silent night


 やっぱりイベントを外しちゃつまらないしね、と言うモアナを筆頭にし、団メンバの有志が中心となって行われた城をあげてのクリスマスパーティー。ワスタムやシスカらが腕によりをかけて作り上げた料理を囲んで、各々にはしゃぎまわる。基本的に指示がない限りは好きなように城で過ごしているため、何らかのイベントがなければこうして集まることはあまりない。メンバ同士の交流を深めるという意味では至極有効的な手段であり、団の頭脳たる参謀もお祭り騒ぎを止める気はまったくなかった。
 しかし残念ながらクエストに出かけて城にいないメンバも少なくはなく、実はこの城を取りまとめるトップもまたその内の一人。

「絶対悔しがるな、レッシンもマリカも」
「ほんとに行くの、って聞いたんだけどなー、オレは」

 幼馴染二人を含めたパーティが出かけたのは、至極単純な魔物討伐依頼のためだ。往復にかかる時間を考えて、今日までには戻って来られないだろうとリウは予測していた。クリスマスだからといって城にいなければならないわけでもなく、またその時点ではパーティーをやるかどうかもはっきりしていなかった。普段ならばお祭りごとが好きなレッシンが先頭を切って取り仕切っていそうなものだったが、生憎とイベントに疎い彼は人から言われなければ思い出さない。今回もすっかり忘れてしまっていたようで、リウの問いに「新しい武器にしたし、試してみてぇから」と楽しそうな笑顔で答えていた。クリスマスに城にいなくてもいいのかどうか、わざわざ尋ねるのも女々しい気がして、分かっていながら敢えて送りだしたが、こういう催しが開かれるのであればやはり引きとめておいた方が良かったかもしれない。

「とりあえずケーキ少しよけておいて貰ってるから」
「それだけで納得するか、あいつらが」
「……まあ、もっかいオレらだけで騒げばいいんじゃね?」

 クリスマスっぽい料理ならば頼めばシスカが作ってくれるだろう。団長部屋でシトロメンバだけでのクリスマスパーティーというのも面白そうだ。「何ならプレゼント交換とかもやったらいいんじゃねーの」と、甘さ控え目なチーズケーキを突きながらどうでも良さそうに言えば、フォークを咥えたままのジェイルが何やら言いたそうにこちらへ視線を向けてきた。なに、とリウも視線だけで返せば、「渡すのか」と一言だけ。
 誰が、誰に、何を。
 主語やら目的語やらがすこんと抜けた問いかけ文をくるり、と頭の中で回転させ、「あー……」とリウは気の抜けた声を零す。

「まあ、一応……」

 用意はしてマス、とジェイルから視線を反らせて答えた。
 クリスマスのプレゼント、恋人同士となればやはり渡しておくのが定石だろう。リウとレッシンは世間一般でいう恋人同士にあたる。同性で恋人関係にあるというやや常識からずれた状態を、この無口な幼馴染は(そしておてんばな幼馴染も)あっさりと受け入れている。曰く、「本人が良いならそれでいい」「遅かれ早かれそうなると思ってたし」だそうで。

「……そーいうジェイルは? 渡すの?」

 シトロ組の中で恋愛ごとが話題に上るなど極めて珍しい。気恥ずかしさを誤魔化す様に逆に尋ね返せば、彼もまたす、と視線を反らせ「用意はした」と。表情の乏しい彼の顔を見やれば、若干目元が赤くなっている気がする。この少年が、恋愛に関してはレッシン以上に鈍感な気のあるおてんばな彼女を想っていることを、リウもレッシンも理解していた。本人にも伝わっているはずなのだがどうにも本気だと捕らわれていないようで。

「なんかもう、いっそのこと実力行使にでた方が早そうだよな、マリカの場合」
「……無責任な」

 他人事だと思って、と続けられた言葉に「実際他人事だし」とリウは返す。

「でもほら、オレが何を言ったところで決めんのはジェイルとマリカだから」

 いくら第三者がああだこうだと言ったところで、結局は当人同士の問題で彼自身がなんとかするほかない。ジェイルもまたそのことは重々承知しているのだろうが、押しても押しても手応えのない相手に多少腹立たしさも覚えているのだろう。愚痴を発して幼なじみが楽になるのなら、それを聞くことなど容易いことだ。

「頑張れ、ジェイル。オレとレッシンは君らの健やかな恋愛発展を祈ってまマス」
「……幸せな奴は余裕があっていいな」

 確かに、自分が幸せであるからこそ他人の幸せを祈る心の余裕が生まれるのだろう。
 軽く唇を尖らせてすねたような表情を浮かべるジェイルをちらりと見上げ、リウはこっそりと苦笑を浮かべた。





 ぼそぼそと紡がれるジェイルの愚痴を聞き、ほかのメンバとの交流を深め、腹も心も満たしてリウが戻ってきた先は四階隅の団長部屋。本来の持ち主がおらずともこの部屋で眠るくせがついてしまった。
 ここにあるベッドは一人で眠るには少々広すぎる。常に二人で眠っており、その相手がいないにも関わらず、どうしても一人分のスペースを空けて横になってしまうから、尚更そう感じるのかもしれない。

 ふ、と意識が浮上する真夜中。目を開ければ目の前は壁で、寝返りを打って気がつく、一人分の空いたスペース。きっとどこぞの宿に泊まっている彼らも今頃は気が付いているだろう、今日がクリスマスだ、ということに。レッシンならばクリスマスイヴというイベントに何とか間に合わせたくて、強行軍で真夜中にでも帰ってくるかと僅かに考えたが、またそうしそうだからこそ出発間際に無理はするな、いつものペースで帰って来い、と念を押しておいた。どうしてリウがそんなことを言うのか、いまいちよく分かっていない顔をしていたが、これもまた今頃は気が付いてもらえているだろう。
 まだ帰ってきてないということは、彼はリウの言葉を守っている、ということ。無理をしてイベントに間に合わせるようなことはせず、確実に戻ってくる方を選んだということ。

 手を伸ばしても温かなものに行きあわないその空間。互いのクエストや協会軍との衝突のせいで、数日、十数日、数十日顔を見ないことだってあり、ここで一人で眠るのも何も初めてのことではない。
 冷たいシーツの感触に半分以上眠りの世界に入ったままリウはふわり、と笑みを浮かべる。レッシンがいないことを寂しい、と思わないはずがない。折角のクリスマス、パーティーだって皆で御馳走を楽しみたかった。プレゼントを用意もしたのに。
 それでも今、リウの口元は緩く笑みを形作っている。

『幸せな奴は余裕があっていいな』

 幸せ、なのだろう。
 レッシンのいないことが嬉しいわけではない。レッシンのいない空間が嬉しいわけではない。この空いた場所がレッシンのものであるという事実。ただそのことが幸せだな、とそう思う。
 目を細めて口元の笑みを苦笑に変え、リウは再び眠りの世界へと戻るため目蓋を下ろした。

「早く帰ってこい、ばーか」

 小さく呟いた言葉は引き上げたシーツに吸いこまれていく。
 レッシンのものであるならば空虚な隙間さえ愛しく思えてくるのだから、自分も大概あの男に参っているのだろう。




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2010.12.24
















寂しさを、楽しむ。