愛情の境目 ひょろっこい奴が来たな。 それが第一印象。 色が白くて細くて、力仕事ができなさそうで、あまり外に出たりとかしなかったんじゃねぇかな、とか。勝手にそんなイメージを膨らませていたところで、一年くらい一人でふらふらと旅をしていたという話を聞いたものだからかなり驚いた。そんな行動力があるようには見えなかったのだ。その驚きは賛辞へ変わり、そして興味へ変わった。 親がいない者同士、同じように村長に庇護を受けているということもあり、仲良くなるのに時間はかからなかった。性格は正反対。しいて言えばおしゃべりだということが似ているくらい。しかしそれでも境遇が似ている以上に、気が合ったというのもあるのだろう。 大好きな友達であったはずの彼が、いつの間にかそういう対象になっていた。 きっかけはなんだったのだろうか、と考えても思い出せない。気がついたら、彼に対して劣情を覚えていた。 性的に淡泊ではないとは思うが(そうだと言ったら確実に彼から否の声が上がるだろう)、興味を抱く時期が人より遅かったのは事実。そんなことよりももっと面白いことが世界にはたくさんあったし、知りたいこともたくさんあった。自分と同じ年代の少年たちがそういう話をしていたときも、ふうん、と話半分に聞いていたくらいだったのだが。 今思えばその反応も、猥談の中に出てくる相手が必ず女であったから、かもしれない。 別に男の方が好きだというわけではないが、女という単語が出てくるだけで彼の姿は脳内から排除される。そうするともう興奮からは程遠い位置にまで心が逃げてしまうのだ。 要は、どうやら昔から自分は彼にしか欲情しないらしい、と。 そういうこと。 「いや、そーじゃなくてさ、レッシン」 訥々と過去のことを思い返してそう話していたところで、不意にリウが呆れたように声を上げた。掠れた声、けほ、と小さく咳を零した彼へ、「大丈夫か?」と尋ねる。彼がそんな状態となった原因が自分にあることが分かっているからだ。 どこまでが自分でどこからが彼なのか分からないくらいに深く混じりあっていたのは、つい先ほどのこと。いつもならあまりに強い悦楽に気を失ってしまうリウだったが、今日は意識を保ったままで。珍しい状態だと双方とも理解しているからこそ、すぐに眠ってしまうのも勿体なくて、なんとなくピロートーク的なものを繰り広げているわけである。 「オレは別に、いつからオレとヤりてーって思ってたか、って聞いてるわけじゃねーの。いつからオレを好きだったのか、って聞いたんだけど」 そう言われるも、意味を考え、「同じことじゃん」とレッシンは首を傾げた。 好きだと思うこと、それはレッシンの中ではイコール滅茶苦茶にしたいと思うこと。もちろんそれと同じくらいに大事にしたい、守りたい、優しくしたいという思いもあるが、それは程度の違いこそあれ恋愛感情がなくても抱くものだ。 涙を零して震えるほどに追い詰めて、許しを請うほどに攻め立てたい、と思うのはやはり彼だけ。 「……オレは別に、始めっからレッシンとヤりてーって思ってたわけじゃねーもん」 レッシンの告白を聞いて眉をひそめながら、リウは唇を尖らせてそう言った。 「リウはオレとするの、嫌いか?」 尋ねられ、「そーいう意味じゃなくてね」とリウはぽふり、と枕へと顔を埋める。髪の毛の襟足が彼の項を滑った。白く細いそれを目にし、何を考える間もなくかぷり、と齧りつく。 「ッ」 びくり、と体を震わせたリウに喉の奥で笑い、きつくそこを吸い上げた。普段肌を見せる服を好んで彼が着るため、つけることのできる位置は限られてはいたが、鬱血の痕は彼の体の至る所に残している。 「バ、カ、んなとこに、痕、つけんなって」 首筋を抑え、顔を赤くしてこちらを睨み上げてくる。その表情がどれだけレッシンを煽るのか、彼が気づくのはいつになるだろう。 文句を言ったところで反省する気もないレッシンに、はぁ、とため息をついたリウは、「お前とこーいう話をしようと思ったオレが間違ってた」と嘆いてみせた。しかし、抱きこもうと伸ばされたレッシンの腕に抗おうとはしない。素直に体を寄せ、あまつさえ胸に額を擦りつけて甘えてみせるのだから。 「リウってほんとにオレのこと、好きだよな」 思ったことを思ったまま呟けば、リウの顔が面白いくらいに赤く染まった。かり、と素肌をさらしたままのレッシンの胸に爪を立て、怒りを表しながら、「っ、悪いかっ!」と声を荒げる。 「いや、全然。むしろすげぇ嬉しい」 これもまたレッシンの素直な感情。