戦う間に何度も目にし、理解していたつもりだ。しかしそれでも、さすがに行き過ぎではないか、と思うロベルトはひどく常識的な思考をしているはずだ。おそらく参謀の少年もロベルト寄りの頭をしているのだろう、その表情は諦めの色を浮かべており、合わさった視線から「何も言うな」という無言の訴えを感じ取れた。

「……オレも貰ったから」

 だから自分のことは気にせず二人で食べてくれ、という意味を込めてそう言ったロベルトへ、「美味いよ」とリウは同じ言葉を繰り返した。

「じゃ、確かに渡したからな」
「サンキュー。クロデキルドさんへ日程の変更はなしって伝言よろしくー」

 相変わらず答えるのはリウで、レッシンは顔を上げようともしない。ロベルトの視線に気づいたリウが「わりーな」と苦笑を浮かべ、それに肩を竦めて答えてから彼らに背を向けた。
 部屋を出る直前、背後から「もう一個」と聞こえたような気がしたが、するりと無視して扉を閉める。

「…………あいつら、いつもあんな感じなのか?」

 扉の前で待っていたらしい電波娘、メイベルへ尋ねてみるも、「知らないわよ!」と苛立たしげに怒鳴られた。

「わたしは部屋に入れてもらえないんだもの」

 それもそうだ、ここまで変質的に追いかけられたら、いくら能天気なレッシンだろうと彼女を懐に招き入れはしないだろう。「そうか」と力なくロベルトが返したところで、部屋の中から悲鳴が聞こえてきた。

「オレの指まで食うな、バカっ!」

 おそらく、彼が自分の手でクッキーを食べることはないだろう。
 なんとなく、そう思った。




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2009.04.29
















食うか寝るかどっちかだな、こいつら。