奥村兄弟のセイカツ(洗濯) 天気の良い土曜日は洗濯の日。 両親はおらず寮住まい、後継人はいるが世話をしてくれる人はいない。そのため奥村兄弟は日常的な家事も時間を見つけて行わねば、文化的な生活を送ることができなくなってしまう。色々な制約を負っているとはいえ、未だ祓魔師としては修行中の身である燐よりも、既に称号を得て祓魔師として任に就き、講師をし、その上特待生として高校生活も送らねばならない雪男の方が時間的余裕がないのも当然のこと。料理以外はさほど得意という方ではなかったが、もともと修道院にいるころから「てめぇの世話くらいてめぇでできるようになっとけ」という養父の教育のおかげで、一通りのことはできるつもりだ。ただ人に言えばらしくない、と笑われるだろうことが分かっているため公言することは滅多にない。 「おーい、ゆきおー、天気良いからシーツ洗って布団干すぞー」 高校も祓魔塾も休みである土曜日の午前中。 調理場で一通りの作業を終え、ついでにそのまま洗濯も済ませ屋上に干してきた。初夏の日差しが心地よく、適度な風もあるためきっとよく乾いてくれるだろう。 どうせなら徹底的に洗濯してやろう、とそう思い、部屋に戻ると同時に未だベッドの住人である弟へそう声を掛けた。 平日ならば雪男が燐よりも遅く起きるなどあり得ない。しかし休日で、雪男の方に特に用事がなければそれが逆転することがときどきあった。なぜなら。 「…………」 もそもそと布団から腕を出した雪男が指さすのは、彼が寝る間際に張り付けたのだろう、ベッドの枠で揺れている紙切れ。そこには『就寝AM6:00』の文字。要するに、寝たのが朝だから起こすな、という意味だ。 翌日の予定がない場合、雪男はとにかく寝ようとしない。手持ちの作業に時間を使い、身体が限界を覚えてようやく布団に潜り込む。今日もまたそのパターンのようで、メモを見たからこそ敢えて起こさずにクロと二人(一人と一匹)だけで朝食を取ったのだ。 「知ってるっつの。けど折角天気良いんだから、布団干すぞ」 学生である燐たちには平日に余裕などなく、何らかの家事をしっかり行おうと思えば土日祝日が勝負なのだ。今日のこの天気はどう考えても燐に『洗濯をしろ』と囁き、『布団を干せ』と叫んでいるに違いなかった。 「だから洗う! ほら、起きろとは言わねぇ、予備の布団敷いたから、そっちに移動しろ」 雪男、と夏用の薄い布団を被った弟の身体を揺さぶってみるが、どうにも起きる気配がない。おい、ともう一度呼びかけてみれば、「しなない、から」とぼそりと返ってきた。 「……ふとん、ほさなくても、しなない」 「…………」 一般的に、奥村兄弟を二人とも知っているひとたちが言うには、燐の方が大雑把で雪男の方が神経質な性格をしている、らしい。いや、実際にはその通りな部分が大きく、否定はしない。しかし、すべてがすべてその通りかと言われたらそれは首を横に振る。 「ば、か、た、れ! 確かに死にゃしねぇだろうけど、太陽に布団当てたらすっげぇ気持ちよくなるんだぞ! 兄として、俺はお前に気持ちいい睡眠を取らせなきゃなんねぇんだよ!」 だから移動しろ、と投げ出された腕を取って引けば、ようやく雪男が非常に不機嫌そうな顔をこちらに向けた。もともとかなり目が悪いため、眼鏡を掛けていない雪男は物騒なほど目つきが悪くなる。 「そんな怖ぇ顔してっと、にーちゃん泣いちゃうぞー」 そう言いながらも更に雪男の腕を引けば、ようやく燐の言葉に従う気になったらしい。のっそりと体を起こし、ベッドから降りた弟は這うようにして床に敷かれた予備の布団へと移動した。彼が身体に巻きつけたままだった布団を奪い取り、代わりのタオルケットを腹にかけてやってふぅ、と一息。 