フルーツジュース


 酒場奥に構えられた医務室に少しばかり用があり、そこを訪れた帰りだった。今日は幼馴染三人がそろって近くの森へ鍛練に出かけているため、リウは珍しく一人の時間を過ごしている。今のうちにいろいろ済ませておこう、と考えていたため少しだけ小走りだったリウを、「あら」と聞きなれた声が呼び止めた。

「リウちゃん、頭の、破れてるわ」

 酒場でローガンの手伝いをしていたシスカがそう言って、リウの頭に巻かれたバンダナを指さした。

「ありゃ、ほんとだ」

 ばさり、とバンダナを取って目で確認すると、確かに首回りを覆っていた布の端が数センチほど裂けてしまっている。どこかで引っかけたのかもしれない。気にならないといえば気にならないが、このまま放置しておけば破れはさらに広がるだろう。

「うー、これ、気に入ってたのになぁ」

 同じようなものは探せば見つかるだろう。しかしこれだけを探しに出かけるのも億劫だし、そもそもそんな時間は今のところとれそうもない。しばらくはバンダナなしで過ごすか、と思っていたところで、「貸して? お母さんが縫ってあげる」とシスカが手を差し出してきた。

「や、いいよ、シスカさん。別になくても困らないし、縫うなら自分で出来るし」

 この程度のことで彼女の手を煩わせたくなくて、リウは首を横に振る。しかしその反応にシスカの表情がみるみる曇っていった。

「そんなこと言って、何もさせてくれないんだもん。リウちゃん、何でも一人で出来ちゃうから、お母さん寂しいっ!」

 そう言うシスカは両手で顔を覆って、わっと泣き真似を始めた。真似だと分かっていても女性に泣かれて平静でいられるはずがない。「わー、分かった! 分かりました!」とリウは慌ててバンダナを彼女へ手渡した。

「すぐできるからちょっと待っててね」

 するところりと表情を変えたシスカは、鼻歌交じりに裁縫道具を取りに自室へと戻って行く。「卑怯だ」というリウの呟きに、ローガンが小さく笑っているのが聞こえた。
 どうやらここで繕い物をするらしく、裁縫道具を持ってシスカが戻ってくる。奥では脚の具合があまり良くないらしいテーブルを、ローガンがひっくり返して直していた。きょろり、とあたりを見回すとエリンの姿は見えない。どこかへ出かけているのだろう。

「ローガンさん、カウンタ、借りてもいい?」

 シスカの歌声を聴きながら、リウは酒場の主へとそう尋ねる。

「ああ、好きに使ってくれて構わないよ」

 快く許可してくれた彼に礼を述べ、リウは酒場のカウンタへと足を踏み入れた。まだこの城を拠点にして間もないこともあり、それほど充実した品ぞろえではないが、それでも軽く何かを作るには十分な設備と材料がそろっている。

「シスカさん、カフェオレでいい?」

 湯を沸かす傍ら、コーヒー豆とミルク、砂糖を探し出す。

「入れてくれるの? リウちゃんのカフェオレ、おいしいから大好き」

 ありがとう、と笑うシスカへ「それのお礼」と返し、「ローガンさんもコーヒー飲む?」と尋ねた。「いや、私は……」と遠慮しかけた彼だが、すぐに「じゃあ貰おうかな」と言い直す。机の脚はなかなか上手く直らないようで、元に戻して立ててみてもまだぐらつきが酷かった。苦笑を浮かべて再び机をひっくり返すローガンは、ブラックでコーヒーを飲むらしい。ミルクも砂糖も必要ないということだった。
 豆を引いて湯を通し、丁寧に入れたコーヒーを三人分作り、ゆっくりとテーブルへ運ぶ。

「ずいぶん慣れた手つきだね。料理もできるのかい?」

 感心してそう尋ねてくるローガンへ、「もともと一人暮らしだから」とリウは頷いて答えた。

「村にいたころはシスカさんに甘えちゃってあまりしなかったけどさ」

 そう肩を竦めたリウの側で、「ほんとリウちゃんってば冷たい」とシスカが口を尖らせる。

「毎日おいでって言ってたのに、遠慮して来ないんだもの。いっそのこと家に住んじゃえば良かったのに」
「や、さすがにそこまでは図々しくなれないって。家貰って、ときどきご飯食べさせて貰うだけで十分です」

 突然現れた身元の知れないものを受け入れてくれた、それ以上を望んだら罰が当たるというもの。自分で入れた自分好みのコーヒーを飲みながらリウはそう言って笑みを浮かべる。

「リウくんはシトロの生まれではないんだね」

 ローガンの言葉に「そーです」とリウは笑った。

「行くとこなくて困ってたところをシトロで拾ってもらったんだ」

 実のところ、当初はシトロに居つくつもりはなかった。今までの村と同じように宿を借りて、体力と気力が回復したらまた出ていこうと思っていたのだ。

「ただ、あんまりにも居心地いいからずるずるとそのまま住んじゃって、気づいたらこんな感じ」

 好奇心旺盛な友人たちに振り回されて、彼らの騒動に巻き込まれてしまっている。苦笑を浮かべたリウにローガンも同じような笑みを浮かべて、口を開いたところで酒場の外から聞きなれたいくつかの声が聞こえてきた。

「お、リウ、ここにいるじゃん!」
「あれ? エリンはいないの?」
「リウ、バンダナどうかしたのか」

 騒々しさを伴って入ってきたのはいつものシトロメンバで。

「お帰り、お疲れさん」

 リウがそう言うと、三人は笑みを浮かべて揃って「ただいま」と返してくれた。

「お姉ちゃん縫いもの?」

 ちくちくと針を動かすシスカに、妹が声を掛ける。

「そうよ、みんなも何かあったら持ってらっしゃい。ついでに縫っちゃうから」

 そう言った彼女に、「あ、ボタン取れたのがある!」とマリカが走って酒場を出て行った。ジェイルは無言のまま被っていた帽子を机の上に置く。飾りのうちの一つが取れかけているようだ。

「レッシンちゃんは?」
「えー? オレ? 何かあったかなぁ」

 尋ねられ、腕を組んでレッシンは考えるが、特に思いつくものはないらしい。

「シスカさん、こいつに聞いても無駄だって。あとでオレが見とくから」

 そもそもがレッシンにそういう能力を期待するだけ無駄なのだ。着ることさえできれば多少解れていようが、ボタンがとれていようが気にしない人間なのだから。
 リウの言葉に「何かあったら持ってらっしゃいね」とシスカが笑みを向けたところで、「お姉ちゃん、これもお願い!」とマリカが戻ってきた。
 姉妹の会話を聞きながら、「オレも喉渇いたな」とレッシンがカウンタ席に腰を下ろす。

「リウ、オレ、バナナジュース!」
「オレはリンゴ」
「じゃああたしはレモンとオレンジのやつね」

 好き勝手に希望を述べ始めた幼馴染たちに、「オレが作るの!?」とリウは声を上げる。

「え、だってカウンタの中にいるし」
「リウが作るの、美味いしな」
「リウ、早く!」
「……ごめん、ローガンさん、もっかいカウンタ借ります」

 あと材料ください、と続けたリウに笑顔で答えたローガンは、ただ飲み物のことを話しているだけなのに楽しそうな彼らを見やりながら「確かに」と一人小さく頷いた。

「居心地のよさそうな環境だ」

 彼の呟きに、「でしょう?」と縫物をしながら、シスカは嬉しそうに笑っていた。




ブラウザバックでお戻りください。
2009.03.14
















コーヒーがあるかどうかはスルーしてください。