似ている 双子の弟の帰りは遅い。 いつの間にか兄である自分を置いて先に進んでしまっている彼には、やらなければならないことが腐るほどあるらしい。悪魔の炎を身に宿しているとはいえ、どちらの意味においてもただの学生でしかない燐からすれば、想像もできないような激務の中に身を置いているようだ。 その日もまた先に燐を寮へ戻した後、雪男はどこぞへ出かけてしまった。しばらくしても帰ってこず、夕飯をどうするつもりなのだろうか、と悩みながらクロと共に布団へ潜り込む。 「……大丈夫か、あいつ……」 明らかに睡眠時間が少ないと思うのだが、それで体を壊さないかが心配だ。 昔から雪男は燐と異なり真面目で勤勉な性格をしていた。同じ血が流れているはずなのにどうしてこうも違うのか、不思議に思っていたが、「そりゃ燐は燐で雪男は雪男だからだろうが」と養父に言われたのを覚えている。 そう、実際にその言葉は正しい。 燐は燐であり、雪男は雪男である。たとえ同じ腹から同じ時に生まれていても、飽くまで別個の存在だ。だからこそ、燐の悩みは燐にしか分からず、雪男の苦しみは雪男にしか分からない。 強くなりたかったから、と祓魔師になった理由を弟はそう告げた。燐もそうだ、強くなりたかった、だからその道を進もうと決めた。 それでは何故。 何故雪男は祓魔師になってでもその強さを手に入れたい、と思ったのか。 きぃ、と扉の軋む小さな音が耳に届く。室内に入り込む気配、心の琴線に触れないそれは、だからこそ最も信頼できる相手だと分かる。 「ゆき、お……」 お帰り、お疲れさん、飯はどうした、いろいろ言いたいことが頭を巡るが、半分ほど眠っているため上手く言葉が出てこない。とりあえず顔だけでも見ようと起き上がりかけたが、「いいよ、寝てて」と落ち着いた声が耳に届いた。次いでひょいと覗き込んでくる顔。 「ごめん、起こした」 苦笑を浮かべる弟の疲れた様子を前に、うつらうつらしながら考えていたことがほろ、と口から溢れた。 辛くないか、と。 「……辛い? 僕が?」 突然の問いかけにきょとんとしたように雪男は首を傾げる。 「そう思ったことはないよ」 言いながら弟が離れていく気配。衣擦れの音が耳に届き、コートを脱いでいるのだろうとぼんやり思う。彼はこのままベッドへ向かうことができるのだろうか、まだ机に向かうつもりなのだろうか。 考えながら、「でも、だって、お前、」と燐は睡魔に侵された声音でつらつらと言葉を綴った。 「それ、俺が、こんな、だから、だろ……?」 もし仮に、燐の中にサタンの炎が受け継がれていなければ、きっと弟は普通の学生生活を送ることができていたのだ。おそらくたとえそれがなくとも、燐自身は頭もよくなく短気で料理以外これと言って得意なこともないため、ろくな人生は送れなかっただろう。しかしそんな自分とは違い、雪男は本当によくできた弟なのだ。悪魔だの祓魔師だのは関係なく、ただ普通に高校に通い大学へ行き、多くの友達に囲まれて、幸せな人生が待っていたに違いないのに。 医者になりたい、と。そう言っていた雪男はまだ彼の中に生きているのだろうか。 「ごめん、な」 もちろん、すべてがすべて自分が悪いと思ってはない。むしろ燐だって好きでこのような身体になったわけではなく、迷惑をこうむっている側だとは思う。子は親を選ぶことはできない、ただそれだけのこと。 それでもやはりどうしたって考えざるを得ないのだ、もし、と。 もし自分たちがサタンの血を継いでいなければ。 継いでいたとしてもそれに負けないだけの力を持っていれば。 今のように目覚めることがなければ。 きっと雪男の人生は、と。 考えても仕方がないことだろうけれど、と思いながら、「無理、すんなよ」とだけ告げ、燐は返事を待たずに目を閉じた。 嫌われるのは慣れている、誰に何を思われても気にするだけの繊細さは持ち合わせていない。 けれど、さすがに。 血肉を分けた双子の弟にまで厭われるのは、 少々、堪える。 ** ** 返す言葉を考えている間にベッドからは小さな寝息が聞こえてきた。どうやら睡魔に負けてしまったらしい。 強張っていた肩から意識的に力を抜き、暗闇の漂う夜気を肺へ取り込む。三秒ほど息を止めた後大きく吐き出して、そうして続ける、「馬鹿じゃないのか、あんた」という聞くもののいない罵声。 どこをどうしたらそんな思考回路になるというのか。 一度兄の頭をかち割って覗いて見たいものだ。 「……むしろ、謝るべきは僕のほうだろ」 そんな面倒くさいものを押し付けてごめん、と。 言ったところで燐は決してそれを認めようとはせず、謝罪を受け取りもしないだろうことが分かっていたため口にしたことはないけれどそれでも。「どうして俺だけ」と雪男を責める資格が燐にはある、そう思う。 同じ腹の中で育ったというのに、何故兄にだけその炎が宿ってしまったのか。どうして胎内で雪男(と名付けられる予定のもの)だけ発育が良くなかったのか。 可能ならばせめて半分でもいい、雪男の中に入り込んでくれていたのなら、今のような苦しみをすべて押し付けることもなかっただろうに。 結局自分たちは、考えても仕方のない「もし」を考え、そうして互いに謝罪を口にする。 容姿も性格もあまり似ておらず、「本当に双子?」と首を傾げられることの多い兄弟。 意外に似ている部分もあるものだ、と思い、雪男はもう一度小さくため息をついた。 ブラウザバックでお戻りください。 2011.05.24
基本互いを思いやる気持ちがすれ違ってる兄弟。 pixivより転載。 |