恋人の権利


 城にいる人々の多くは、リュウジュ団を率いる少年に惹かれて集まってきたものだ。
 そんな団長へチョコレートを渡すイベントとされたニルバーナ城限定バレンタイン。届けられたプレゼントの量は城にいる人数に近いものがあるのも、ある意味当然かもしれない。貰ったからにはお返しをする、これもまたある意味当然のこと。一括で同じものを配るか、という問いへは、「みんな同じじゃつまんねぇじゃん」と僅かばかりずれた返答があった。面白い面白くない、ではなく、失礼かどうかを考えるべきだとは思うのだが、そういった常識をレッシンに求めたところで七割くらいは無駄に終わるものだ。
 さすがに全員に違うプレゼントを用意するだけの時間はなく、貰ったものと相手によって何を返すかいくつかのグループに分ける。リストアップもグループわけも、貰った団長本人ではなくリウがこなした。何故かと問われれば参謀だから、そしてレッシン曰く「本妻の勤め」だそうである。加えて費用の計算や、物資の確保、輸送もすべてリウが手配した。団長が表立って動けば皆に知られてしまう、という危惧があったため、城へ届けられたそれらもリウ宛てにしてある。城のほぼすべての事柄を把握している参謀へ届く荷物が何か、などわざわざ詮索する者はいないからだ。
 結局レッシンがしたことと言えば、誰に何をあげるのかを考えることと資金の調達。もともとレッシンが貰ったものに対するお返しなのだ、どちらも彼自身がこなすべき事柄だろう。

「なんか悪ぃな、ここまでやってもらって」

 団全体のことに対してならまだしも、今回のものはレッシンの個人的な用である。始めから手伝ってもらうつもりであったとはいえ、さすがに任せきりにして悪い、とレッシンは苦笑を浮かべていた。そんな彼へ、「裏の細々としたことをやるのがオレの仕事、だろ」とリウは笑って答える。

「で、金を作って帰ってくるのがレッシンの仕事」

 だから今回レッシンは立派に仕事をこなしている、必要だった金額以上にきっちりと持って帰ってきてくれたのだ。問題は全然ない、と言うリウへ、レッシンは「サンキュな」と嬉しそうに笑った。

「こっちが剣士団組ので、こっちは元帝国組へのお返しな。ポーパスとロアの人外組はこの袋。一応全部に名前書いてるから、渡し間違えんなよ?」
「あー、こんだけあると自信ねぇなぁ。つか運ぶのも大変そう」
「そこは心配しなくていいぞ。日が暮れてからリヤカー借りてくるから」
「リヤカーか、そりゃいいな! でも何で日が暮れてから?」

 やっぱバレるからか、と首を傾げるレッシンへ、「いいや、日が高いうちは畑仕事で使うから」と答える。

「ああ、ヤディマじーさんとこから借りてくるのか」

 納得したように頷いたレッシンは丁寧に仕分けされ、あとは配られるのを待つだけとなったお返しの山を見て笑みを浮かべた。

「みんな喜んでくれっかな」
「そりゃ喜ぶっしょ。間違いねーよ」

 オレが保証する、と参謀に太鼓判を押され、レッシンの笑みはますます満足気に深まった。





 意識の浮上、目覚めを認識すると同時に今日の予定を組み立ててしまうのは、もはや癖のようなものだった。やっておきたいこと、やらなければならないこと、気になることをつらつらと考えながら更にはっきりと体が目覚めるのを待ち、ついでに隣で眠っている超絶に寝起きの悪い男をベッドから落として起床を促す。これがこの部屋でレッシンと共に眠った朝のリウの日課である。
 今日は昼からレッシンが城中を駆け回ることになる。お返しを渡すその先で足止めされることを考えて、全て配り終えるのは夕方近くだろう。そうすると今日中にレッシンに確認しておいてもらいたいことは午前中の内に詰め込まなければならない。そういった案件があっただろうか、と考えながら、ぱたり、と寝返りを打ち、閉じていた目をゆっくりと開く。

「――――ッ!?」

 飛び込んできた光景に、リウは声も出せないほどに驚いた。まだ脳にまとわりついていた眠気が一気に吹き飛んでしまう。目を見開いて息を呑んだリウを覗き込み、「はよ」と笑っているのは他の誰でもない、常にリウと寝起きを共にするレッシンだ。

