背中に揺れる悪戯


 その時マリカは剣士団の訓練所でクロデキルドやアスアドと話をしていた。おそらく普通に生きていては会話をするどころか、顔を合わせることすらなかった相手たちだ。許される限り話をしてみたいと思うのが人間というもので、二人の手が空いているときを見計らって訪ねてみたのだ。
 国の話や実戦での経験など、興味深い話をいくつも聞くことができ、非常に有意義な時間をすごしていたところで不意に外から笑い声が聞こえてきた。

「……あのバカども」

 小さく呟いたマリカにアスアドとクロデキルドは顔を見合せて苦笑を浮かべる。どうやらこの団の団長と参謀は、揃って今日を休日としているようだ。笑い声は窓の外から聞こえてきており、徐々に遠ざかっているので移動しているようだった。もしかしたら城の中にでも入ったのかもしれない。
 普段の彼らの働きぶりを考えると休みを取ってもいいだろうし、城の中でなら十五、六の少年らしくはしゃいでも問題はないと思うのだが、マリカからしたらそうもいかないのだろう。

「元気があっていいと思いますよ?」
「団に活気も出るだろう」

 アスアドとクロデキルドの言葉にマリカも「そう言ってもらえると救われます」と苦笑を浮かべる。と、同時にばたばたばた、と賑やかな足音が階段の方から聞こえてきた。

「噂をすれば、かな」

 クロデキルドがそう言ったところで、案の定、レッシンとリウが訓練所へと飛び込んでくる。二人はマリカに目を止めると、笑みを浮かべて駆け寄ってきた。

「ちょっと、あんたたちね」

 いくら休みの日とはいえ、あまりのはしゃぎっぷりに一言文句でも言ってやろう、そう思って口を開いたが、続いて訓練所に走り込んできた人物を見てその言葉が紡がれることは結局なかった。

「ッ、アハハハハハッ! ジェイル、その頭っ!」
「いいだろ? オレとリウが編んでやったんだぜ!」
「ぎゃはははははは!」

 肩で息をして三人を(というよりはリウとレッシンを)睨んでくるジェイルを見て、マリカは思わず指をさして笑い声をあげた。隣ではレッシンが自慢げに胸を張り、リウは腹を押さえて苦しそうに笑っている。
 彼らの前には怒りに肩を震わせているジェイルの姿。彼は腰まである綺麗な髪の毛を十数本の束に分けられ、その一つ一つを細かな三つ編みにされてしまっていた。幼いころこそレッシンと悪ガキの座を争って暴れていた彼だが、ここ数年はめっきり落ち着いて四人のまとめ役のようなことをしている。そんな普段の彼とのあまりのギャップに、その場にいたクロデキルドやアスアドまでも思わず吹きだしてしまっていた。三つ編みのうちのいくつかには、可愛らしいピンク色のリボンが巻かれていたのだからなおさらだ。
 額に青筋を浮かべたジェイルは、とりあえず自分が履いていた左右の靴をそれぞれリウとレッシンの顔面へ向けて蹴り飛ばす。間をおかずに持っていた帽子をマリカに向かっても投げつけた。器用な攻撃方法であったが、残念ながら攻撃をされる側も器用さでは負けていない。リウはひょいとそれをよけ、マリカは帽子を受け止め、レッシンに至っては片手ではたき落して尚も笑い続ける。

「あはははは! 三つ編み! ちょーかわいいっ!」
「はははッ! 笑い過ぎて腹いてぇ!」
「ッ、く、あ、あんたたちが、やったんでしょーが! あんまり笑っちゃ、ふ、あははは!」

 ジェイルが動くたびに三つ編みが揺れる。その先の結ばれたリボンも揺れる。これを見て笑わずにいようとする方が無理というもので。

「ッ、殺すッ!」
「あははは! 怒った!」
「そりゃ怒るよ! オレ、ヤだもん、三つ編み!」
「その頭で怒られてもっ」

 さすがに堪忍袋の緒が切れたらしいジェイルがそう叫ぶと、レッシンとリウは同時に窓の方へと逃げだした。

「お二人とも、ここ、二階……ッ!」

 慌てたアスアドが止める間もなく、団長と参謀は二人揃って窓の外へと飛び降りる。

「逃がすか――ッ!」

 同じようにジェイルも窓枠に足をかけるが、飛び降りる前に「ちょっと待った」と三つ編みをぐい、と引かれた。

「いッ!?」

 前へ進もうとしていたところで急に髪を引っ張られ、痛みにジェイルが声を上げる。少し強く掴みすぎたかもしれない、とマリカは「ごめんごめん」と謝りながらも、髪から手を離そうとはしなかった。

