美味しい理由


 どうやらそのイベントは女の子の為にあるのだ、と大変に迷惑な方向へ走っている電波少女がレッシンに吹き込んだらしい。年中行事に興味のない少年が自分からそれを口にするなどおかしいと思った。リウもくれんだろ、と当然のように求められ、「はぁ?」と変な声が出てしまう。

「なんだよ、くれねぇの?」
「あ、いや、そりゃ何か用意するつもりだった、けど」

 さすがに男同士であるため、大っぴらに渡すことは考えていなかったが、簡単な菓子くらいなら何か渡そうとは思っていた。恋人同士であるのだからそれくらいは許されるだろう、と。まさかねだられるとは思っていなかったが。
 リウの言葉にやった、と笑ったレッシンは「どうせならさ」とまたもとんでもないことを口にするのだ。



「…………で、なんであたしまで巻き込まれてんの?」

 腰に手を当てエプロンを纏った格好でそう口にするのは、シトロ組の紅一点である少女。

「まあいろいろと、深いわけがあったりなかったり」

 しなくもなかったり、と笑う参謀を見やりため息をついたあと、「わざわざ作らなくても」と少女は口にする。このあたりではメジャーな風習ではないため、それ用のプレゼントを探すのは難しいだろうが、チョコレート菓子というだけなら町へ行けば手に入る。何も手作りでなくても、というマリカの言葉は尤もだ。

「だって、レッシンが……」

 くれるなら手作りがいい、とあの団長は恋人に向かって堂々とそうねだってきたのだ。それはそれで図々しい態度だと思うが、素直に従っているリウもリウだ、とマリカは思う。今時の乙女でも、リウほどの「尽くす系」はいないのではないだろうか。
 何をどう間違えたのか、脳の回転がマリカたちにくらべ数十倍以上早いらしいこの痩せた軍師は、若干わがままで横暴な面のある団長にベタ惚れらしい。リウの性格からいって、ねだられたら断れないのも仕方がないと言えよう。

「……理解できないけど納得はした。でもさぁ」
 その貰う当人がここにいたらダメなんじゃないの。

 呆れたように言ったマリカの視線の先には、金属のボウルをのぞき込みながら「チョコってどうやって作るんだ?」「砂糖でも固めるんじゃないのか」と会話をしているレッシンとジェイルの姿があった。

「いや、どうせ作るならマリカとジェイルにもあげようかな、って思って」

 そもそも好きなひとにチョコレートを渡すということ自体が、その記念日本来の意味に含まれていないという。どこからどのように生まれたのか分からない風習で、最近は友人同士で贈りあうこともあるらしい。それならばリウからマリカやジェイルに渡してもおもしろいかもしれない、と思いついたことをそのまま口にすれば、そりゃおもしろいオレもやる、とレッシンが手を上げたのだ。それにじゃあオレも、とジェイルが乗り、そうなればマリカが引きずり込まれるのもある意味必然のことだったともいえる。

「でもあたし、チョコとかお菓子の作り方なんて知らないわよ?」
「だいじょーぶ、調べてきた。むしろマリカさんは余計な手出しをせず、そこで見てるだけでも、」

 全然OKです、と続けられそうになった言葉を最後まで聞かず、とりあえずマリカは優秀な脳味噌の詰まった頭をごん、と殴っておいた。




「あああ! マリカ、だから余計なことはすんなってば! 砂糖はそれ以上入れなくていい!」
「えー……だって甘い方が美味しいじゃない」
「甘すぎたらまずいっつの! って、ジェイル、焦げてる焦げてる!」
「黒いから分からん」
「そりゃココア混ぜたパンケーキだからな、匂いと勘で判断よろしく、レッシンは食う前に混ぜろ」
「これ、何? 飲み物?」
「チョコプリンだよ。固めて食う、んだから今食うなつってんだろ!」

 リウ自身もそれほど料理が得意なわけではなく、知識も人並み程度しか持ち合わせていない。加えシトロ組で作ることを考慮して、難しい行程のあるレシピはすべて却下した。混ぜて焼く、混ぜて固めるという程度でできるものを探してきたつもりだったのだが、それなのにキッチンは大騒ぎである。心配そうに覗いているワスタムからそっと視線を逸らせ、リウはリウでデコレーション用の果物を切る作業に没頭したい、のだけれど。