 あのレッシンが。
 寝起きが悪いどころではない、極悪のレッシンが。
 普段はベッドから落とされたところで起きようともしないレッシンが。

「……さすがにそこまで驚かれんのは微妙だな」

 夢かと思い手を伸ばしてレッシンに触れる。苦笑を浮かべる頬を撫で、その温かさを指先に感じてようやくリウは、「お、はよ」と掠れた声であいさつを返した。

「え、っていうか、どしたの、レッシン。何で起きてんの」

 嘘でも冗談でも誇張でもなく、何らかの原因がない限りレッシンが自ら起きるということはない。リウが知る中、過去に数度あった自力での起床もその日の予定が楽しみで起きてきた、ということばかり。
 そんなに楽しみにするようなことでもあっただろうか、と考えたところで、むくり、とレッシンが体を起こした。微妙に状況について行けず、どこかずれた視線でレッシンの行動を追う。そんなリウの視界の端にちらりと入りこむリヤカーとプレゼントの山。室内にあるには不似合いで、どこか滑稽なそれを昨夜二人で散々に笑いあった。
 今日のそのイベントが楽しみでレッシンは目を覚ましたのかもしれない。そんなことを思っていたところで、ベッドを下りた彼が何やら小さな包みを手にして戻ってきた。ほい、と差し出され、横になったまま両手を伸ばして受け取る。何これ、と口にする前に、「リウに一番最初に渡したかったんだ」とレッシンは言った。

「……オレ、に?」

 むくり、と起き上がり、膝の上に乗せたそれを見下ろす。そんなリウの側へ座り、レッシンは手を伸ばしてあらぬ方向に跳ねる緑色の髪の毛を直した。いつもはバンダナで隠れている額を軽く指で辿り、頬を撫でるレッシンを目を丸くして見つめる。

「リウが作ってくれた表の中にお前の名前ねぇからびっくりした」
「い、や、それは、だって」

 そのリストはレッシンがお返しを送るひと一覧だ。自分の名を書けるはずがないし、そもそもリウ自身も対象に入っているということを今の今まですっかり忘れていた。

「そ、っか。そういえばあげた、っけ……」

 呟けば、「忘れてたのか、お前は」と頭突きをかまされた。ごん、と鈍い音が脳内に響き、ようやく意識が現実を捉えようとはっきりしてきたような気がする。

「オレはすげぇ嬉しかったんだぞ。だからちゃんと返してぇって思ったのに」

 それを忘れていたのか、と詰るように睨まれ、「あー、いや、うん……」と言葉を濁して目をそらせる。忘れていたわけではなかったが、気にすることもない部類の記憶に押し込まれていたことは事実だ。返す言葉もなく俯いたリウの頭を乱暴に撫で、「でもまあ」とレッシンは言った。

「あとで考えたら、あの表にリウが自分の名前書くわけねぇって気づいた。書かれてたら書かれてたでぶっちゃけ軽くムカついただろうし」
「あはは、そりゃまあ、要は『なんかくれ』って言ってるようなもんだからね」

 笑って返せば、そうじゃなくて、とレッシンは首を横に振る。

「ほかのみんなとリウを一緒にすんな、ってムカついたと思う」

 たとえそれをリウ本人が作ったものだとしても、リウはレッシンのものなのだ。自分のものをどの枠に収めるのかはレッシンが決めること。リウにだって決めさせはしない。

「つかさ、クリスマスんときも思ったけど、リウは何も期待しなさすぎて腹が立つ。なんでオレから何か貰えるかもとか思わねぇの? なんでそんなにびっくりすんだよ」

 驚愕のあとには隠しきれない喜びを見せてくれるからそれはそれでいいのだが、あまりにも求められなさすぎて、その点に関しては限りなく不満だ。

「貰えて当然ってくらいの顔、してろよ。特別扱いされて当然って顔してろ」

 言いながら柔らかな唇を額に押し当ててくる。告げられた言葉の横暴さとは裏腹に、どこまでも優しいキスに思わず苦笑が零れた。

「そこまで開き直れねーよ、オレ」

 レッシンじゃねぇんだから、と続ければ、「それでもしろ」と更に命じられる。

「じゃないとオレが一人でから回ってるだけだろ」

 そんなことはない、と口にしかけ、ふと気付く。
 誕生日のプレゼントやなんらかのお祝い事ならまだしも、バレンタインにはホワイトデーという対なるイベントがある。きちんと恋人として付き合っているのならば、プレゼントをあげただけで満足してしまうのは確かにレッシンの言うとおり、リウの独りよがりなのかもしれない。

「……ごめん、悪かった」

 バレンタインの日、レッシンが臆面もなく「くれ」と手を伸ばしてきたことが嬉しくなかった、とは言い切れない。その態度の裏側には恋人なのだから、という事柄がべったりと張り付いているのが見えたから。

「これ、ありがとな。すげー嬉しい」

 リウの言葉に、レッシンの方が嬉しそうな笑みを浮かべ、「最初か最後か迷ったけどな」と口を開く。

「全部終わってゆっくり渡そっかな、とか。でもぶっちゃけ、オレが待ち切れなかった」

 早く渡したくて。
 リウの喜ぶ顔が見たくて。
 それで目が覚めたのだ、と。
 きっぱりと言ってのけたレッシンに頬を染めながら、リウは「普段もこんくらいあっさり起きてくれよ」と憎まれ口を叩くしかできなかった。

 レッシンの言うとおりに開き直ることは、リウの性格上簡単にはできないだろう。
 それでも少しくらいはうぬぼれてもいいのかもしれない。




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2010.03.14
















なんで団長は渡すだけなのに偉そうなんだろう。