言ったもの勝ち いつものメンバでの交易の帰り道、だった。 サルサビルと帝都の間にある町。いつもならば軽く小休止をするだけで素通りする町に宿を求めることになったのは、ここまでの道のりの魔物に多少手こずったせいだ。時刻は夕方の少し手前、本来泊まる予定だった町へ行くには少々時間が足りない状況である。無理して進むよりは、とこの町に泊まることを提案したのはマリカで、現状を考慮した結果それにリウが賛同の意を示した。そうなればレッシンとジェイルも反対はせず、逆に少し町で遊べる、と楽しそうなくらいだ。 宿の部屋を決めて(家族用であるのだろう、大部屋が空いていたのでそこを一つ押さえておいた)荷物を置くと、それぞれ財布だけを手に町へと繰り出す。帝国の領土内であるため、リュウジュ団の名前は知っていても所属団員の顔や名前までは知られていいないようで、装備や武器を置いてしまえば町にいる子供たちとなんら変わりのない四人組が出来上がる。 「ちょっと、レッシン! あんまり変なもん買わないでよ! 荷物増えてもあたし、持たないからね!」 様々な場所を巡ることは多いが、交易か依頼のためであり、こうした純粋なる観光というのはそれほど経験がない。土産物屋を覗いたりする時間もほとんどないため、レッシンのはしゃぎ様も分かるといえば分かる。だが、これから城へ戻る工程を考えると彼を野放しにしておくのも不安だ。マリカがそう声を上げると、「分かってるって!」と一切理解していなさそうな返事があった。 「リウも。欲しいのは分かるけど、一冊だけにしてよね」 雑貨品店の軒先に積まれた古書を手に取り、じっとそれに読み入ってしまった幼馴染へそう言うが、聞こえているのかいないのか返答はない。 ふぅ、とため息をついてあたりを見回してみるが、もう一人の幼馴染は既に近くにはいなかった。 「もういい、あたし知らない」 集合時間も場所も決めていない状態でいなくなる、というのは一体どういう了見なのだろう。額を抑えて首を振ると、とりあえずリウがつかまっている雑貨屋の看板だけ頭に叩き込んでおいた。おそらく彼は数時間でもこうして読んでいるだろう。ここを目印に戻ってくれば少なくともリウとは合流できる。 他二人は放置する方向で、マリカも好きなように買い物をしようと商店の集まった通りをざっと眺めた。 シトロ周辺では見かけることのない色合いの布や、可愛らしい籠、置物を置いている店を見つけ、姉に何か買って帰ろうかと足を止める。世話好きの彼女は「お母さん」と自称するだけあり、家事能力がずば抜けて高い。布を買って帰れば何か縫ってくれるかもしれない。 そう考えながら積み上げられた布の束の中から好きな柄を探していると、不意に耳に届く叫び声。 「泥棒っ!」 その言葉に反射的に顔を上げて通りを見た。 男が一人、こちらに向かって走ってくる。スリか何かだろう。被害者らしい老婆が手を振り回して何やら声を上げていた。 盗っている途中で気付かれたのか、その現場を見られでもしたのか。どちらにしろ間抜けだ。 ため息をついてマリカは通りへと体を移動させた。足を出すのは痛そうな気がしたので、側に立てかけてあった木材を手に取る。 「う、わぁあっ!」 す、と差し出した棒に見事に足を取られた男は、鈍い音を立てて通りへと転がった。どう見ても脛を強打しており、他人事ながら思わず眉を顰めてしまう。 地面にうつ伏せている男が握りしめていた財布を取り上げ、両手を背中へと固定する。マリカの力では取り押さえ続けることは無理なので、誰かに助けを求めようとした瞬間。 「マリカッ!」 焦ったようなレッシンの声が耳に届くと同時に、左肩に鈍い痛みが走った。 「ッ!?」 マリカの手の力が緩んだ瞬間、抑えていた男が飛び起きる。その力に弾き飛ばされたマリカは、左肩を庇いながらも地面へと転がるはめになった。 仲間がいたのだ。先ほどマリカが使った木材を別の男が握りしめている。騒ぎを聞きつけて集まってきた人々を突き飛ばす勢いで、二人は細い路地へと逃げて行った。 「てめぇ、今、マリカに何しやがったっ!」 「どの道に入った!?」 レッシンの怒声に、別の方向からジェイルの声が響く。 「果物屋の隣!」 