言葉を詰まらせたリウは、再びレッシンの胸に顔を埋めてきた。緑色の髪の毛、その旋毛さえ可愛く見えてくるのだから自分も重症だ、と思う。 「リウは?」 汗をかいたせいで少し湿っている髪の毛を弄りながら、そう問いかける。 「いつからオレのこと、好きだったんだ?」 自分が答えられないことを人に聞くのはどうだろう、と思うのだが、気にならないわけではない。どちらかと言わずとも、今の関係はレッシンが強引に迫った結果である。彼は頼まれたら断れない性格をしているが、さすがに流されただけというわけではないだろう。嫌なことは嫌だ、ときっぱり言えるだけの強さと頑固さは持ち合わせているはずだ。 あー、だとか、うー、だとか、小さく唸り声をあげていたリウは、しばらくして観念したように、「だいぶ、前から」と答えた。 「だいぶ前っていつ」 「だから、だいぶ前! 少なくともここにくるより、もっと、前! たぶんお前がオレを好きになるより、もっと前!」 照れ隠しで怒鳴る姿も可愛らしいが、放たれた言葉には頷けなかった。 「や、オレんが先だろ、絶対」 きっぱりと断言すると、顔を上げたリウがむ、と眉を寄せる。 「……分かんねーじゃん。つか、ほんと、オレ、村にいる、ときからだし」 「オレだってそうだけど」 そう言うと、きょとんとした顔をしてレッシンを見上げたリウが「嘘だぁ」と声を上げた。 「嘘じゃねぇよ」 何でそんなこと言うんだ、と鼻の頭に皺をよせてリウを睨む。彼を愛して虐めるための嘘ならばいくらでも吐けるが、今レッシンが言ったことは真実以外の何物でもない。そもそもそれについて嘘を吐く理由が分からない。 「う、いや、だって、さ……」 レッシン、そーゆー感じじゃ、全然なかったし…… ぼそぼそと呟かれた言葉に、そういう感じとはどういう感じなのだろうか、と疑問に思う。リウが言う言葉はときどき曖昧すぎて意味が掴みにくい。もっと分かりやすくはっきり言え、と求めるのだが、大抵そういうときは「察しろっ!」と逆ギレされて終わりだ。 恥ずかしいのも分かるし、恥ずかしがっている彼の姿は誰にも見せたくないくらいに可愛いと思うのだが、それでもレッシンは言ってもらわないと分からないことが多い。リウに関することで自分に分からないことがある、など、万に一つも許せない。 説明を求めるように視線を向けると、「レッシンさ」とリウが言葉を続けた。 「いつも普通、だったじゃん。みんな大好き、みんな友達! みたいな。や、お前のそーゆーとこも好きなんだけどさ」 だから全然分からなかった、とリウは言う。 「そりゃあ……そうだろ」 分からなくて当然だ。 隠していたのだから。 隠さなければならない、とそう思っている自分に気がついたときが、自分は彼を恋愛感情で好きだということに気づいたときだった。友人に対する愛情なら隠す必要はない。しかし彼を好きだ、と思うことを隠そうとするということは、つまりはそういうことなのだろう、と。 しかし、それを言うのならリウだってそうだ。嫌われてはいないだろうとは思っていたが、まさか同じ意味で好きだと言ってもらえるとは予想していなかった。 「同じ意味って、オレはもっと清いからな? き、キス、とか、それ以上、とか考えてなかった、し」 頬を赤く染め、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。 「でも、それって他の奴ら……マリカとかジェイルとかを好きって思うのと同じじゃね?」 レッシンにはそこがよく分からない。首を傾げて問うと、リウは緩く首を振った。 「ちげーよ。全然、違う」 確かにジェイルやマリカのことも大好きだけれど。 レッシンに対する気持ちはまた別のものなのだ、とリウは言った。 「だってオレ、レッシンが笑ってる顔見て、泣きそーになるもん」 きゅう、と胸が締めつけられて。 息ができないほどに苦しくて。 そう言ってレッシンを見たリウは、言葉通り、今にも泣き出してしまいそうなほど歪んだ笑みを浮かべていた。 綺麗だ、とか、可愛い、とか。そんな思いと同時にぞくり、と背筋を這いあがる何か。 「……ああ、その顔は、覚えがある」 顎を捕え、唇を寄せ、 吐息が触れるほどの距離で、まるで懺悔でもするかのように、ひっそりと。 レッシンは囁いた。 ずっと、犯したい、と、思っていた顔だ。 ブラウザバックでお戻りください。 2009.06.09
ヤることしか考えてないのか、団長は。 |