双子の悪魔、悪魔の双子。(4)


 完全に魔神の力に目覚め、それをものにしてしまっているらしい双子を前に、騎士團が下した結論は「触らぬ神に祟りなし」だった。

「今のあなたがたを祓える祓魔師がひとりもいない、というだけの話ですがね」

 引き離せばあるいは、と上層部の中に考えていたものも居たらしいが、双子の力を前にしその考えも消え失せたようだ。せめて元聖騎士であるあの男が生きていれば、と嘆きたくなる気持ちも分からなくはない。

「確かに親父には勝てる気がしねぇ」
「力の強さの問題じゃないよね」

 幼い頃から彼に目一杯の愛情を注がれて育てられてきた。それが偽物だったとは思わないし、双子もまた表現の仕方は異なれど彼らなりに養父を愛してもいたのだ。

「いつだっけなぁ、虫眼鏡でこう、光集めてさ、紙に火が付くんだとかやっててさ」
「あー、実験してたとこを見つかって、マジ怒られしたね」
「あんときゃ怖かったなぁ」
「ふたりでびーびー泣いてね」

 あの時、もう二度と養父を本気で怒らせないようにしようと心に決めたのだ、と双子の兄弟は揃って口にする。

(……藤本、その時の怒り方をどうして私に伝授して逝かなかったのですか……)

 末代まで恨みますよ、とどこか遠い目をしたまま窓の外を眺めるメフィストの後ろでは、悪魔の双子が揃って正座をし、膝の上にバリヨンを抱えていた。既におなじみの光景でもある。

「一応言っておきますけど、私は一発芸を見たいがために君たちを呼んでいるわけではないんですよ?」

 振り返ったメフィストに見下ろされ、「一発芸だなんて失礼な」と雪男が眉を潜めた。

「そうだそうだ! 芸じゃなくてちゃんとした技だっつの!」

 弟の言葉に重なるように、兄が唇を尖らせてそう言う。
 今日は確か、一つの炎の右端で物を燃やして、左端では燃やさないでいられるようになっただとか。見せてやるよ、と燐が言うやいなや机の上に置いてあった買ったばかりのアニメ雑誌が炎に包まれ思わず悲鳴を上げてしまった。
 先日は炎を好きな形にすることができるようになっただとかで、小さな炎人形を部屋中に発生させられ、その前は炎を圧縮させ高密度のエネルギィ体にして物質化することに成功した、と親指の先ほどの小さな宝石を持ってきた。双子の目の色を足したかのような不思議な色の宝石で、手のひらのそれを感心して見ていたのも束の間、次の瞬間にはぼん、と炎を噴き出し、危うくダンディな髭がちりちりになるところだった。
 子供の悪戯というには少々危険すぎるこれらの所業が一発芸でなければ何だというのか。
 はぁ、と大きくため息をつけば、「だって、あれだろ?」と燐が若干俯いて口を開く。

「メフィスト、なんか俺らの報告書みたいなん、書かなきゃなんねぇんだろ?」

 虚無界の王の血を引く双子の管理は今、名誉騎士であるメフィストに一任されている。言い方を変えれば丸投げされている、と言ってもいい。それでも定期報告だけは行え、というのだから、人間とはつくづく不思議な生き物だ、と思う。面倒くさくはあるが、できればまだ騎士團上層部とは友好的な関係を築いておきたいがため、定期的に双子の弟たちを理事長室へ呼び出していた。

「ほら、日記とかもさ、何か派手なことがあった方が書きやすいじゃん?」

 そのための話題作りのようなものだ、とそう言っているが、「奥村くん、余計なお世話って言葉、ご存知ですか?」と口元を引きつらせるほかない。

「そもそも、そんなことを書けるわけないじゃないですか」
「えっ!? あれだけ一生懸命やったのに全スルー!?」
「当たり前です! 双子の悪魔が日々力をつけてます、だなんて書けば、今すぐに討伐隊が編成されますよ?」

 それでもいいんですか、と怒鳴れば「あ、そっか! そりゃ困る。なし! 今までのやつなし!」と燐は慌てて声を上げた。少し考えればそうなることくらい想像できるだろうに。