声はするがどこにいるか姿の見えないリウの指示に従って、レッシンとジェイルは同時にその細い道へと掛け込んだ。 「スリくらい一人でやれよっ!」 「いや、その怒り方はおかしいだろ」 マリカの独り言にもきちんとツッコミが返ってくる。姿を探すのも面倒で、転がっていた木材を手に「リウ! あたしも行くから!」と叫んだ。 「じゃあマリカは上に」 視線をめぐらせ、足場になりそうなものを探す。果物でも入っていたのだろう、積み上げられた木箱を見つけると駆け寄って飛び乗った。 この町は石造りの家が並んでいるため、屋根が地面に対して平行だ。家が密集している場所に逃げ込んだのは細く入り組んだ路地があるせいだろうが、上から追いかければその複雑さも半減する。リウはそのことにいち早く気づいたのだろう。 「あっち逃げた。たぶん町の外に出る気だ」 思ったとおり、リウは既に屋根の上に上っていた。 「レッシン達に任せても大丈夫だとは思うけど」 町の回りには魔物の侵入を防ぐための城壁がある。どうやらそちらの方へ逃げていっているらしい。 「冗談っ! 一発殴ってやんないと気が済まない」 「でしょーね」 屋根の上を走り、家と家の間を飛び越えて追いかけながらの会話。テンポがずれれば下に落ちてしまいそうだったが、そのスリルさえも気分を高揚させるだけだ。 「ジェイル、次、左に曲がれ! レッシンは右!」 屋根の上でしか使えないショートカットを駆使して追いついたリウは、上から幼馴染二人にそう指示を出す。下の二人には見えていないだろうが、マリカたちの視界には逃げて行くスリが捉えられていた。 「下に降りる」 「頼む」 先回りをするのは一人で十分だ。左右からジェイルとレッシンが追い詰めるなら、直進で追い掛ける人間も必要で。犯人たちが逃げる路地の道筋を上から頭に叩き込んで、マリカはとん、と屋根を蹴った。 マリカが走る道をまっすぐ行った先を犯人たちが逃げているため、何かを考える必要もなく、リウの指示を待つこともない。ただひたすら追い掛ければ辿りつくはずだったが、道の先に見えてきた城壁に首を傾げる。出入口らしきものがなく、扉も見えないのだ。犯人たちはどこへ逃げたのだろう、と思いながら更に近づくと、壁の右上に人らしきものが動いているのが見えた。 思わず舌打ちが零れる。縄梯子だ。まさかよじ登って逃げるなどという手を使われるとは予想外だった。飛びあがって乗り越えられる高さでは到底なく、今彼らが使っている縄梯子を回収されたらここから追いかけるのは難しいだろう。 「あの二人は何やってんのよっ」 思わずそう悪態が口をついたところで、左右の道からほぼ同時にレッシンとジェイルが姿を現した。 「壁の上! 梯子で逃げてる!」 マリカの声に二人が同時に上を見上げた。犯人二人はちょうど登り終え、縄梯子を回収しているところで。 「ジェイル!」 こくり、と彼が頷いたのを見ることもせずに背を向けたレッシンは、距離をあけて再び壁の方へ、ジェイルがいる位置へと勢いをつけて走る。腰を落として構えたジェイルの両手に足をかけた。ジェイルが腕を振り上げると同時に、レッシンもジェイルの手を蹴って上へと飛び上がる。 「また無茶なことを」 ようやくたどり着いたマリカがそう言って見上げた先には、城壁のふちへ手をかけてよじ登っているレッシンの姿。さすがにこんな手段で追いかけてくるとは思っていなかったのだろう、犯人の一人は縄梯子から手を離して慌てて城壁の向こう側へ飛び降りた。 「んなろ、逃がすかっ」 もう一人は既に町の外へと飛び降りていたのだろう。レッシンもとん、と壁を蹴って向こう側へと姿を消す。 「マリカ、肩は?」 「大丈夫だけど平気じゃない」 動くのに支障がない程度の痛みではあるが、腹の虫は治まらない。そんな会話をしながらこちらへ放り投げられた縄梯子を上っていると、どん、と低い音が城壁の向こうから聞こえてきた。続いてどどん、と更なる轟音。 「今砂旋じゃなくて砂嵐しかつけてないんだよねー。間違って当てちゃったらごめんなー」 からかうような口調でそう言うが、犯人たちにはなんのことか理解できないだろう。顔を青くしたのはむしろ幼馴染たちのほうで。 ようやく壁の上へ上り終えたジェイルとマリカの視線の先には、地面に横たわる巨木と、それを前にして腰を抜かしている犯人二人の姿があった。