「あんた、ここまでされても起きなかったの?」

 マリカの制止に従ってとりあえず窓枠から足をおろし、彼女の方を向く。右半分の丁寧でリボンのついている方をリウが、左半分の雑な方をレッシンが編んだのだろう。隙をついてここまでやるのだから、おそらくジェイルが昼寝でもしているときを狙ったに違いない。そう思って尋ねると、ジェイルは「……マリカはあの二人が側に来て起きるのか?」と逆に質問を返された。
 武器を手に取り戦うようになって、人の気配には敏感になった。だからこそ、家族同等の付き合いのある相手が側に来たところで眠りから覚めることはないだろう。

「起きないわね、あたしも」

 唇を尖らせて拗ねるジェイルがなんとなく可愛らしくて、マリカは苦笑を浮かべてそう返した。

「ただでも、あんた、この頭で城中走り回るつもり?」

 足の速さで言うならば三人ともさして変わらないだろう。しいて言うならばジェイルが一番遅いかも知れない、という程度。その二人を相手にして簡単に捕まえられるとは思えない。

「……それはやだ」
「じゃ、ここ座って。解いたげる」

 剣士団の訓練所ではあるが、今は訓練をしている人間もおらず、数人が武器の手入れをし、クロデキルドとアスアドが側にいるだけだ。少しならここに居座っても大丈夫だろう、とマリカはジェイルの側に腰をおろした。

「ああ、あとがついてしまっているな」
「水で濡らしたら直るんじゃないですか?」

 ほどかれてなお緩やかなウェーブを描くジェイルの髪を見てクロデキルドがそう言い、アスアドも「寝ぐせを直すとき、濡らしますよね」と笑っている。

「そういえば、先日のアスアド殿の寝ぐせは凄かったな」
「そ、それは忘れてください、クロデキルドさま……」

 祖国を取り戻すべく奮闘している姫君と、祖国を捨ててまで自分を貫こうと奮闘する元兵士の微笑ましい会話を聞きながら、マリカはジェイルの三つ編みを一つ一つ丁寧に解いていった。

「ねぇ、ジェイルって何で髪の毛伸ばしてるの?」

 彼の髪の毛は真っ直ぐで、手触りもいい。長髪も彼によく似合っているので今まで何も思っていなかったが、何かこだわりでもあって伸ばしているのだろうか。そう思って尋ねると、「切るのが面倒くさい」と返ってきた。ある意味彼らしい答えに、「あっそ」と答えようとしたところで「あとは」とジェイルが言葉を続ける。

「小さい頃マリカに言われたから」

 座り込んだジェイルの後ろにマリカはいるため、彼の表情がよく見えない。髪をほどく手を止めぬまま上体を移動させて顔を覗き込むと、いつものように何を考えているのかよく分からない顔をしたジェイルと目が合った。

「あたしに?」
「髪の毛が綺麗だから、伸ばしたら似合いそうだって」

 小さな頃と言われても、それこそ生まれた時から一緒にいるのだ、一体いつ頃の話だろうか。考えるがまったく思い出せない。しかし、それでも。

「あたしに言われたから?」

 尋ねると、ジェイルは当たり前のように「そうだ」と頷く。

「……終わったわよ」

 何となくジェイルの顔を見ていられなくて、マリカは目をそらせるとそう背中をたたいた。立ちあがって彼を見下ろすと、その背中にはふわふわとした髪の毛が広がっている。三つ編みよりはマシなのだろうが、それでも男にとってこの髪型は嬉しいものではないのだろう。ジェイルは一房手に取って見て大きく眉を顰めている。

「洗えば戻るか?」

 尋ねられ、「戻るわよ」とマリカは彼へ手を差し伸べた。素直にその手を取って立ち上がったジェイルへ彼女は笑みを浮かべて言う。

「ほら、お風呂行くんでしょ」

 洗ったげるから、と言うマリカへジェイルは無言のまま頷きを返した。
 そんな二人が訓練所を去っていく様子を後ろから眺めていた元魔道兵団将官が、「一緒に入る、んですかね」と、ぽつりと呟く。

「本当に仲が良いな、彼らは」

 クロデキルドのその答えに、アスアドは絶句するしかなかった。




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2009.03.13
















ジェイマリ風味。
普通に一緒にお風呂とかに入ってたら萌える。

こっそりおまけ