That's mine.


 心が狭い方ではない、はずだった。まったくありがたくはないがヘタレ代表の名を貰った身、争い事が嫌いだったし怒ることも苦手だ。できるだけそういう感情は抱きたくないとも思っていた。
 しかしどうしても。
 彼に関することには自分の沸点が限りなく低い位置に設定されているのだ、ということを、目の前で繰り広げられている光景を見やりながらぼんやりと考えていた。
 事務仕事をしていた四階作戦室からまんまと逃げだした団長、レッシンを探し歩いていたところで、裏の畑の方から声が聞こえてきた。また遊んでいやがったか、とそちらへ向かえば、戦闘訓練に参加していたらしい。周囲にはクエストに出掛けていない戦闘メンバたち。その中にはレッシンを目標としているらしいヨベルの姿もあった。

「え、あんた、オレの一個下だったのか!?」

 驚いたように声を上げた彼は、つまりはリウと同じ年なのだろう。年下だと思っていたのでその言葉にリウも軽く驚きを覚える。

「オレより年下でこれだけ強いの、反則だろ……」

 がっくりと肩を落とした彼の側で、「そんなこたねぇと思うけどな」とレッシンが鼻の下を擦る。

「動けばそれだけ体はついてくるぞ?」

 要するに鍛錬を積めばいい、と言いたいのだろう。その言葉に顔を上げたヨベルはレッシンをじっと見つめると、「少し触っていいか?」と手を伸ばした。

「……どうやったらこんな筋肉つくんだ」

 ヨベルはそう言いながらぺたぺたとレッシンの腕を触る。

「ねぇ、あたしも触らせて!」

 リュウジュ団の団長なんてなかなか触れないもんね、とたまたま近くにいたアーニャが二人の間に入り込んでくる。弟の訓練に付き合っていたのだろう、基本的にイクス以外には興味のないモーリン(そのイクスは今クエストに出かけていていなかった)も、「わたしもいい?」と手を伸ばした。海賊三兄弟の妹と弟も興味深気にレッシンに触れており、そのほかの仲間も団長に気安く触れるいい機会だとでも思ったのか、ちょっとした人だかりができている。レッシンは「見せもんじゃねぇんだけど」と苦笑を浮かべながらも好きなようにさせていた。
 そんな中、「ちょっとっ!」と声を荒げたのは、その様子に気がついたメイベル。

「あたしのレッシンに気安く触んないでよっ!」
「誰がいつお前のになったんだっ!?」
「メイベルもレッシンもうっさいっ! 騒ぐなら余所行け!」

 怒鳴り合いを始めた二人に今度はマリカが声を上げる。稽古一つにしても静かにできない連中であることは分かっていたが、さすがに騒ぎ過ぎだと思っていたところで、「リウ?」と声が掛けられた。

「旦那でも探しに来たのか?」

 振り返るとにやにやと笑みを浮かべたロベルトの姿。その口調と表情に軽くむかっときたが、抑えこんでにっこりと微笑んでみせた。

「仕事放り出して逃げたろくでなしの亭主、探しにきたんだよ」

 常にない雰囲気のリウにからかったロベルトもひくり、と口元を引きつらせる。

「……怒ってる、か?」
「それなりに」

 その会話の間も笑みを絶やさない。

「……おい、レッシン! 嫁さんが来てるぞっ!」

 それでもまだ夫婦設定を止めようとしないロベルトに呆れながらも、こちらを向いたレッシンに手を振って見せた。

「ッ!?」

 途端、くるり、と背を向けて逃げ出そうとするレッシンの腕を、マリカが素早く掴んで確保する。じたばたと逃げようともがく姿を見ながら、ゆっくりと近づいて、「レッシン」とやはり笑みのまま名前を呼んだ。

