不信、消える、星光り 大人、というものがさほど信用に足る相手だと思えなかったのは、周囲にそういう大人がいなかったというわけではないだろう。ラジムやシスカ、ディルクは尊敬に値する人物だと思っているし、口には出さないが己の母も凄いとは思う。 それでもどこか彼らと一線を引いてしまいがちなのは、皆が口をそろえて言うからだ、「四人一緒にいられるのは子供のうちだけだ」と。 ジェイルは四人という今の関係が気に入っていた。いつも中心で笑っているレッシンがいて、そんな彼を支えるリウがいて、呆れながらもついてきてくれるマリカがいて、そして自分がいる。何をするにしても一緒だったし、近過ぎて困る、ということは今まで一度としてなかった。 これでいいのだ、と思っていたし、これからもこのままの関係が続くのだ、と。 「おかしいわよ、あんたたち」 そのことをジェイル自身が心底信じているわけではなく、むしろ続くわけがないとどこかで分かっていたからこそ、そんな雰囲気を醸し出す大人たちが苦手だと思っていたし、きっぱりとそう言ってのけるものが嫌いだったのかもしれない。 レッシンの部屋に侵入していたメイベルを摘みだし、階下へ追い出す最中に彼女はジェイルを見上げてそう叫ぶ。そんな言葉を投げつけられるのは初めてではなく、「友達同士でべたべたして気持ちが悪い」と言われたこともあった。 言い返すこともなく電波娘を追い払い、無言のままレッシンの部屋へと戻る。 「追い払ったぞ」 成果だけを端的に告げるジェイルへ、「サンキュー」とレッシンが笑う。彼の愛してやまない参謀は、数日前から交易の旅に出ている。かく言うレッシン自身も今日遠征から戻ったばかり。ジェイルとも久しぶりに顔を合わせる。 「しっかし、なんとかなんねえかな、あいつ」 いい加減諦めりゃいいのに。 ベッドの上に座り込み、腕を組んでぶつぶつと呟く彼の側へと近寄った。夜も遅い時間帯。いつもならお休み、とそのまま部屋を出るのだが、今日はそんな気分になれない。レッシンのベッドに乗り上げて、背中あわせに座り込む。顔を上げれば大きな窓。月でも出ているのか、普段よりも明るい夜空に広がる木の枝が見えた。 「……ジェイル?」 ぐ、と掛かってきた体重を支えながら、レッシンが名を呼んだ。 体温、心臓の鼓動、吐息。 それらを感じることのできる位置がどれほど心地よいのか、きっとみんな知らないのだ。だから口をそろえて、おかしい、と言う。離れるべきだと言う。 友達同士でこんなにも体温を共有していてはおかしいのだろうか。兄弟や恋人でないと、駄目なのだろうか。 「何だ、ジェイル。オレが居なくてさみしかったのか?」 からかうような口調。そういうわけではない、といつものように返せないのは、そのとおりだからかもしれない。 「……おーい、ジェイルー? せめて何か答えろよ。オレが一人でバカみてぇじゃん」 黙々と思考に耽っていたジェイルを押し返すように背中に体重をかけて、レッシンが言う。それでも答えないジェイルに業を煮やしたのか、彼は体の向きを変えて「うりゃ」とジェイルへ覆いかぶさってきた。 「重い。苦しい」 身体が硬い方ではないが、人ひとりの体重をかけられればさすがに痛い。呻きながら文句を言うと、「黙りこんでるお前が悪い」と言い切られた。 「あの電波に何か言われでもしたか」 直情的で他人の気持ちに鈍そうに見えるレッシンだが、実際にはかなり鋭い部分がある。しかも前後の脈略や相手の表情を読んでのものではなく、動物的な勘でそれに気づくものだから誤魔化しようもない。 「オレたちはおかしいんだそうだ」 「…………どこが?」 屈伸姿勢のままでは話しづらいため体を起こしたが、レッシンが離れる気配はない。べったりとジェイルの背中に覆いかぶさったまま、彼は首を傾げる。 「こうしてくっついてることが」 ぺし、と腹の前で揺れていたレッシンの手を叩いて答えた。 