繋いだ手 双子だからといって何か特別な繋がりがあるわけでは決してない。ぴんとくるものがあるだとか、虫の知らせを感じるだとか、一卵性ならばもしかしたらありえたかもしれないと夢は見るが、残念なことに自分たちは二卵性。要するに普通の兄弟となんら変わりはなく、相手の機嫌が悪いだとか落ち込んでいるだとか、空気で察するほかない。 雪男の双子の兄は、感情を察しやすいようでいて実は本音を隠すのが自分以上に上手いのではないか、とそう思っている。 嬉しければ笑うし、悲しければ泣く。苛立ちを覚えれば眉を寄せ、怒りを覚えれば声を荒げる。ストレートな感情表現は雪男にとってはありがたく、御しやすいものではある。しかし、どうにも燐の心の奥底が読み切れず不安になる瞬間が、あった。 それはたとえば、今。 祓魔塾関係の仕事があり燐よりも遅れて帰宅した雪男を、燐は「おーおかえりー」といつものように笑って迎えてくれた。 「悪ぃ、飯、先食っちゃった」 「いいよ、別に。僕の分は厨房?」 「ん、火ぃ通してやるよ」 「それくらい自分でやるって」 「ばぁか、飯一人で食うなんて味気ねぇだろ」 明日の仕込みもあるしな、とベッドに寝転がっていた体を起こしてぐん、と背伸びをする。細くしなやかな肢体の後ろでゆらり、と黒い尾が揺れた。燐の側で眠っていたらしいクロがわずかに顔を上げたが、「食堂、行ってくるな」という言葉にぱたむ、と二本の尾でシーツを叩く。ここで眠っている、という意思表示だと雪男にも分かった。 何かあったら来いよ、とクロの頭を撫でている、そんな光景はありふれたもので、雪男とのやり取りも別に普段となんら変わりはない。変わりはないけれど、なんとなく燐の言葉に覇気がないように聞こえた。 ただ眠たいだけなのかもしれない、疲れているだけなのかもしれない、おそらくはそんなに大した理由があるわけでもないのだろう。そう思いはするが、どうにも不安が拭えない。 燐は、双子の兄は、本当に辛いことを自分の中だけにため込んで上手く隠してしまうところがあった。 雪男だってすべてをすべて燐に打ち明けているわけではない、むしろ隠し事や話せないことは雪男の方にこそ多いものだろう。それは自分たち兄弟の置かれている境遇に由来するものだったが、燐の方は違う。ただ一点、自分は兄だからというそれだけで、決して弟には心配を掛けまいとしている。迷惑は腐るほど掛けているというのに、だ。ここまできたら迷惑も心配も同じだろう、雪男としてはすべて明け渡してもらえたらそれだけでずいぶん気が楽になるのだが、燐が決して口を開かないとも分かっている。 何故なら彼は兄だから。 双子なのにここまで兄と弟を意識して育ってきているのは珍しいのだ、と成長するにつれなんとなく察してはいた。実際同じ年なのだから、彼を兄と呼ぶ必要はあまりないのではないか、と思わなくもない。ただそのように育てられた、というだけのこと。自分たちの養父が燐を兄と呼び、雪男を弟とした。 それは何故か。 おそらくどちらでも良かったのだと思う、雪男を兄とし燐を弟としても良かった、ただ生まれた順番に準えてそうしただけだろう。何よりも優先させるべきだったのは、兄弟という繋がりだったのではないか、とそう思う。雪男が燐を「兄」と呼ばずとも双子であることに変わりはないが、ただ名前で呼ぶよりも強い何かがそこには生まれるような気がする。あなたは兄なのだ、と。自分たちは兄弟なのだ、と。たとえ身体は異なれど、精神は人間なのだと、そう伝えることができるような気がする。 養父はこの時を見越して、雪男に燐を「兄さん」と呼ぶように教えてくれていたのではないだろうか。 雪男が燐を「兄さん」と呼べば、彼はどうしたって雪男の「兄」でなければならず、悪魔になど身を変えてる暇はない。彼を引き留めるために、自分の息子を人でいさせ続けるために養父が事前に仕込んでいた小さな策。