双子の悪魔、悪魔の双子。(6) 仕事を終えて若干の疲労を覚えながら執務室へ戻れば、弟たちが我が物顔で寛いでいやがりました。 ひくり、とこめかみを引きつらせ、「何事ですか、これは」と尋ねる。「あ、お帰りー」と一番始めに声を上げたのは物質界に生まれ出でた青い炎を受け継ぐ双子、その兄である方。 「雪男」 「ん」 ソファに腰をおろし長い脚を組んで本を読んでいた弟を呼べば、それだけで兄の意図を察したらしい。立ち上がった雪男は、燐の手からコントローラを貰い受けた。 「今度はあなたが相手ですか?」 「あまり経験がないのでお手柔らかに」 にっこりとそう笑みを浮かべる先には、物質界では地の王と恐れられている悪魔、アマイモン。彼もまた魔神に連なるものであり、メフィスト同様虚無界で双子の兄的な位置にいる。 巨大なモニタで行われる格闘ゲーム対戦から抜け出した燐は、尻尾を無防備に揺らしながらぽてぽてと部屋の隅まで歩き、用意してあった茶器で紅茶を入れる。双子の弟へコントローラを譲ったのは戻ってきたメフィストにお茶を入れるためだったらしい。 だからどうして彼らが理事長室で戯れているのかを聞いているのだが、簡単に答えは返ってきそうもない。帽子を取って椅子に腰かければ、机の上にす、と紅茶の入ったカップが差し出された。 「腹減ってんならクッキー、あるけど」 食う? と首を傾げられ、言葉の意味を理解する前に「燐!」とモニタの前から声が上がる。 「さっき『もうない』って言ったじゃないですか」 あれはウソだったんですね、兄にウソをつくなんてひどい弟です、と対戦中であるにも関わらず視線をこちらに向けたアマイモンが文句を口にした。 「だって、そうでも言わねぇとお前、メフィストの分まで食っちまいそうだったじゃねぇか。弟なら兄ちゃんのために少しくらい残しておこうって思え」 コントローラを操作する指の動きも止まっているため、彼が操作していたキャラは完全に無抵抗になっている。そんな相手にまるでコンボ練習でもしているかのように技を繰り出し、叩き伏せている情のないもう一人の弟へ、「奥村くんのこれは素ですか」と尋ねればいつだかのように「もちろん」と返ってきた。 なんら裏や他意を持つことなく、ごく自然な振る舞いとして帰ってきた部屋主へねぎらいのお茶とお菓子を出す。一介の男子高校生がやってのける所業ではない。どこの新妻だ、と思っていれば、「よく仕込んであるでしょう?」と雪男がにっこり笑って言った。おかげで僕は毎日新婚ごっこができます、と満足そうで、お前が元凶かとため息が零れる。そんなメフィストへ「言っておきますけど」と雪男が言葉を続けた。 「もとは父さんが始めたことですよ」 「藤本、あなたは息子に一体何を求めてたんですか……!」 思わず亡き友人へ突っ込みを入れたところで、「どーぞ」とクッキーの盛り付けられた皿が机の上に置かれる。形の不ぞろいなそれは既製品には見えず、「手作りですか」と問えば「おうよ」と返ってきた。にこにこと笑みを浮かべる弟の背に白い羽が見える。悪魔だけれど。 「……奥村先生、この子、私に譲ってくれません?」 「却下します」 「言い値で買います」 「非売品です」 「時間制レンタル」 「お触りなし一時間五千円」 「お着替えは」 「露出が少なければある程度は許容しましょう」 「では早速、奥村くん! こちらのメイドさんに……」 メフィストが最後まで言い終わる前にごっ、と分厚い辞書が後頭部に直撃した。雪男の頭にも似たような凶器が投げつけられている。 「……燐もたいへんですね」 「そう言いながらメイド服持って近寄ってくんの、止めてくれっかな、オニーチャン」 半分泣きながら、燐は虚無界のもう一人の兄に向けて、分厚い辞書を全力で投げておいた。 