「普通は友達同士でこんなにもべたべたしないらしいぞ」 「その普通ってのは、誰にとっての普通なんだよ」 「さあ。少なくともオレたちのではないな」 淡々としたジェイルの言葉に、「だよな」とレッシンも当たり前のように頷きを返す。 これが自分たちにとっての普通。それは誰に何を言われても変わらないこと。 しかし時はこくこくと流れて行く。時間が経つということはつまり変化をするということ。変わらぬものなど、この世には何一つとしてない。 いつまで、と考えてしまう。 この関係が続くのだろう。続けられるのだろう。続けてくれるのだろう。 「たまに、思う」 おかしいのは自分たちではなく、自分一人なのではないだろうか、と。 肩から流れるジェイルの髪の毛を指に絡めて遊びながら、「何で」とレッシンは問うた。 「確かに協会のやってることは非道だと思うし、許せないとも思う。けど、オレがここにいるのはそれよりもまず、お前がいるからだ。お前がいて、マリカがいて、リウがいるからだ。だからオレもここにいる」 協会の行いを止めたいだとか。苦しんでいる人々を救いたいだとか。世界の破滅を防ぎたいだとか。 はっきり言ってしまえばジェイルにとってそんなことはどうでもいい部類に入る。 ただ、側にいたい。守りたい。失いたくない。それだけだ。 なんと自己主義的な、と他人が聞けば怒りを覚えても仕方ない考えだとは思う。その程度の人間か、と呆れられ、見限られるかもしれない。しかし、ジェイルにはそれ以外に興味をもてる事柄がないのだ。 もちろん協会の非道な行いには憤りを覚えるし、止めなければならないとも思う。 「優先順位の問題、だな」 どちらがより大切なのか。 ジェイルの中では友人たちの方が上だというだけのこと。どちらかを選べと言われたら、迷うことも躊躇うこともなくレッシン達を取る。ただそれだけだ。おそらく、四人一緒でいられなくなるのならその時点で、ジェイルは自分が何をしたらいいのか、何をするべきなのか、何をしたいのかが分からなくなる。そんな気がする。 もしかしたら他の三人は、一緒にいられずとも立っていられるのかもしれない。こんなにも依存してしまっているのは自分だけなのかもしれない。 だから思うのだ、おかしいのは自分一人だけではないのだろうか、と。 その言葉を聞いて小さく唸ったレッシンは、再びぐ、と体重をかけ、ジェイルを押しつぶしながら言った。 「オレはそこがジェイルのすげぇとこだと思うけどな」 友人のためとあらば、迷いも抱かず躊躇うこともない。 それはレッシンたちにはできないこと。 「オレは欲しいものが多すぎるし、リウは考えすぎるし、マリカは優しすぎる。 オレらは結局自分のことを後回しにするんだ」 だから、と言葉は続く。 「ジェイルがオレらを一番に考えてくれたら丁度いい」 蔑ろにしがちなものを、一番に考えてくれる人が側にいれば、バランスが取れていいのだ、とレッシンは言う。そのためにはそれこそ今のように常に一緒にいなければならないわけで。 大人たちはいつか離れ離れになる、と言う。 もしかしたらそうかもしれない、と多くの人々と関わりを持つにつれそう思うようになっていた。一緒にいなければ駄目なのは自分だけで、皆は四人でなくても平気なのかもしれないと思うようになっていた。けれど逆に、もしかしたらそうではないかもしれない、と思うこともできるはずなのだ。 「なあなあ、あれさ、こっから見ると、木に星がなってるみたいじゃね?」 レッシンの指さす先には、窓の外に広がる大きな木。広がる枝の隙間を掻い潜るように届く星の光。「オレの物みたいで気分いいな」と笑うレッシンに「そうだな」とジェイルは言葉を返した。 そうしなければならない、だとか、そうしたいだとか、そうしてほしいではなく。 それで丁度いい。 レッシンが笑ってそう言う限りはまだ大丈夫。 ブラウザバックでお戻りください。 2009.06.03
団長とジェイル。 ジェイル→団長の依存心はリウ→団長以上な気がします。 |