確かめさせて?


 ひょんなところからひょんなものを手に入れた。
 今日はクリスマスイブ。
 となれば。


 ただより高いものはないとはよく言われるが、それにしてもただはただ。一円も出費していないにも関わらず、手元に一円以上の価値があるだろうものが残っているのだ。若干のお得感を覚えても仕方がないだろう。
 折角だしとりあえず着てみようと思うのもまた自然な流れだと思うのだが、弟からすればそうではないらしい。

「僕なら絶対に着ないね」
 フェレス卿から貰ったものなんて。

 突然やってきた白いシルクハットの悪魔が、「クリスマスプレゼントです」と置いていった代物は、真っ赤なサンタクロースの服だった。大きく開いた首回りは白いボアで飾られ、同じ飾りが袖口と裾にもついている。胸にはボンボンが二つ。クリスマスイブだからこれくらいの茶目っ気は許されるだろう、と上着を着てみた時点で下のズボンがないことに気が付き、だからただだったのか、と納得した。上半身だけクリスマス気分、というのも面白かったが、やはり揃っていなければ不格好で仕方ない。そう思い上を脱ごうとしたところで弟が帰宅してきたのだ。
 何してるの、と眉を顰めた雪男へ服を手に入れた経緯と現在の状況を説明すれば、冒頭のセリフを口にしたあと、しげしげと燐の姿を見て「兄さんそれ、」と纏うサンタ服を指さす。

「女物のワンピースなんじゃないの?」

 スカートだから下に履くズボンがないのも当然では、と雪男はごく当たり前のようにそう指摘した。ええと、と自分の姿を見下ろし、膝上まで丈のあるサンタ服の裾を摘む。確かに若干丈が長めで裾の広がった上着だなとは思っていたが。

「…………前から思ってたけど兄さんってほんとバカだよね」

 普通は一目見てそれと分かるだろうし、着る前にズボンがないことくらい気が付けるだろう。
 しみじみとそう言われ、返す言葉が見つからない。おっしゃるとおりで、と赤くなった顔を俯かせ、もそもそとサンタ服から腕を抜いた。こんなものはさっさと脱いでしまうに限る。そう思ったのだが、そんな燐を前に雪男が「ストップ」と声を上げた。

「ねぇ、せっかくだからちゃんと見せてよ」

 コートを脱いで鞄を置き、自分は部屋着に着替えながら弟は兄へそう求める。

「……ちゃんと?」

 服を脱ぐ手を止めどういう意味だ、と首を傾げれば、「だってそれスカートでしょ?」と雪男は笑みを浮かべて言った。

「だったら下にズボン履いてたら駄目じゃない」

 ズボンが見あたらなかったため、燐はサンタワンピースの下にまだスウェットを履いたままである。雪男はそれを脱げ、と言っているのだと理解し、燐の顔が真っ赤に染まった。

「なっ、何言ってんだ、お前っ!」

 バカじゃねぇの、と罵れば「兄さんにだけは言われたくない」と返ってくる。

「そりゃそうだ……じゃなくてっ!」
 何で俺が女装とかしなきゃなんねぇんだよっ。

 クリスマスイブなのだからサンタ服くらいは許されるだろう、そう思って着てみはしたが、女装を良しとしているわけではない。大体明らかに男であると分かるものが女装をしたところで、気持ち悪いだけだと思う。そう力説すれば、「でも僕、兄さんの女装、見たことないし」と雪男は言った。

「ったりめぇだ、そもそもしたことねぇよ!」

 誰が好き好んでそんなアブノーマルなことをするというのか。確かに多少考えが足りず、直感で動く部分の多い燐ではあったが、だからといってそんなことをする趣味は欠片もない。あの性悪ピエロではあるまいに、服装に関してはごく全うなセンスと感覚を持っているはずだ。(が、弟曰く燐のタンスの中は「変なTシャツばっかり」らしい。)
 ワンピースの裾から伸びる尾をパタパタと揺らしてそう抗議すれば、「でもだったら」と弟は口を開く。

「本当に気持ち悪いかどうかも分からないよね」
「は?」
「だってしたことないんでしょ、女装」
「ねぇっつってんだろ」
「だったら、兄さんがスカート履いてる姿が気持ち悪いかどうか、分からないじゃない」

 誰も見たことがないものをそう判断するのは早計だ、と弟は言いたいらしい。

「……いや、分かるだろ、普通」

 こう、何といえばいいのか、考えたら分かることだと思う。たとえば女と間違われるような美少年であれば、女装をしても見ることのできるレベルには仕上がるかもしれない。しかし燐はどう考えてもそのようなタイプではないと自分でも分かる。
 少ない語彙を駆使してそう説明してみるが、弟は頑として燐の言葉を認めようとはしない。過去の経験から基づく推測であったとしても検証なしにそれを事実としては語れない、その事象を真とするためには万人とは言わずとも八割の人間が納得できるような根拠を提示しなければ云々。
 くどくどと紡がれる言葉は何やら難しい熟語が多く、燐には半分も理解できなかった。
 けれど、雪男の言いたいことを要約すればつまり。

「お前は俺のミニスカサンタが見たいんだな?」
「さっきからそう言ってるじゃない」

 あっさりと認められ、呆れのあまり言葉も出てこない。口を開けたまま顔を赤く染める燐へ、「兄さん、ほら、」と雪男が追い打ちをかける。

「そのスウェット脱ぐだけじゃない。三秒もかからないでしょ」
 だから早く。

 至極真面目な顔をして迫られていることといえば、脱衣と女装。にじり寄ってくる双子の弟の迫力に押され、徐々に燐は部屋の隅に追い詰められていく。壁に背を預け、見上げるは憎らしくも大きく育った弟の顔。何もパンツまで脱げって言ってるわけじゃないんだし、という言葉は譲歩しているようで全くしていない。何事にも研究熱心で自分の目で確認しないと気が済まないんだと嘯く雪男は「ねぇ兄さん、お願い」とこんなときばかり弟の顔を作ってみせる。

「確かめさせて?」
 もしかしたら気持ち悪く思うどころか勃つかもしれないし。

 にっこり笑顔で放たれた言葉に、クリスマスイブだというのに、どうしてだか涙が出そうになった。




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2011.12.24
















兄ちゃんおバカで、弟変態。