存在そのものが


 静寂に満たされる空間ではぱさり、と瞬きをする音さえ耳に届きそうだった。日のあたる場所にいる猫のような目がほんの少しばかり伏せられ、真剣な表情で書面に走る文字を追いかけている。頬にかかる髪の毛を煩わしそうに耳にかけ、ついで、というかのように赤い耳飾りを弄った後、机に戻して紙を抑え何かを書きつけている。見られていることを一切意識していない、自然な動作。彼にとって空気のような存在であることは非常に喜ばしいが、それでもやはり一抹の寂しさを覚えるのも事実。
 絶対に邪魔をしないから、と誓ってこの場所にいることを許されたのが半刻前。とりたてて外に出かける用事もなく、興味を引く依頼もなかったため、遊び相手を探していたところだった。誰かを誘って稽古をしても良かったのだが、そのまえに作戦室奥でいつものように事務作業をしているリウを見つけてしまった。
 レッシンを見ると、手が離せないから遊べない、と先手を打ってきた彼を可愛くない、と睨みつけつつも、側にいたいと思う心のまま椅子を引っ張り寄せて腰掛ける。
 そこにいるならこれでも読んどいて、と渡されたクエスト報告書へ眼を落としながら、ちらちらとリウの様子をうかがった。

 いつから、だろうか。彼を欲望の対象としてとらえるようになったのは。
 始めは見ているだけで良かった。友達として側にいるだけで良かった。普通に会話をして、普通に笑い合って普通に触れあって。ただそれだけで良かったはずなのに、一歩進めば進むだけ、更に深く求めるようになってしまった。
 どれだけ手に入れても足りない。もっと、と飢餓感ばかりが煽られる。
 これがひとを好きになる、ということなのか、と思いながら、自分にはあまり向かない感情だな、とどこか冷静に考える。
 貪欲すぎるのだ。欲しいものは必ず手に入れなければ気が済まない性格をしている。それは自覚するところで、そのうえ気に入ったものは二度と手放さない。リウも厄介な人間に好かれたものだ、と他人事のように思う。
 可哀そうだとは思わない、諦めろと思ってしまうのだから尚更性質が悪いのだろう。

 書面に何か気になる点でも見つけたのだろうか、む、と眉をよせ、その文章を指でなぞりながら首を傾げる。そのせいで後頭部を覆うバンダナの布がするり、と落ち、リウの顔を隠してしまった。
 邪魔だな、と。
 思ったと同時に体が動いている。
 手を伸ばし、バンダナ自体を奪い取った。
 ばさり、と落ちてきた髪の毛を手で押さえ、リウがレッシンを睨みつける。
 返せ、と普通なら言うのだろうが、何を思ったのかリウは無言のまま再び文章を読む作業へと戻ってしまった。他の書面と見比べながら、難しそうな顔をして何かを考えている。昔なら、何似合わないことしてんだよ、とからかいの一つでも投げつけていたかもしれない。
 目にかかる前髪が鬱陶しいのだろう、何度も髪の毛をかき上げる仕草はあまり見るものではない。露わになった額に浮かぶ紫色の線刻。当たり前のようにリウの肌を支配するそれは、何度見ても不快にしか思えない。
 立ち上がって髪の毛を掴んだ。ぐ、と顔を上に向かせ、彼の唇が痛みを訴える前に己のもので塞ぐ。

「ん、ぅ、」

 ぎゅう、と硬く目を閉じた表情を間近で楽しみながら、乱暴に口内を暴いて犯した。ぐちぐちと水音が耳に届くまで、唾液を与えてかき混ぜる。軽く顎を掬ってやると、溢れる唾液をどうしようもできなくなったリウが仕方なくこくり、と喉を動かした。

「は、ふ、……っ」

 一息ついた瞬間を狙って再び唇を重ねる。酸素の足りない状態は脳が上手く動かない、と以前リウが言っていた。動かなければいい、とそう思う。何も考えず、何も悩まず、ただ自分のことだけを感じてくれればそれでいい。
 小さく震えている舌を引きずりだし、絡み合わせてきつく吸い上げる。びくびくと震える細い肩を撫でて、背もたれから浮いた背筋を指で辿った。

「んぁっ」

 跳ねたリウの口から小さな悲鳴。耳に心地よい。もっと、とやはり続きを求めてしまう。ちゅ、ちゅ、と音を立てながら唇を啄ばみ、赤みの増した頬を両手で包みこんで額を擦り合わせた。

「ッ、ずりぃ、よ……」

 唾液で濡れた唇を手の甲で拭い、潤んだ瞳でレッシンを睨みながらリウがそう呟いた。
 こんな直接的に火を付けられて、その気にさせるなんて卑怯だ、と。
 詰りながらも震える手で縋りついてくる。高められた熱はきっとレッシンにしか収められない。

「……部屋、行こうぜ」

 低く耳元で囁いた声に小さく頷くリウの頭を見ながら思う。
 彼はそこにただ存在するだけでレッシンをその気にさせてしまう。
 だからむしろ、
 リウの方がずるいだろう、と。




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2009.05.01
















濡れ衣にも程がある。