双子の悪魔、悪魔の双子。(2)


 ひとまずゆっくりできるところでお話しましょう、と案内された場所はメフィストの仕事部屋、要するに理事長室であった。

「まったくもって全然ゆっくりできませんけどね」

 主に内装的に、と眼鏡を押し上げながら辛らつなことを口にする弟の隣で、俺は嫌いじゃねぇけどな、と兄が無邪気に笑う。相変わらず対照的な反応をする、と喉の奥で笑ったメフィストは「まあどうぞ、おかけになってください」と来客用のソファを勧めた。
 あまり訪れる機会のない燐はきょろきょろと物珍しそうにあたりを見回し、「お、あの人形は知ってるぞ」だとか、「PS3あんじゃん」だとか、指をさして楽しそうに言う。事態の重大性に気が付いていない、気が付こうともしないその姿勢は彼が大物だからではなく単なる馬鹿者でしかないからだ、と雪男は常々思っていた。

「それで、奥村先生。あなたの見解は?」

 にやにやと厭らしい笑みを浮かべて尋ねられ、「見解も何もないでしょう」と雪男は答える。

「ご覧いただいた通りですよ。おそらく、騎士團としては最も避けたかった事態です」

 僕にとってはどうでもいい問題ですが、と付け加えるのを忘れない。

「いやはや、すっかり開き直ってますねぇ」
「足掻いたところでどうにかなる問題でもないですから。守りたいものと同じ位置の方が手が届いていいでしょう?」
「守るも何も、あなたも祓われる側になってしまっていますが?」
「それをあなたが言いますか?」

 同じ穴の貉のくせに、と雪男はにっこりと笑みを浮かべた。互いに口調こそ丁寧だが、そこに流れる空気の冷たいことが鈍感(だと日ごろ罵られている)な燐にも分かる。正直、ちょっと怖い。間に入っていけるわけもなく、二人のやり取りを聞き流すに限る、とソファの上に転がっていた魍魎を模したクッションをぎゅうと抱きかかえて黙っていれば、「力も制御できないひよっこに言われたくはありませんね」とメフィストが言い放った。

「あ! そうそう、アレなんなんだよ! あんな炎、俺知らねぇぞ!?」

 それに雪男が言葉を返す前に、燐は思わず口を開いてしまう。

「メフィスト、なんか知ってんじゃねぇのか?」

 この悪魔ならば自分たちよりも悪魔の力に詳しいに違いない。有益な情報でもあるのではないか、と目を向けるが、「御冗談を」と肩を竦められてしまった。

「そもそもそれはあなたの、いや今は『あなたたちの』と言うべきですかね。あなたたちの炎でしょう? 第三者である私が何かを説明できるわけがない」

 言われてみればその通りなのだが、こちとら十五年間何も知らされずに生きてきたのだ。事実を知っていた雪男でさえ目覚めたのは今朝のことで、他の誰かを頼りたくなるのも仕方がないと思ってもらいたい。

「俺も暴走はしてたけど、あんな強い炎が出てきたの、初めてだ」

 雪男の言葉に従って刀を収めなければ、あのまま巨大化した炎が寮を燃やしていたかもしれない。被害が建物だけで済むならいいが、人間にまで襲い掛かるようになってしまったらと思うとぞっとする。魍魎型クッションを抱きしめる腕に力を込め押し黙ってしまった燐を見やり、雪男もまた眉を潜めた。
 そもそも、倶利伽羅に封じ込められていたのは燐の力だけではなかったのだろうか。いくら魔剣とはいえ、ふたりの悪魔の力を抑え込めるようなものが物質界に存在するとは思えない。雪男とほぼ同じ疑問を抱いていたのだろう、「失礼」と言いながらぱちん、とメフィストが指を鳴らせば、次の瞬間には燐の側にあった倶利伽羅が綺麗に奪われてしまっていた。

「えっ!? あっ、おまっ、ちょ、その力、ずりぃだろっ!」

 驚いた燐が声を上げるが、「悪魔に『ずるい』は褒め言葉ですよ」とメフィストは取り合わない。そのまま魔剣の柄に手をかけ、するり、と鞘から刀身を抜いた。

「!?」
「…………ッ」

 途端双子の兄弟が青い炎に包まれる。やはり先ほど見た異常なまでに勢いのある炎は錯覚ではなかったらしい。

「兄さん、こんなの、使ってた、の?」
「俺だけんときは、こんな強くなかったっつの!」

 とりあえず暴走だけは避けたいとそれぞれ奥歯を噛んで堪えていれば、面白そうに兄弟を見やっていたメフィストがす、と刀を鞘に押し戻す。しゅる、とまるで身体に吸い込まれているかのように青い炎は消え失せ、刀を抜けば再びぼぅ、と灯った。何度かそれを繰り返される。
 いつだったかどこかの緑頭にもそのようなことをされた覚えのある燐は、どちらかと言わずとも短気な方で。

