言葉溢れて


「あー、それでこんなにいっぱいあんのか」

 なるほどな、と至極納得したような声音で頷いたレッシンの前には、うず高く積まれた(おそらくは)チョコレート菓子の山。
 バレンタインという風習がどの地域のものだか、詳しく調べていないためリウには分からない。ただ確実にシトロ村周辺や、スクライブ族のものではない。とりあえず、その日は女の子から好きな子へチョコレートを渡して告白をするらしい。女の子同士でチョコレートを交換し合ったり、逆に男から渡すということもあるらしく、とにかくチョコレートやそれに準ずる菓子のやりとりをする日なのだろう。

 どこをどう伝え間違えたのか、あるいは聞き間違えたのか。レッシン率いるリュウジュ団本拠地内では、何故かその日は団長レッシンへチョコレートを贈る日、ということになってしまっていた。
 レッシンとリウがいわゆる恋人関係にあることを知っているマリカが、「あんたはあげないの?」と尋ねてきたときに、「さすがに男が男に渡すのはちょっとねー」と答え、それに「じゃあ皆でレッシンに送るってことにすればいいじゃない」と返ってきた。彼女の言う「皆で」はジェイルを含めた自警団のメンバで、という意味だったのだが、それがたまたま近くにいたクロデキルドやアスアドといったメンバに聞かれており、面白そうだと便乗され、その結果、レッシンは多くの仲間からチョコレートやらケーキやらを貰うことになったのである。
 本来は女性から男性にプレゼントする日であり、一月後には逆に男性から女性へお返しをする日、ホワイトデーが待っている。

「こりゃ、お返し考えるの、楽しそうだなぁ」

 本拠地内を歩くたびにあちらこちらから寄こされるプレゼントを抱え、部屋に戻ればまた次から次へ訪ねて来られ、部屋のラグの上にこんもりと山になっている。それらを前に腕を組んで、レッシンは嬉しそうにそう笑った。

「そこでメンドイって思わないのがレッシンのすげーとこだよな」

 レッシンと同じ部屋で寝起きをしているリウもまた、プレゼントの山を前に苦笑を浮かべている。リウ自身もマリカやシスカ、また幼馴染でもあるレン・リインから貰っており、この山を見て羨ましいとはさほど思わない。甘いものが得意ではないせいかもしれないが。
 そう言ったリウへ「え? なんで?」とレッシンは首を傾げる。

「リウも一緒に考えてくれんだろ?」
 プレゼントのお返し。

 当然のようにそう言われ、リウは大きくため息をついた。山になった小箱の前に座り込み、適当に開け始めようとするレッシンの手をとりえあえず留めておく。

「……それこそ何でオレが?」

 レッシンが貰ったものならレッシンが考え、返すべきだ。そう言いながらも、返すつもりがあるなら誰が何をくれたのかちゃんと分かるようにしといた方がいい、と綺麗に開けた包み紙の裏をメモ代わりに箇条書きで名前を書き連ね始める。

「えーっと、なんて言ったっけな、こういうの。ほら、あれだ、あれ」

 言葉を一生懸命思い出そうとしているレッシンがあれだのそれだの言っているが、もちろんリウには分かるはずもない。あれでもこれでもどれでもいいが、とりあえずお前もやれ、とペンを投げようとしたところで、レッシンは「あれだ!」と両手を打った。

「ホンサイの勤め!」

 そうだそうだ、と何度も首を縦に振って満足気なレッシンを横目に、リウはホンサイという言葉を頭の中で一生懸命に転がしていた。そしてようやく気付く。

「ああ、本妻、ね」

 レッシンがそんな単語を知っていたとは思えない。マリカとジェイルあたりからの入れ知恵だろう。下手をしたらお返しを一緒に考えてもらえ、とそそのかしたのも彼ら、という可能性もある。

 別にいいんだけどねー。妻ってより母親の気分。

 リウががっくりと肩を落としてそんなことを考えていることは知らず、レッシンは呑気に「で、本妻からのチョコは?」と尋ねてくる。

「は?」
「あるんだろ、リウからも」

 あることを疑いもしていない顔で、「くれ」と右手を突き出される。あまりにも自信たっぷりなその態度に半ば呆れに近いものを抱きながらレッシンを見つめ、差し出された手を見つめ、チョコレートの山がちらりと視界に入った。

「……こんだけあったら、オレからの、要らなくね?」

 なんとなく。
 もちろんこれらのチョコが恋愛感情込みでのものではない(中にはそれもあるかもしれないが)ことくらいリウも理解している。しかし、なんとなく面白くない思いがあるのも事実で、もやもやとした感情をほろり、零せば、「それ、本気で言ってんのか?」と眉を顰められた。
 顔を上げレッシンを見ると、強く真っ直ぐな瞳に射抜かれる。

「…………ごめん。ちょっと妬いてた」

 素直に謝り理由を口にした後、「ほら、チョコ」と隠していた小箱を放り投げた。投げんなよ、と言いながらも受け取ったレッシンは、にっこりと嬉しそうに笑みを浮かべる。

「サンキュ。リウ、好きだぞ」

 何の衒いもなく、曇りもないその言葉が眩しくて、くすぐったくて。

「ふつーは、チョコを渡した側がいうんだけどな、それ」

 照れ隠しにそう口にすれば、「じゃあ、言え」と返された。
 リウが渡したチョコレートは山の上には置かず、ベッドの上に置いて、空いた両手でリウの腕を掴んでくる。正面から見つめられ、腕を囚われ、自由を奪われ、逃げる場所も奪われて。
 それでも決して強制されたわけではなく、自然と溢れた気持ちを言葉に。

「…………好き、だよ。レッシン」




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2010.02.14
















「たまには甘く!」とネタを書きとめるノートに大きく書いてありました。