「……これ、素ですか?」

 燐を指さして隣に座る双子の弟へ尋ねれば、「もちろん」と返ってきた。笑みを浮かべて「バカでしょう?」と続けられ、仕方がないので「天然バカですね」と返しておく。せめてもの救いが、愛すべきバカだということだろう。
 はぁ、と大きくため息をつき、「奥村くん」と頭の弱い弟を呼んだ。

「私の報告書の話題づくりを手伝ってくださるなら、もう少し可愛らしいエピソードにしてもらえませんかね」

 何か善行を積めと言っているわけではない、悪魔が善きことを勧めるなど笑い話でしかないだろう。そうではなくせめて、ふたりが人類に対して無害であると分かるような、そんな要素ならば報告書に盛り込めなくもない、かもしれない。可愛いエピソードねぇ、と首を傾げていた燐は、そこではたと何かを思い出したらしい。じゃあこんなのはどうだ、と膝の上のバリヨンをぺい、と放り投げ、(かなり重たいはずなんですけどね、それ、と心の中だけで呟き床に激突する前に消しておく)立ち上がる。

「テレビ見ながら覚えた」

 そう言って振り付きで歌い出したのは、ついこの間まで放映されていたドラマの主題歌。出演している少女と少年が可愛らしく踊るエンディングが話題となり、ドラマが終わった今でも町中で歌を耳にするくらいだ。
 そのドラマの中で少年と少女は二卵性双生児の役を演じていた。三次元であるためあまり食指は動かなかったが、話題のものとなれば押さえておかねばなるまいと一通り見てはいる。設定を聞いた瞬間、奥村兄弟が脳裏に浮かんだことは否定できない。
 しかしだからといって彼らに揃って歌い、踊ってもらいたいなどと考えてはいなかったのに。
 双子の少年少女が踊るのだから、当然ふたりいなければできない振りもあるわけで、いつの間にか雪男の方まで踊りに参加している始末。
 ダバデュア、ダバジャワデュア、とポーズを決めてドヤ顔の双子を前に、机に肘をついてはぁあああ、と大きくため息をつく。

「……あれですか、私、ムック役でもやればいいんですか?」

 間奏に合いの手を入れているのはドラマに出てきた喋る犬。自らが姿を変えた犬を思い浮かべ疲れたように言えば、燐が「え、やってくれんの?」と目を輝かせる。ある意味子供らしくて可愛い反応を示す弟を前に顔を上げたメフィストは、にっこりと笑みを浮かべて指を鳴らした。

「帰れ」





 突然背後に現れた鳩時計に襟首を摘ままれ、放り込まれた先は寮の部屋だった。受け身を取ることもできず、どさり、とふたり揃って尻もちをつく。

「いってぇ……っ、もうちっとマシな送り方はできねぇのかよ」
「まあ、送ってもらえただけでもいいんじゃないの」

 腰を上げた雪男はぱたぱたと服の埃を払い、兄が立ち上がるのを助けるべく手を伸ばす。

「雪男がもうちょっと笑って踊りゃ受けたかもしんねぇのに」
「僕が笑顔であれ踊ったら、それはそれでフェレス卿のトラウマになると思うよ」

 雪男は思ったことを素直に口にするが、そうかなぁ、と燐は首を傾げている。そんなふたりの間にひらひらと舞い落ちる四角いメモ紙。

『来週は木曜日の18:00に』

 メフィストからの伝言で、なんだかんだ言いながらも呼び出すことは止めないらしい。揃ってそのメモに目を落とし、顔を見合わせてくすりと笑う。週に一度程度のことではあったが燐も雪男も、あの悪魔の理事長との会話が嫌いではないのだ。

「次に何やるか考えとかねぇとなぁ」
「炎ネタ止めて、今日みたいに萌えネタ持っていったら」
「今日のアレ、萌えネタか?」
「まあある種の。可愛く上目づかいで『お兄ちゃん』って呼んであげるとか」
「雪男もやるんならいいぜ?」
「だから、僕がやってもフェレス卿は喜ばないってば」

 眉を潜めてそう言った双子の弟へ、んー、と斜め上を見上げて兄は言った。

「俺が喜ぶ」




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2011.10.04
















メッフィーごめんね、テヘペロ(・ω<)
Pixivより。