双子の悪魔、悪魔の双子。(3)


「……は?」
 一応お知らせしておいた方が良いかと思いまして、と口を開いた知人の息子は、今まで他人に見せたことがないような(少なくともシュラは見たことがない)満面の笑みを浮かべて爆弾発言を落とした。

 どうやら僕も悪魔だったみたいです、と。

 僅かに尖った耳、唇の端から覗く犬歯。確かにそれらは人間の姿を借りた時の悪魔の特徴であったが、つい先日顔を合わせた時までこの男は確かに人間であったはず。にわかには信じられず、「何言ってんだビビリ」と眉を潜めれば、「ほら」と少年が見せたもの。
 ゆらり、と背中の後ろから出てきたそれは、黒い悪魔の尾。彼の双子の兄が背後に揺らしていたものと同じそれ。
 はぁああああ? と、シュラの悲鳴が教室内に響き渡った。

 詳しい事情を聞こうにも彼ら双子でさえ原因はよく分からないと言う。「朝起きたら雪男がこーなってた」と胸を張って燐が言い、もう少し頭の良い言い方はないのか、と弟へ説明を求めるも「残念ながらそれ以外に言いようがないんです」と肩を竦められた。
 危惧していた悪魔落ちとは違うらしいことに安堵するべきなのか、お前までと嘆くべきなのか。

「……メフィストは」
「知ってるぞ。一番始めにバレた」
「……騎士團本部は」
「既に報告済みです。ちなみに僕らへの対応は特になし。しいて言えばフェレス卿の管轄下に置かれる程度で、身分、処遇も今までと変わりはありません」

 にっこりと笑って雪男は説明するが、簡単に納得できる話ではない。腐っても腐っていなくても彼らはあの魔神の力を引いているのだ。騎士團上層部が何の手も打たないということなどあり得ない。
 そんなシュラの疑問を察した雪男はしれっと、「僕らに燃やされたくなかったんじゃないですか」と口にする。

「……お前ら、何やった」
「本部を少し壊した程度ですよ?」
「でもありゃあいつらが悪い。俺らなんもしてねぇのにいきなり攻撃してくっから」

 だからそれに少しばかり抵抗を示してみせただけだ、と双子の悪魔は言った。騎士團上層部を黙らせてしまうほどの力を有しているらしいことに、シュラはため息をついて頭を抱える。
 祓魔師としての師でもある藤本獅朗はシュラに対し「武器を育てる」とそう告げた。武器ではなくただの息子たちだろう、と思っていたが、どうにもこうにも、彼の言葉は間違っていないかったようだ。いやむしろ「最強最悪の」という言葉が不足していたとも言える。

「……それで、結局アタシに何が言いたい」

 彼らの言い方ではどうやら魔神の炎は既に操ることができるらしい。燐への修行はもはや不要だ、とそういうことだろうか。その考えは半分ほど当たっていた。

「――――ということですので、兄さんへの訓練は剣技を主軸にしていただければ、と」

 その修行を受けるはずの本人は、小難しい話は弟に任せたとばかりにこちらを見向きもせず、ぱらぱらと教本を退屈そう捲っている。ちらりと燐を見やり、「そりゃ別にいいけどよ」とシュラは答えた。悪魔の血故燐の身体能力はずば抜けて高い。それを上手く剣技に活かすことができればきっといい騎士になるだろう。残念ながら弟とは異なり頭の出来は悪いため、小難しい理屈は無視して立ち回りを体に覚えさせた方がいいかもしれない。

「魔神の炎は確かに強いものですけど、こればかりに頼ってもいられませんし」

 僕らだって不用意に世界を滅ぼしたくはありませんから、と告げられ、口の端が引きつった。炎の制御はふたりで行わなければできない、と先ほど聞いたばかりで、要するにひとりで使おうとすれば抑えきれずに周囲へ甚大な被害をもたらすということなのだろう。常にふたりでいることなど不可能で、ひとりずつのところを襲われるかもしれないのだ。その際炎を使わずに抵抗する術がなければ双子の悪魔の身よりも、この物質界の存続が危い。

「兄さんに優しくない世界なんて滅びても僕は全然構わないんですけどね。むしろ滅ぼしてしまいたいくらいですが、そればかりではありませんから」

 悪魔であると知らぬ面々ではあったが、それでも燐を愛し、仲間だと思ってくれている人々だっている。もちろん今目の前にいる女性祓魔師だってそうだ。なんだかんだと言いながら、彼女なりに燐を可愛がってくれていることが分かる。そういった人々を雪男だって大切にしたいとは思っているのだ。
 そんなことを口にすれば、祓魔師として先輩にあたる彼女ははぁ、と大きくため息をついて「ばぁか」と首を横に振った。