「――――ッ、俺らで遊ぶなぁあっ!」
「ああもう、兄さん! 怒鳴らないで、余計に炎が大きくなる!」

 クッションを放り投げて立ち上がった兄を押えようと雪男がその手首を掴んだ。その途端、双子の兄弟は揃ってびくり、と身体を揺らし、一切の行動を止めてしまう。

「……どうしました?」

 訝しんだメフィストが刀を戻してそう尋ねるが、兄弟は互いに視線を合わせてどこか呆然としている。視線で会話でもしているのだろうか、こちらはそのような能力などなく言葉にしてもらわなければ分からない。しかし数百年ほど年上である兄の寛容具合を見せてやるべきか、と黙って待っていれば、ようやく燐が「メフィスト」と口を開いた。

「もっかい刀、抜いてみてくんねぇ?」

 彼の意図は分からないが何か思うところがあるのだろう。分かりました、と魔剣を引く。先ほどと同じように双子の身体は大きな一つの炎に包まれたが、勢いは若干弱まっている、ように見えた。おや、と目を瞠っていれば、雪男が黙ったまま掴んでいた燐の右腕から手を離す。
 同時に炎の勢いはぼぅ、と強まり、腕を取ればまた勢いは弱まった。その状態で今度は雪男が「メフィスト卿」と名を口にする。

「あのゴミ箱の中身、燃やしても?」
「? ええ、まあ、ゴミ箱ですから」

 書き損じの書類や、メモ、菓子の空き袋が入っているくらいだろう。首を傾げながら答えたと同時にぼぅ、とゴミ箱の中に青い炎が現れた。

「ほう……」

 おそらくそれは兄弟の力。入れ物を燃やすことなく中の不要物だけを燃やした、ということか。これは少し面白いかもしれない、と目を細め、メフィストがぱちんと指を鳴らす。
 室内に現れたのは下級の魍魎たち。ふわふわと宙に浮くそれらを、双子の兄弟は順番に燃やし消滅させていく。それは燐が刀を振るうより、雪男が銃を握るよりも早く、正確な所業だった。
 なるほど、と小さく呟き、手にしていた刀を鞘へと戻す。しかしおそらくコツでも掴んだのだろう、兄弟が操る炎は消える様子を見せず、結局メフィストが召喚した魍魎をすべて燃やし尽くしてしまった。

「もともと一つの力だった、ということでしょうかね」

 双子の母の胎内に生み出された魔神の力は強大ではあったが、数で言えばただ一つきりだった。双子が双子として生まれず、ひとりであったのならこの力はおそらくその人物だけのものとなっただろう。

「いやむしろ、ひとりでは抑えきれないから敢えてふたりになった、という可能性も考えられなくはない、か」

 何せその力は恐れるべき虚無界の王のものなのだ。物質界のものがその力に耐えられぬよう、虚無界のものだって力の欠片に触れただけで消滅してしまう場合さえある。たとえ悪魔の身体であっても、ひとりのものがこれを抱えるには大きすぎた、のかもしれない。

「……まったく、心底恐れ入りますね、父上の力には」

 そしてそれを引き継いで目覚めてしまった、双子の弟たちに力にも。
 ふぅ、とため息をついたメフィストの前では、兄弟が顔を突き合わせて手を握ったり離したり、炎を呼び出して暴走させかけてみたりと、自分たちの能力を把握しようと努めているところだった。

「試すのは構いませんが、私のコレクションを燃やさないでくださいよ?」

 呆れたような言葉に、燐は「大丈夫だって」と笑って答える。炎を操るコツは何となく掴めてきた。ひとりで修業をしているときあんなにも苦労したのが嘘のようだ。
 そう口にする燐へ、「さっきメフィスト卿が言ってただろ」と雪男が肩を竦める。