「お、それ美味そう。一個もーらい」
「ねぇ、イチゴ入れたらイチゴクリームになるんじゃないかな」
「フライパンの上からケーキが消えた」

 リウが果物を切る横からレッシンが手を伸ばして食べ、掻き混ぜている生クリームにマリカが妙な手を加えようとし、手首のスナップだけでパンケーキをひっくり返すという技にジェイルが無心で挑戦しているため、心休まる暇はなさそうだ。パンケーキに飾るための果物はだんだんと数が減り、ピンク色の液状生クリームができあがり、そもそも食べられるパンケーキ自体が完成しないという惨状が近い未来に待ち受けていそうな気がして、「ああもう、お前らっ!」とエプロン姿のスクライブが怒鳴り声を上げた。

「本気で作って食う気あんのかっ!?」

 食べ物で遊んでいるわけではなく、彼らは彼らなりに真剣だということは分かっているのだが、目的を理解しているのかどうか不安になってくる。
 リウの声にそれぞれの行動をぴたりと止めた幼馴染三人は、顔を見合わせることもなく真っ直ぐに参謀を見やって言った。

「「「食う気はある」」」
「だろうねっ!!」

 半分涙目になって投げやり気味に返したリウは、もういいオレだけで作る、と四人分のパンケーキを作れるだけの材料を自分の周りにかき集めておいた。




「……結局、みんなで作ってみんなで食べてるだけだけどさ」

 チョコレートプリンとココアパウダーを混ぜて焼いたパンケーキを生クリームや果物でデコレートしたお菓子を前に、マリカが首を傾げながら口を開く。
 「みんなでって、ほとんどオレひとりで作ったんですケド」というリウの言葉を綺麗に無視して、「あんたはそれでいいの」と少女が尋ねたのは満足そうに口と手を動かしている団長だ。

「いい、って何が」

 美味ぇからいいけど、と答えるレッシンへそうじゃなくて、とマリカはリウを見やり、彼の努力によって作り上げられた可愛らしいチョコレート菓子を見下ろす。

「だって、あたしもジェイルも同じもの食べてるし」

 確かにレッシンが求める通りリウの手作りチョコを食べることはできているが、マリカやジェイルも一緒であるためそこに恋人としての特別性はないだろう。独占欲の人一倍強いこの少年はそれで満足なのだろうか。
 マリカの疑問に団長は「別に」と気にしていなさそうに返す。

「オレはリウの作ったチョコが食えればそれでいい」

 たとえマリカやジェイルと同じものを貰うことになったのだとしても、そこに付随する気持ちが異なっていることを理解している。だから問題はないのだ、と少年団長は自信に満ちた顔をして言った。スクライブの軍師が自分を好いてくれているのだと、信じて疑っていない態度と言葉。

「よく堂々と言い切れるわね」

 呆れたような幼馴染の少女へ、「だって美味ぇからな」とレッシンは笑って返す。

「同じものでも、オレが食ってるやつが一番美味い」

 それだけリウがレッシンを好きでいてくれているということ、レッシンがリウを好きだということなのだ、という言葉に、「ばかじゃねーの」と言いながらも参謀は顔を赤らめている。

「あーはいはい、甘い甘い。御馳走様!」
「ふたりが幸せならオレはそれでいい」

 チョコレート菓子より甘い雰囲気を作りだした恋人たちを前に、マリカが苦笑を浮かべて言い、その隣で相変わらず表情の乏しい少年がぼそり、そう口にしたところで。

「今、なんか音、しなかったか?」
「聞こえなかったぞ」
「あたしも」
「……オレには聞こえた、べちゃって音」

 リウの言葉にレッシンとマリカが首を傾げ、唯一ジェイルだけが同意を示す。音の出所はおそらく先ほどまで四人で作業をしていたキッチン。「何の音?」と更に疑問を重ねたマリカから視線を逸らせ、無口な少年は「たぶん、」と己の推測を淡々と語った。

「天井にくっついてたケーキが、落ちた音」

「…………そーゆーことは! やらかした時点で言えっ!!」
「なんでそんなお決まり踏んでんだよ、お前っ!」
「あははははははっ!!」




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2012.02.14
















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