「今から怒られるのと、一週間後に怒られるの、どっちがいい?」

 リウの言葉を耳にし、「あー」と声を上げたレッシンはようやく逃げることを諦めたらしい。

「今から怒られる」

 うなだれた彼の手をマリカからもらい受け、ずるずると引きずるようにしてその場を後にする。参謀の迫力に押されて口を挟めなかった周りの面々は、団長の情けない姿を静かに見送るしかなかった。

「今の、どういう意味だ?」
「逃げたら一週間ガン無視するぞ、って脅し」
「……子供の喧嘩か」

 大きくため息をついて呆れたロベルトへ、「実際その通りでしょ」とマリカが肩を竦めた。



 無言のリウに手を引かれるまま、レッシンは城へと連れ戻された。エレベーターで四階に上る間もリウは一言も口を利かない。

「えー、っと、リウ……?」

 さすがに自分が悪いことは分かっているので、気まずい思いを抱えながら名を呼んでみる。

「ごめん、悪かった。ちょーっと息抜きにさ、」

 出ただけなんだよ、戻ってくるつもりだったんだ、と続けようとしたところでチン、と軽やかな音を立てて四階に到着した。

「って、リウ?」

 レッシンの腕から手を離すことなく、リウはエレベーターを降りるとそのまま左の部屋へと向かう。作戦室へ戻るのだろうと思っていたレッシンは、方向が違うことに驚いて声をかけた。相変わらず彼からの返答はない。
 カチャリ、と扉を開けて団長部屋へ入る。とんと押しやると、たたらを踏みつつも体の向きを変え、レッシンはそのままベッドへと座り込んだ。
 見上げてくるレッシンは状況が飲み込めないらしくきょとんと首を傾げている。その表情さえ、今はリウの苛立ちを助長させるだけだ。

「リ、」

 ウと続くはずだった言葉は、その彼の口に塞がれて飲み込まざるをえなくなってしまう。
 噛みつくようなキス。
 どういう風の吹きまわしなのだろうか、これがリウの新しい怒り方なのだろうか、と考えながらも、口内に差し込まれた舌に意識を取られ、まともに頭が動かない。そもそもがリウからしてくれるということ自体珍しいのだ。たとえ彼が今とてつもなく怒っていたのだとしても、この状況を喜んでしまうのも仕方がない。
 より彼を引き寄せるため、後頭部へ回そうとした腕を取られて動きを封じられる。煽るように口内で暴れていた舌が突如ぬるり、と引き抜かれ、追いかけて舌を伸ばしたところでカリッ、と噛みつかれた。

「っ、てッ」

 悲鳴を上げたレッシンを見下ろし、その腕を捉えた手にぎゅ、と力を込める。激しいキスのせいで息を荒くしながらも、リウはぺろり、と濡れた唇を舐めた。
 名を呼ぼうと口を開いたが、その舌の動きがあまりにも卑猥で思わず言葉を失う。見せつけるように伸ばした舌でねっとりとレッシンの顎と唇を舐めながら、「触らせんな、バカ」とリウは小さな声で言った。

「何で、触らせてんだ、お前は」

 報告書を読んでいる途中で逃げられた、とか。
 これが終わったら後でお茶でも飲もうという約束を破られた、とか。
 あまりにもいつものこと過ぎて、その程度では怒る気にすらならない。
 そうではない、今リウの体を占めている怒りはそんなものではない。

「お前はオレの、なのに」

 心が狭い方ではない、はずだった。
 しかしどうしても。
 レッシンに関することだと、リウの沸点は限りなく低い位置に設定されている。
 するりと腕をほどかれ、逆に掴まれる。気がつけば体勢が逆転しており、ベッドに抑え込まれ、今度はレッシンから噛みつくようなキス。

「ぁ……っ、もっと……」

 吐息の合間に口づけを強請る。

「お望みのままに」

 笑って言ったレッシンの目には、今、リウしか映っていない。




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2009.05.02
















リウが嫉妬心をむき出しにしても団長は喜ぶだけです。