新年くらいは


 窓辺に立ちカーテンの隙間から外へ視線を向ける。暗闇の隙間を縫うように振り続ける雨。ちらほらと白いものも混ざっているので、一時間もしないうちに雪へと変わるだろう。

 この調子で降り続けば明日の朝は積もるな。

 新年早々難儀な、と思いはするものの、どうせ出かける予定はない。同居人も三日間無理矢理休みを取ったと言っていた。ならば部屋の中でゆっくりと雪を見て過ごすのもいいかもしれない。

 問題はこいつがそれを了解するか、だな。

 ちらり、と背後を見やると、H.A.N.Tを片手に「あと1分」と時間をカウントしている葉佩の姿。しかしここは二人で借りているN.Y.の部屋ではない。日本にあるホテルの一室だ。
 何をどう勘違いしているのか、「やっぱり新年は日本に限る!」と主張する葉佩に無理矢理連れて来られたのだ。日本に来たということは初詣にでも行きたいのかもしれない。
 天気が悪い、など葉佩にとっては取るに足らない問題だろう。折角帰ってきたんだし、と連れ出されるのは目に見えていた。そして文句を言いながらも付き合ってしまう自分の姿も想像できる。
 そこまで考えて軽く憂鬱になった皆守が小さくため息をつくと、聞きとめた葉佩が「甲ちゃん、もうちょっとで新年なのに辛気臭い」と唇を尖らせた。しかし直ぐに手に持ったH.A.N.Tへ目を戻す。

「あと10秒」

 デジタルで秒数まで正確に出る表示にでもしているのだろう。そう言ったところでH.A.N.Tを机へおき、「9、8、7」と言いながら皆守の元へと歩み寄ってくる。葉佩は10秒程度ならば時計を見ずとも正確にカウントできる。遺跡では時計を見ている余裕がない場合のほうが多いのだ。おそらくどの宝探し屋も1分くらいなら感覚で計れるだろう。

「5、4、3、2、1」

 続く言葉は「ゼロ」ではなかった。

「A happy new year! 今年もよろしく、甲ちゃん」

 にっこりと笑顔とともに口にされた挨拶に、柄にもなく口元が緩む。

「今年はもう少し大人しく過ごせよ」

 だからといって素直に挨拶が返せる性格はしておらず、照れ隠しにそんな憎まれ口が出てしまう。皆守の性格を熟知している葉佩はそれを責めることなく、「去年は大人しい方だったけどな」と笑った。突拍子もない言動を繰り返し、遺跡となると後先考えずに突っ込んでいく葉佩にどれだけ振り回されたことか。フォローする皆守もかなり苦労したが、それを苦とは思わないのだから自分もそうとう葉佩に参っているのだろう。

「……で、九ちゃん。お前は何やってんだ?」

 新年の挨拶を済ませ満足したのか、皆守の首筋に腕を回し葉佩は体を摺り寄せてくる。首筋に顔を埋め、肌に唇を寄せてくる彼に呆れたように尋ねると、「いやだな、甲ちゃん。分かってるくせに」と葉佩はにまりと口元を歪める。

「お正月って言ったらやっぱり姫始めでしょ」

 あからさまにこちらを煽るように体を撫でてくる手つきに、ふぅ、と小さくため息。皆守のため息の原因の八割以上は葉佩に関することだ。

「お前の頭はそういうことしか考えられないのか」
「だって俺、健全で健康な成年男子だもん」
 基本そういうことでいっぱいよ?

 悪びれもせず堂々とそう言ってのける葉佩はある意味尊敬に値する。皆守だって葉佩と同じ健康な男だ。煽られれば乗るし、葉佩との行為は嫌いではない。ただ彼のようにストレートに欲望を表に出さないだけで。
 ここは素直に乗るべきか、あるいは少し焦らしてやるか。
 そんなことを考えていると不意に机の上のH.A.N.Tが音を立てた。同時に皆守の携帯電話も小さく震えて着信を示す。

「……やっちーかな」
「だろうな」

 二人へのメール着信が同時であったことから、恐らく彼女だと思われる。

「すぐに返さないとうるさいぞ、あいつは」

 皆守がそう言うと渋々と離れて葉佩は机へと向かった。皆守もあとを追い、壁際のソファへ身を沈めて携帯を開く。やはり八千穂だ。まめな彼女のこと、高校時代の友人すべてに年賀メールを送っているのだろう。
 近況を事細かに送ってきている彼女へ簡潔な挨拶だけ返し携帯を閉じる。同じメールが届いているはずの葉佩は、「やっちー、元気そう」と嬉しそうに笑っていた。

「俺も元気です、と。甲ちゃんも元気だって書いとこう。どうせおめでとう、くらいしか返してないでしょ」

 そう言われ肩を竦めておく。「へんしーん」と呟いて葉佩がメールを送り終えたところで、再び葉佩のH.A.N.Tが音を立てた。

「あ、かまちだ!」

 再び高校時代の友人の名前を口にし、年賀メールへ目を通し始める。人付き合いの悪い皆守と違い、何にでも興味を持ち首を突っ込む葉佩は友人が多い。仕事とはいえ半年ほど通った高校であれほど友人を作ったことからもそれが良く分かる。高校の友人をはじめ、ハンター仲間、協会の関係者、前に潜った遺跡周辺で知り合った人間などなど、数えればキリがない。こうしてわざわざ年賀メールを送ってくる人間はそのうちの一割程度だとしても、かなりの人数になるだろう。
 懐かしいなー、元気かなー、と楽しそうにH.A.N.Tを弄っている葉佩をしばらく見つめていたが、彼の作業はなかなか終わりそうもない。
 このままここで待っていてもいいが、眠ってしまいそうだ。眠るならきちんとベッドへ行ってゆっくり眠りたい。
 そう思った皆守は立ち上がりベッドルームへと足を向けた。
 無言のままノブへ手をかけたところで、「あ、ちょっと甲ちゃん!」と慌てたような葉佩の声。

「何寝ようとしてんの! 俺は無視!?」
「忙しそうだから気遣ってやったんだろ」

 くわ、と欠伸をしながらそう言うと、「そういう気遣い、いらない!」と葉佩はH.A.N.Tを机の上へと放置して駆け寄ってきた。

「俺を気遣うっていうなら、姫始め、しよ?」

 可愛らしく首を傾げながら直接的に誘ってくる葉佩に苦笑を浮かべ、皆守はベッドルームのドアを開いた。
 先に葉佩を中へと追いやり、ちらりと振り返ると机の上に放置されたH.A.N.T。小さなその機械を見やってざまあみろ、と思う。その向こう側で葉佩の返信を待っているかもしれない人間に対する軽い優越感。
 こんな小さなことで嫉妬している自分の心の狭さに呆れながらも、新年くらいは、と皆守は思う。

 新しい一年の始まりくらいは、恋人を独占したって罰は当たらないだろう。




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2008.01.05
















あけましておめでとうございます。
卒業後、海外で同棲しているという設定で。
皆守さんは独占欲はあるけど表には出さない人ってイメージ。
束縛したところで無駄だろう、と諦めてる。
けど葉佩はもっと束縛されたいなーとか思ってたり。