「もともとひとりで御することが難しいからふたり、必要だったんだ」

 だから燐がひとりで行おうとしていたときに失敗が多かったのも、ある意味仕方がなかった。弟の言うとおりなのだろうが、それでも、と燐は繋いだ手を見下ろして眉を寄せる。

「炎出すときはずっとこれってのもちょっときつくねぇか?」
「安易に炎を出さなければいいだけでしょ。僕は今まで通り銃を使えばいいし、兄さんは刀の修行を続けること」
「あ、そか。分かった」

 炎を纏わせていないときまで手を繋いでいる必要はないのだ、必要な時にこうして触れ合い力を使えばいい。それはそれで訓練が必要だろうが、対策がまったく分からないよりはずいぶんとマシだろう。

「でもさ、ぶっちゃけ炎が暴走するより、これやって炎出す方がすげぇ威力になんねぇ?」
「暴発させたらどこまでの火力になるか分からないけど、確かにこれは酷いね」

 おそらくはその力を有するものにしか分からない大きさなのだろう。酷い、怖い、と盛り上がり、「この学園っていうかこの町くらいなら簡単に吹き飛ばせるね」「結界? なにそれおいしいの状態だよな」と物騒な言葉まで口にする。

「ちょっと、末の弟たち。お兄様の城を破壊する話はしないでくれませんか?」
 しかも笑顔で。

 口の端を引きつらせながらメフィストがそう言えば、「でもさ、ほら、兄貴だっつーんだったらさ」と燐がにやりと口元を歪める。

「弟の能力を正確に把握しておく必要もありますよね?」

 何たってお兄ちゃんなんですから、とにっこりと笑った雪男がソファから腰を上げた。「俺さ、さっきからずっと言ってみたいセリフ、あんだよなー」と言いながら、燐もまた弟の隣に立つ。

「あー、分かる。すっごい分かる。これでしょ?」

 上を向けて差し出された雪男の掌へ、「そうそう」と笑いながら燐が自分の手を重ねた。
 身の内に灯る炎は物質界に留まれないほど強大な力である魔神のもの。それでも手を繋いでいれば御することなど簡単で、先ほどから兄弟で手を繋いではその力を試しているうちに、どうにもふたりで手を繋ぐこのポーズが有名な某シーンと被って見えてきて仕方がなかった。双子だからだろうか、どうやら弟も同じように思っていたらしい。
 正面にはいぶかしげな顔をした男がおり、シチュエーション的には完璧だ。残念ながら相手はサングラスをかけておらず、大佐でもなんでもなかったけれど。
 重ねた手をす、と前に出し、口にするは言葉は一つしかない。

「「バルス」」

「やめなさいっ!」

 怒られた。

 すこん、すこん、と二人の頭に投げつけられたものは、おそらく机の上に重ねられていた本だろう。綺麗に角から当たるように投げてきた自称兄に、「ちょっと君たち、そこに正座なさい」と床の上に座るよう命じられた。

「ごっこ遊びするならもっと可愛いものにしなさい、可愛いものに! 大体、私はジブリならトトロが好きなんです! ラピュタも好きですけどね!」

 正座した双子の前に立ち腰に手を当ててぷりぷりと怒る兄を見やり、「ホントにやるわけねーじゃんなぁ」「ちょっとしたお遊びだし笑ってくれてもねぇ」と双子は顔を見合わせて唇を尖らせる。全く悪びれていない様は非常に悪魔らしいが腹立たし事に変わりはなく、こめかみを引きつらせたままメフィストはぱちん、と指を鳴らした。

「うおっ」
「おもっ」

 膝の上に現れたバリヨンに悲鳴を上げれば、「そこで少し反省してなさい!」と言い捨てメフィストはぼふんと双子の前から姿を消してしまった。
 もふもふと立ち上る煙が消えるまで待った後、双子は顔を見合わせて肩を竦める。

「次はトトロごっこでもするか」
「僕、中トトロね」
「じゃあ俺小トトロ。クロが大トトロ」
「メフィスト卿はネコバスだね」
「犬だけどな」
「いや、変身しないで、人型のまま」
「……背中に乗るのか」
「お腹の上でもいいよ?」
「……せめてひとりずつ乗ってやろうな」

 どこまで本気なのか分からない口調でそんなことを言う二人の手は繋がれたまま。
 とりあえず双子の悪魔、まったく懲りていない様子である。




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2011.10.04
















「バルス」が書きたいがために書いた覚醒ネタ。
Pixivより。