雪男が細かな部分までこだわる性格を見せるのは、自分に興味のある分野だけ、あるいはそうすることにより作業がしやすくなる場合だけ。頭の良い弟に言わせると、「合理性と効率を重視」しているのだそうだ。確かに布団を干そうが干すまいが、一時の快楽に関係しているだけで、雪男の仕事には直接関わってこないだろう。 たとえば、使っている洗濯洗剤の種類を変えただとか、柔軟剤を使っていないだとか、干したばかりの布団だとか、燐には気になることが雪男にはどうでもいいこととして映るらしい。 「ほんと、全然違ぇよなぁ」 布団を抱えて屋上までのぼり(こういうとき力が人並み外れているというのはとても便利だ)、予め綺麗に拭いておいた柵へ干す。布団叩きは見つからなかったため、ハンガーを代わりにぽふぽふと叩きながらそう呟きを零した。 真逆の性格をしている、とは言わないが、似ている部分は本当に少ないと思う。淋しいと思わなくもないが、こんな自分に似ていても仕方ないだろうから似なくて良かったと考えるべきだろう。 ハンガーを片手にぐん、と背伸びをし、ふと視線を下へ向ければ足元でクロが尻尾を振っていた。おいで、と手を広げると軽やかに飛び上がり、燐の肩へと乗ってくる。 『りん』 「おー、クロもふかふかだな!」 太陽の光に当てられ、猫又の黒い毛もふわふわと膨らみいい匂いがする。きっと今干した布団も、取り込む頃にはこんな気持ちよさを抱え込んでくれるだろう。 少しの努力で癒しアイテムを手に入れることができるのだから、布団を干すことくらいこまめに行ってもいいと思う。そんなことを口にすれば、「兄さんは変なところで細かいよね」と呆れられるのだけれど、燐からすると雪男の方が変なところで大雑把すぎる。 『りんも、ふかふかになろう!』 ぐるぐると喉を鳴らしてクロがそう誘ってくる。まだ日差しもそう強くないため、ここで横になればきっと気持ちいいだろう。 「いいな、それも」 ひどく魅力的な誘いではあったが、「でも洗濯機の中のシーツ、干さなきゃな」とクロへ頬を擦り寄せて言った。 旧男子寮といえど、一応ここへ兄弟を住まわせる際に気を付けてくれたのか、意外に内部の設備は整っている。洗濯場には洗濯機の他に乾燥機もちゃんとあるのだが、燐はそれを使うことはほとんどなかった。「乾けば同じなのに」と雪男は眉を潜めるが、やはり太陽の光に当て、風に晒しておきたいのだ。その方が何倍も、何十倍も気持ちの良い仕上がりになる。 真っ白いシーツが風になびく、その光景を腰に手を当てて見やり満足げに笑みを浮かべた。今日の夜はきっといつもよりずっと気持ちよく眠れるに違いない。 「よっしゃ、終わり!」 『おわりー! りん、ひるねする?』 「ははっ、飯の準備して、寝坊助起こして、昼飯食ってからな」 起きてすぐに重たいものは食べることができないだろうから、何かさっぱりとしたものが良いだろう。考えながら振り返ろうとしたところで。 「う、おっ!?」 『ゆきお!』 背後から伸びてきた腕にぎゅう、と抱き込まれた。一足先に飛び降りていたクロが、そう声を上げる。が、クロに言われずともこんなことをする人物の心当たりなど一人しかいない。 「おなか、すいた……」 どうやら双子の弟、空腹により目覚めたらしい。肩に顔をうずめたまま呟く雪男にぶは、と吹き出し、少し茶色みを帯びた黒髪を撫でた。これはもう調理に時間などかけていられない。素麺あたりを茹で、昨日の晩の残りをおかずにすると決める。 さっさと昼食を済ませ、片づけを済ませたらその足で雪男を連れてまた屋上に戻って来よう。 天気がよく風の気持ちいい土曜日の午後。 双子の弟とクロと一緒に屋上で昼寝。 なんとも贅沢な予定ではないか。 ブラウザバックでお戻りください。 2011.07.25
燐は変なところでA型っぽかったら可愛い。 pixivより転載。 |