強く


 高々十六年、生きたにすぎない。年齢が関係あるのかどうかは分からないが、それでも何事においても経験は必要だと思う。長く生きていれば偉いだとか、経験しているから凄いだとか、そんな短絡的なことを言うつもりは毛頭ないが、それでも。
 こういうとき、如何に自分が役に立たないかを痛感する。
 ガラガラと崩れていく砦、目の前で崩落に巻き込まれていく兵士たち。助けたい、と思う気持ちは分かるが、その思いのまま体が動いてしまうレッシンを凄いと思う。自分は駄目だ。きっと一人だったら足が竦んで一歩も動くことはできないだろう。

「離せよ、リウッ!」

 落ちていくラザの砦へ向かって走ろうとするレッシンを止めるには、全身でぶつからなければならなかった。ただでさえ力では敵わない相手、我を忘れた彼はがむしゃらにもがいてリウを振り払おうとする。

「離せるわけ、ねーっ……ッ!」

 振り上げたレッシンの指先がリウの頬を掠った。その痛みを無視して彼の腕を押さえ、「落ち着けよ!」と声を荒げる。しかしレッシンは「落ち着けるわけねえだろうがッ!」と吐き捨てるように叫んだ。

「何で止めんだよ! あいつらを見殺しにしろって言うのか!?」
「ここで飛び込んでも、お前も一緒に死ぬだけだろーが! 分かれよ、それくらいっ!」
「分かんねぇよっ!」

 キッ、とリウへ向けられた視線に込められているものは明らかな怒気。その強さにリウは思わず怯み、次の言葉を発することができなかった。
 軽い喧嘩は日常茶飯事で、ときには本気で互いに腹を立てることもある。だからレッシンを怒らすことも、怒鳴られることも決して初めてではないのに怖い、とそう思った。おそらくそれは、自分には向けられることはないだろうと思っていた感情だから、だろう。
 理不尽な侵略を繰り返す協会や、人を意のままに使おうと画策する帝国に対して抱いているようなものと同じような。
 あまりにも強い怒り。

「オレはリウみたいに頭よくねえんだ」

 怒鳴ったせいか、あるいは怯えたリウに気付いたせいか。ようやくレッシンも頭の血が下りてきたらしい。彼はそう言って力なくリウの腕を振りほどいた。

「頭、のよさ、とか、カンケーねー、じゃん……」

 間違っているだとかいないだとかは決められないのだろうが、それでも今のリウの行動は誰に責められるものでもないだろう。おそらくジェイルやマリカが側にいたとしても、同じようにレッシンを止めたはずだ。
 レッシン自身も分かってはいるのだろう、自分が砦へ飛び込んだところで何もできないことを。しかしだからこそ、彼の感情は爆発した。非道な行いをする教会に対する怒り、折角の忠告を無にした砦の中の兵士たちへの怒り、そして目の前で尽きて行く命を一つも救えない無力な自分への怒り。それらが綯い交ぜになって、リウへと向けられた。ただそれだけだ。

 協会や帝国とリウを同列に見て怒っているわけではない、そんなこと考えずとも分かる。
 しかし、頭で理解したそれを心で納得するには、自分はまだ子供すぎる、のだろう。
 崩れた橋を蹴りつけて怒りを露わにするレッシンの背中を見ながら、リウは思う。

 罪のない多くの人間の命が奪われた。そのことに心を痛めるのはひととして当然の感情で、そういったものを失くすつもりはないし、無くなるものでもない。しかし今現在リウはレッシンの補佐をするような位置にいるのだ。自分の力がどこまで及ぶかは分からないが、もしこの知識が役に立つのならできる限りのことはしたい、と思っている。作戦を立てるものとしては、一つの事柄にとらわれて囚われて全体を見つめられなくなってしまうのは、あまり歓迎できることではない。そのことを冷たいと思われても仕方がない、そう覚悟を決めていたつもりだった。
 それなのに。
 レッシンの怒気に触れただけで、心が折れそうになる。
 シトロの仲間達の側は、レッシンの側はあまりにも居心地が良すぎる。側にいなければできないこともあるが、側にいすぎてできないことがこれから先出てきそうで怖かった。
 きっとこれからはレッシンの意にそぐわないことを言う機会も出てくるだろう。彼が全て自分の思うとおりにしなければ嫌だ、と駄々をこねるほど狭量だとは思っていない。しかしそれでも今のような感情をぶつけられて平気でいられる自信が、リウにはなかった。
 きっとレッシンは知らない、リウの中で彼の存在がどれほど大きなものなのか、を。

「……強くなりてー……」

 敵を負かすだけの力ではなく。
 精神的な強さが欲しい。
 レッシンの言動に動揺しないだけの強さが。
 居心地の良い場所から距離を置くだけの強さが。
 自分に負けないだけの力が。
 ただひたすらに欲しかった。




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2009.03.19
















団長が本気で振り払おうとしたらリウには止められないと思う。