「アタシはお前にも優しくしてんだろーが」

 そうだろ? と眉を上げられ、「『優しい』という言葉の意味が僕とシュラさんとでは異なっているようですね」と答える。昔は昔で昼食代を集られ続け(これは勝負に負けた雪男にも原因はあるが)、今は今で仕事を押し付けられ続けている。これが優しさだというのなら彼女は国語辞書を読み直すべきだ、と思う。しかし、気にかけてもらっているということが分からぬほど雪男も子供ではない。
 シュラだけでなく、祓魔塾の生徒たち、少し前まで暮らしていた修道院の修道士たち、祓魔師仲間、多くの人々の好意に囲まれていたとは思う。けれど、どうしても雪男の心の中には「何も知らないくせに」という卑屈な感情が掬い、正面からそれらの好意を受け止める余裕はあまりなかったのだ。

「……こう言っちゃ獅郎はキレそうだけど、お前はそっちの方が良かったのかもな」

 ぽつり、呟かれた彼女の言葉に、雪男は何も言わず笑みを返しておいた。
 悪魔である方が良かったと言いたいわけではない、燐と同じ場所に立っているということが重要なのだ。
 人間である時の雪男は燐のためだけに生きようにも、有する能力の限界に焦ってもがいているだけのように見えた。養父との約束が故かあるいは唯一の肉親に対する情か、あるいはその両方か。
 今ももちろん双子の兄を守ろうという感情が無くなったわけではないだろうが、少なくとも無駄な力が抜けひどく自然体な姿だと思う。

「まあ、アタシは別にお前らが何であろうと知ったこっちゃねぇんだ。今すぐ物質界を滅ぼすだとか、魔神の支配下に置くだとか、そんな物騒な考えさえ持ってなけりゃあな」
「持っているように見えますか、僕らが」

 眼鏡を押し上げて尋ねれば、んー、と唇を尖らせ、シュラは燐の方へ視線を向けた。いつの間にか双子の兄が広げているものが教本から料理本へと変わっており、「お、これ美味そう」と目を輝かせている。

「……あいつはとりあえず、今日の晩飯のことを考えてるな」

 誰かに危害を加えようだとか、そんなことを考えている顔ではないことは分かる。そして次に雪男へ視線を向け、彼女はにやり、と口元を歪めて言った。

「お前はどうせ燐のことしか考えてねぇだろ」

 端的だが間違ってはいない。「ご名答」と肩を竦める。

「ほんと、ビリーは昔っから燐しか見てねぇなぁ」

 しみじみとそう言われ、「誰がビリーですか、誰が」という雪男の文句に「え!?」と燐の声が重なった。突然どうしたのだと思えば、シュラのセリフを半分ほど聞いていたらしい。

「お前、そんな昔から俺のこと好きだったのか」

 どうにも見当違いなセリフを吐き出す始末で、ぶは、とシュラが吹き出した。しかし伊達にこの兄と十五年と少し付き合っておらず、雪男は真顔のまま「そうだけど何か文句ある?」とあっさり返す。何だその返答は、と突っ込む間もなく「あるに決まってんだろ!」と燐が叫んだ。

「絶対俺んがお前のこと好きだし!」
「いや、論点そこか?」

 我慢できず、ずびし、と右手を閃かせてそう突っ込んだシュラの隣で、「何言ってるの、兄さん」と雪男が呆れたようにため息をつく。

「僕の方が好きに決まってるじゃない」
「はあ? お前こそ何言ってんだ、俺だって昔から雪男好きだった!」
「僕はもっとずっと前からだよ」
「俺はもっともっともーっと前からだっ!」

 もはや口をはさむ気力すらない。
 今目の前にいる少年たちは、どう見ても重度のブラコン兄弟、あるいはただのバカップルで、間違ってもこの物質界をどうこうしようと思っているような凶悪な双子ではない。
 とりあえず天を仰ぎ(薄汚れた教室の天井しか見えなかったが)、シュラは亡き師を想う。


 獅郎、
 お前の息子らはふたりとも悪魔でどうしようもねぇバカだけど、
 今日も元気に笑ってるよ。




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2011.10.04
















シュラさん初書き。
このシリーズは双子以外が可愛そうな役になる傾向がある。
Pixivより。