悪戯、希望。


 ニルヴァーナ城のある地域、つまりはシトロ村周辺は比較的温暖で、寒暖の差があまり激しくはない。しかしそれでも一年を通して季節の移り変わりはあるわけで、さすがにここ最近は朝晩が冷え込み、素肌に上着を羽織るだけでは辛くなってきた。いつもより若干厚着で大広間奥の定位置にいたのだが、暖房器具を置いているわけでもなければ、人が多くいるわけでもない。肌寒さに耐えかねて、リウは途中まで読んでいた書類を手に団長部屋まで逃げてきたところだった。この部屋も他の部屋に比べれば広い方だが、何もない大広間よりは断然マシだ。
 本来の持ち主であるレッシンがいるかと危惧していたが、どうやら夕食後に城のどこぞへと遊びにでかけてしまっているようで、邪魔をされる心配もない。せめて今日中に手元の書類の処理だけでも終わらせてしまいたかったため、ベッドの上で暖をとりながら、リウは文字へと目を落とした。
 気温がより下がる前に備蓄しておきたいものがいくつかある。また逆に気温が下がるからこその依頼も増えるであろうから、それに備えた人員も確保しておかねばなるまい。どうすればそれらがすべて効率よく、合理的に進められるか。レッシンなら眉をひそめて面倒くさがりそうなことだが、それを考えるのがリウの役目だ。

「ジャナム出身のひとはまだあまり寒さ慣れしてなさそうだしなぁ。逆にクエストに放り出して、慣れてきてもらうって手もありか」

 呟きながら次の書類を捲ったところで、バタン、と扉が開かれる大きな音がした。

「リウ、みーっけ!」
「あ、何よ、一人で仕事してる!」
「無理はよくないぞ」

 室内になだれ込んでくると同時に、口々にそう言ってくる。誰が来たのか大方の予想はしていたので驚きはしないが、ここまでテンションが高いとは思っていなかった。

「おー、どしたー? お揃いで」

 現れた幼馴染たちの方へ視線を向け、なんとなく来訪の意を悟る。しかし口に出しては面白くないだろうと、敢えてそう尋ねてみた。真ん中に立つレッシンはオレンジ色のカボチャおばけのお面を手にし、ジェイルは肩に大きな白い布をかけている。マリカは黒い三角帽子を頭に乗せてお菓子の入った大きな籠を手にしていた。
 三人は顔を見合わせた後、笑ってお決まりのセリフを口にする。

「Trick or Treat!」

 お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ!

 色々な地域から様々な種族が集まった城だ。今まで知らなかった文化に触れ、自分たちでも楽しみたいと思うのは至極当然のことだろう。どうせ騒ぐなら自分も誘ってくれればよかったのに、と思いながら、リウは立ち上がってベッドのそばの棚の引き出しを漁った。

「はいはい。ハッピーハロウィン。これでいい?」

 手渡したものは、どこかの町で買った飴玉。あまり数がなかったためとりあえず一人二個ずつ手渡すと、明らかにレッシンは不機嫌そうな顔をした。

「なんだよ、リウ、知ってんなよ!」
「つまんないじゃない」
「だから言っただろ、リウなら知ってるかもって」

 どうやら彼らはお菓子をもらうことが目的なのではなかったらしい。

「すみませんね、知ってて」

 普通はお菓子をあげて喜ばれるはずなのに、どうして怒られなければならないのか。苦笑を浮かべてそう言うと、「よく知ってたわね、あんた」とマリカが感心したように言った。

「あー、まぁ、ね。昔は本ばっかり読んでたから」

 それも他の地域のことが書いてあるものばかりを好んで読んでいた。外に憧れて、それでも出て行くだけの力がなくて、せめて文字の上だけでもその世界を堪能したい、とあるだけの本を読んでいた。
 その中の一冊でハロウィンという祭りがあるということを読んだことがあったのだ。詳しい日付までは覚えていなかったが、どうやらこの時期のことらしい。
 リウの言葉に「ふぅん」と気のなさそうな返事をしたレッシンは、「それよりさ」とマリカの持ってる籠を指さして笑う。

