4月1日


「甲ちゃんなんか嫌いだー!」

 そろそろ昼近くになろうかという時間帯。自室で皆守が惰眠を貪っていたところ、不意に騒々しく扉が開かれると同時に降ってくるその声。半分眠った頭では意味を理解するのに時間が掛かるが、考えればなんとなく意図に気付けた。
 掛け布団の隙間から手だけをだしてぱたぱたと振る。その動きに気付いた葉佩が近づいてきたところ、腕をつかんでぐい、と引き寄せた。
 あらかた予想していたらしい彼は、すんなりと皆守の側に体を横にする。

「あのな、九ちゃん。騙すならもっとそれらしい声音で、頼む」
 そんなに嬉しそうに言われたら、馬鹿でも気付ける。

 四月一日。エイプリルフール。イベント好きな葉佩がこんな日を逃すはずがない。

「んー、それ無理。だってあんまり騙す気ないし!」

 何が楽しいのか、そう言いながら布団の中へともぐりこみ、未だ眠りの世界へ片足を突っ込んだままの皆守へ擦り寄ってきた。皆守の腕へ自分の手を絡めて「甲ちゃんの手が嫌い」と笑う。

「甲ちゃんの匂いが嫌い。体温が嫌い。心臓の音が嫌い」

 目を閉じたままそれを聞いていると、本当に嫌われている気がしてくる。堪らずに目を開けると、胸の辺りで葉佩がこちらを見上げてにたりと笑っていた。
 なるほど、と皆守は納得する。つまりは皆守の目を醒まさせたかったのだろう。

「甲ちゃんの目が嫌い。唇が嫌い。甲ちゃんの何もかもが、全部、嫌いだよ」

 どうしてこいつはこんなにも、と皆守は葉佩の言葉を聞きながら思う。視線や声音だけで感情を伝えられるのだろうか、と。どれほど葉佩が「嫌い」と言葉を重ねようと、彼の視線や声音は限りなく皆守への愛を物語っている。全身で愛情表現をしてくる葉佩に、同じくらいとはいかずとも、少しくらいは何か返してやりたい、と柄にもなく思った。

 まあそれはまた今度、だな。

 わざわざ今日この日を選んで言うこともないだろう。妙な誤解をされかねない。それよりも今は、と皆守は葉佩の腰へ腕を回して更に引き寄せ、「九ちゃん、一つ聞くが」と囁きながらもう片方の手で顎をすくった。

「俺とキスはしたいか、したくないか?」

 その問いかけにくすぐったそうに肩を竦めて笑い、「あまりしたくないな」と葉佩は答えた。
 ふわり、と重なるだけの口づけをしたあと、皆守が「ちなみに俺は」と口を開く。

「キスだけで全然満足できるんだが、お前はどうだ?」




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2008.04.02
















葉佩が満足できるわけがないです。