実際のところこれはかなり大きな影響を及ぼしており、養父が望んだ通りの効力が発揮されているだろう。 しかしそれとはまた別の縛りも、二人の間には出来上がってしまっている。 「兄」だから「弟」に弱った姿を見せられない。 そんな感情がきっと燐の中にはあるのだろう。 兄としてのプライドだなんてくだらない、とそう思う。そんなものは一切合財捨て去って、何もかもを吐き出してしまえばいいのに、と。思いはするがそれでも雪男は燐を「兄」と呼ぶことを止められず、その分燐はずっと雪男の「兄」でいなければならない。 だからきっと、燐は本当に弱っている姿を雪男に見せることはない気がする。 それが淋しくて、それが怖くて。 寮の厨房へ続く廊下を歩く燐の腕を取る。兄さん、と呼んで一回り小さな身体にぎゅうと抱きついた。どしたのお前、と驚いたような目を向けられたが、疲れてるんだよ、と返しておく。 嘘はついていない。疲れているのも事実で、こうしていると安心するのもまた事実。 「雪男さぁ、こっち来てから甘え癖、ひどくなってねぇか?」 どこか苦笑交じりの言葉に、「イヤ?」と尋ねれば、擽ったそうに燐は肩を竦めた。 「全然ヤじゃねぇよ? むしろ、弟が甘えてくれてにーちゃんは嬉しいね」 良い子良い子、と小さな子供にするように頭を撫でられ悪い気がしないのは、燐の手つきがどこまでも優しくて、本当に雪男を気遣ってくれているのが分かるからだろう。この手を守るためならばどんなことでもしてみせよう、そう思う。 細い腰に腕を回して更に抱き寄せれば、ぽんぽん、と背中を緩く撫でられる。 「大丈夫だ、お前が頑張ってんの、今の俺はちゃんと知ってる」 昔、心身ともに辛うじて人間の姿をしていたとき、彼はまだ何も知らなかった。どうにもその時のことを悔いているらしい。自分一人何も知らずごめん、と。それは敢えて知らせていなかった雪男たちの方こそ謝罪するべきだと思うのだが、燐はそれでもごめん、とそう言う。 正直、双子の兄が悪魔であろうと何であろうと、雪男にとってはどうでもいいことだ。ただこの優しくて温かいひとを失いたくないだけ。虚無界にも騎士團にも渡したくないだけのこと。 大丈夫、と背中を撫でてくれる兄の頭へ頬を摺り寄せ、顔を上げてみればふわりと笑みを浮かべた燐と目が合った。こつん、と額を合わせ、吐息がかかる距離で「キス、していい?」と尋ねてみる。顔を赤くした燐は「だめ」と一言だけ。恥かしいのかあるいはキスだけで終わらないと思ったのか。柔らかな唇は部屋に戻るまでお預けらしい。残念に思っていたところで、「俺からするから」という言葉の後に下からちゅ、と唇が押し付けられる。 「…………」 「…………」 予想外の言動に幾分放心していれば、頬を赤らめたままの燐に「なんか言えよ」と怒られた。 「…………兄さんが可愛くて死にそう」 素直にそう口にして今度は雪男からキスを落とした。しっとりと重ねるだけのものだったが、ふんわりと心が温かく軽くなっていく。舌を伸ばしたい気持ちがないこともなかったが、それは抑え込んで今はただ燐の温かさだけを存分に味わっておいた。 「飯、食うんだろ」 名残惜しく思いながら顔を離せば、燐は視線を反らせてそう口を開く。あからさまな照れ隠しに頬を緩めて「うん」と頷いた。 こちらを見上げないまま背を向けてしまったが、行くぞ、と手を引いてくれるあたりが本当に愛おしくて仕方がない。もう一度「うん」と子供のように答え、促されるまま足を踏み出す。 昔と同じように兄に手を引かれて進む道。異なっているのは身体が成長しているくらいのことで、きっと心の中は昔と変わらぬまま。 先を行く燐に、小さな声で「ありがとな、雪男」とそう告げられ、やっぱり敵わないなぁと握る手に力を込めた。 ブラウザバックでお戻りください。 2011.05.30
結婚式はいつですか? あ、もうしてんのか。 pixivより転載。 |