壁の上を歩いてこちらへ来たのは、黙せし砂嵐を放って木を倒した張本人。 「リウ、そりゃ、ちょっと……」 「あんたの魔力で砂嵐はまずいでしょ」 「殺す気か」 さすがのレッシンも呆れたように壁の上を見上げ、その彼の隣へ飛び降りながらジェイルとマリカもそう突っ込みを入れておいた。魔物相手にならまだしも、犯罪者とはいえ一般の人間にそれはまずい。さすがにまずい。 「や、でもそいつら、マリカ殴ったし」 その言葉にレッシンとジェイルが纏う空気が変わった。追い掛けている間はそのことが頭から抜け落ちていたのだろう。普段飄々とした雰囲気を持っているため分かりづらいが、どうやらリウも静かに怒りを湛えていたようで。 「あー、嬉しいんだけど、そこまでにしといてね。あんたらが本気出したらマジでこの二人死んじゃうから」 苦笑を浮かべたマリカの言葉に、幼馴染三人は、あからさまに顔をしかめて舌打ちをした。 捉えた男二人を町の中まで連れ戻し、警備のために配属されていたのだろう、帝国の兵士へと引き渡しておく。兵士には子供が無茶をするな、と怒られたが、町の人間たちには拍手喝采で迎えられ悪い気はしない。宣伝活動ということでリュウジュ団の名前も出していたので(レッシンが団長であることは伏せておいたが)、これからまた依頼が増えるかもしれない。 そんなことを考えながら去っていく兵士たちを見やっていると、捕えられた犯人の片方が不意に振り返った。睨みつけてくるその目には憎悪と怒り。もともと捕まる気で犯罪を行うものなどいはしない、彼らも逃げきるつもりだったのだろう。予定を狂わせた人物に怒りを向けるのも人として分からない感情ではない。ただ残念ながら前提条件が頂けない。人としてやってはいけないことをやっているのだ。そんな人物から怒りを向けられようが恨まれようが、恐怖も後悔もまったく湧いて来ない。 ふぅ、とため息をついたマリカに更に怒りを覚えたのか、男は顔を赤くして口を開いた。 「女のくせにッ!」 子供のような捨てゼリフに思わず笑いが零れる。もっと印象的な言葉を言ってもらいたいものだ。斜め後ろにいたリウも同じことを思っていたようで、「うわー」と呆れたように声を漏らしていた。しかし単純なレッシンには効いていたようで、「その女にやられたのはどこのどいつだっ!」と返している。そんな彼に「ぅるせぇっ!」と怒鳴り返したあと、男はマリカへ向かって更に言葉を続けた 「てめぇなんか、貰い手のねぇまま、一人寂しく死にやがれっ!」 見たところ成人はしているだろう男が、十五の子供相手に言うことではないと思うのだが、何か言わないことには腹の虫が治まらないのだろう。 「ッ、てめぇっ!」 「ああもう、言わせときゃいいのよ、あんなのは」 言い返そうとするレッシンを宥め、さっさとこの場を切り上げようと言ったマリカの言葉に、不意に低い声が割りこんできた。 「オレが貰うからそんなことにはならない」 大きな声ではなかったがよく通るそれは叫んでいた男の耳にも届いたようで、言い返す言葉を探しているうちに捉えていた兵士に怒鳴られ、そのまま連れられて行ってしまった。 不快な音が消えた空間に、「ジェイルの勝ち」と呟かれたリウの声が響く。突然の言葉にかたまっていたマリカがようやく時間を取り戻し、弾かれたようにジェイルを振り返った。 「あ、んたねっ!」 いくらなんでももっと別の言い返し方ってのがあったでしょうがっ! 顔を赤くして怒鳴るマリカへ、「でもすげー効果あったじゃん」とレッシンが笑う。確かにその通りなのだが、だからといって何を言ってもいいというわけではない。そう言ったところでリウくらいにしか通じないだろう。 捕まえたし、凹ましたんだからもういいじゃん、と気分良さそうに宿屋へ帰ろうとするレッシンと、それを追いかけるリウの後姿を見ながら、はあ、と大きくため息を零す。 その側で、まるで追い討ちをかけるかのように紡がれたジェイルの言葉に、マリカは更に顔を赤くするはめになった。 「本気、だから」 ブラウザバックでお戻りください。 2009.04.10
団長とリウがくっついたので、こっちもくっつく方向へ持っていこうかと。 書きたかった場面を全部盛り込んだのでまとまりがないね。 |