「これ、食おうぜ!」

 籠の中にはクッキーやマシュマロ、小さなパイ、飴玉と様々なお菓子が詰め込まれている。

「これ、城のみんなから貰ったの?」

 尋ねると頷きが返ってきた。祭りの趣旨を説明すると快くくれたのだと言う。

「みんな相変わらずノリがいいなぁ」
「そりゃ、レッシンが団長であんたが参謀の城だもん」
「……どーゆー意味ですか、マリカさん」

 下らない会話をしながらラグの上に座り込んで、めいめい好きなものを口にする。メルヴィスから貰ったというクッキーを食べながら、「これ、あたしにも作れないかな」と首を傾げるマリカへ、「絶対無理」と素直に口にしたレッシンがぶん殴られ、ホツバからもらった他世界のお菓子を物珍しげに眺めるジェイルへ、「食わないならちょーだい」とリウが手を伸ばせば「誰がやるか」と叩かれた。大きな戦の真っ只中だというのに、この部屋で四人が集まればいつものシトロ村の風景になるのだから不思議だ。
 先ほどまで読んでいた書類のことを意図的に忘れ、目一杯お菓子と会話を楽しんだ夜半近く。このまま皆ここで寝ていくかと思えば、マリカとジェイルは部屋へ戻ると言う。

「だってこの部屋、寒いもん」
「今度毛布、持ってくる」

 これが理由。さすがに引き留めるわけにもいかず、苦笑して送り出して部屋の中には二人きり。

「レッシン、寝るなら歯ぁ磨けよー。虫歯になるぞ」

 ラグの上を軽く片づけながら、ベッドへと寝転がるレッシンへとそう声をかけた。

「んー、まだ口のなか、入ってる」
「まだ食ってんの!?」

 驚いて振り返ると、あ、と口を大きく開けて見せられた。確かに琥珀色の飴玉が一つ、彼の舌の上に転がっている。

「じゃあそれ食ってからでいいから、歯、磨けよ」

 「おう」と威勢だけはいい返事を耳にしながら、自身も寝るための準備を整えていたところで、ベッドの方から名前を呼ばれる。何、と振り返れば、「リウも言えよ」とそう言われる。

「何を?」
「『トリックオアトリート』って」

 言うばかりで言われていないのだろう彼は、リウにもそれを言え、と求めているのだ。何で、と突っぱねることもできたが、それも面倒で言われるがまま、リウは「Trick or Treat」と口にする。
 それを聞き嬉しそうに笑ったレッシンは、その表情のまま「ない!」ときっぱりと言い切った。

「……は?」
「だから、やれる菓子はなんもねぇって言ってんの」
「じゃあ言わすなよっ!」

 リウの言葉は非常にもっともなものだろう。思わず着替えようと手にしていた寝着をレッシンに投げつけてしまう。笑ってそれを受け止めたレッシンは、「ねぇから悪戯しろよ」とそう言った。言葉の意味がとれずに一瞬きょとん、とした表情を浮かべてしまう。
 手にしていた寝間着をベッドの上に放り投げ、立ち上がって近寄ってきたレッシンは、しゃがみこんでリウと視線を合わせる。

「悪戯、してくれんだろ?」

 にやり、と笑い、「できればこのあたりに希望」と己の唇を指さしてみせる。ようやく彼が何を言いたいのか理解したリウは、それでも返す言葉が見つけられず、顔を赤くしてぱくぱくと口を開閉させるしかない。
 そんなリウを逃がさないよう、両肩へ手を置いて捕えながら、「しねぇの?」とレッシンは笑った。

「リウからしねぇならオレからすっけど?」

 言うやいなや、ちゅ、と重ねられた唇。まだ口内に飴玉が残っているのだろうか、ほんのり甘い味がする。

「……意味、分かんねぇ」

 お菓子も貰えず、逆に悪戯をされ。
 折角口にした言葉もまったくもって意味をなしてない。呆れを多分に含んでそう呟くと、「だから、悪戯、すればいいじゃん」と笑われる。そう言われても、ここでキスをし返したところで彼の思惑どおりに事が運ぶだけだ。それはそれで面白くも何ともない。
 鼻の頭に皺をよせ、不機嫌さを前面に出したリウは、しかしすぐにその表情を崩した。お菓子を貰って、しかも悪戯をできる方法を思いついたのだ。

「リウ?」

 急に笑みを浮かべたリウを不審に思ったのか、首を傾げて名を呼んでくるレッシンの頬を両手で挟んだ。

「ッ」

 勢いに任せて唇をあわせ、すぐに舌を伸ばす。さすがにそこまでするとは思っていなかったのだろう、「ちょ、リウ、」と慌てたような声に満足しながら、その隙を逃さぬように舌を差し入れた。
 レッシンの口の中には思ったとおり、先ほど彼が見せてくれた飴玉が小さくなって残っているようで。

「ふ、」

 レッシンが驚いているうちに舌を動かし、その飴玉を奪い取ってから、唇を離した。
 べ、と舌を出し、その上に乗せた飴玉を見せつけて、「ごちそうさま」と笑う。してやられたことに気づいたレッシンは、悔しそうに「それ、オレのだろ」と言って、再びリウの唇へ己の唇を押しつけた。




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2009.10.27
















Sっ気をちょっとひっこめてもらいました。
が、相変わらずフリーダムな団長でした。