三人の兄弟を前に腰に手を当てて、「そういうのはもっと可愛い女の子にやってもらえ」「実の兄ちゃんをレンタルすんな」とぷりぷりと怒る燐をなんとか宥めた後、「ですから、」と若干冷めたお茶へ口を付けながらメフィストはもう一度質問を繰り返す。 「どうしてあなた方がここで遊んでいるのか、私は聞いてるんですけどね?」 特に理由がなければそれはそれで構わないのだが、メフィストが物質界へ呼び出したアマイモンはともかく、奥村兄弟が用もなくここへ来るとは考えづらい。もっともまともに答えが返ってくるだろう雪男へ視線を固定すれば、彼は小さく肩を竦めてアマイモンの方へ目を向ける。 「僕たちは彼の気配を感じたので来たまでですよ」 何か妙なことされても困りますから、と双子の弟の方は平坦な声で言った。確かにまだ彼らの能力が完全に目覚めていない頃、奥村燐の炎を引き出そうとアマイモンをけしかけたことはある。しかしここまで安定してしまえば、障害をあてがっても無意味であろう。メフィストとしては今更わざわざアマイモンに襲わせるつもりは毛頭ないのだが、双子(の弟の方)はそう思わなかったようだ。 「アマイモン、お前は何をしに来た」 メフィストが呼び出したわけでもない弟は、何か用でもあったのだろうか。問えば、「父上からの伝言を持ってきました」とさらっと目的を述べた。 「……ほぅ?」 それはおそらくメフィストに対するものではないだろう。言ってみろ、と促せば、案の定地の王は双子の悪魔へ顔を向けた。 「『虚無界へ来い』」 「ぜってーイヤ」 「謹んでお断り申し上げる」 兄の言葉に双子は揃って拒否の声を上げる。もとより答え自体を期待していなかったように見えるアマイモンは、「そうですか、分かりました」とあっさり引き下がった。彼にとってはただ伝えることだけが目的だったのだろう。 「用が済んだのなら虚無界へ帰れ」 ため息をついてそう促せば、「イヤです」と返ってくる。 「燐と雪男ばかり兄上と遊んでずるいです。ボクも遊びます」 「何を馬鹿なことを、」 呆れてため息をついたところで、「では代わりましょうか、対戦」と雪男が声を上げた。彼の手には未だコントローラが握られたままである。 「奥村先生、私は別に遊びたいわけでは」 「兄上は格闘ゲームがお強いので勝てません」 「え、マジで? メフィスト、相手しろ、相手」 「兄さんやめときなよ。アマイモン相手にも勝てなかったくせに」 「うっせぇな、三回やって一回くらいは勝てるっつの!」 「ボクは違うゲームがいいです。物質界にはたくさんゲームがあるのでしょう? ちゃんと勉強してきました」 ぽむ、と煙を上げたアマイモンの両手には、携帯ゲーム機がそれぞれ握られている。こういうサブカルチャーに興味を持つのはどう考えても彼の兄の影響だろう。あまり自慢できることではないだろうが、破壊活動に明け暮れるよりはまだマシなのかもしれない。 「お、PSP持ってんじゃん。モンハンは?」 「無印ですか? 2ndですか? Gですか? 3rdですか?」 「詳しいですね……」 「サード! 俺、龍玉欲しい、アマツ行こうぜ、アマツ」 「え、兄さん、まだ出てなかったの?」 「物欲センサーが邪魔すんだよっ!」 「天空の龍玉ですか? ボク、八つくらい持ってますけど」 「マジで!? 信じらんねっ」 ぎゃあぎゃあと人の執務室で携帯ゲーム機を片手に騒ぎ始めた弟たちを前に、メフィストは深くため息をつく。彼らが物質界の存在を脅かすような悪魔だなんてとてもではないが信じられない、と自分自身を棚に上げて考えながらぱちん、と指を鳴らした。同時にメフィストの手の中には淡い桜色をした携帯ゲーム機。 「ちょっと弟たち。ここは私の執務室ですよ?」 お兄様も混ぜなさい。 ブラウザバックでお戻りください。 2011.10.04
アマイモンは兄上大好き。
「雪男ぉ、メフィストのギルドカードが気持ち悪い」Pixivより。 以下おまけモンハン駄文。 燐は太刀、雪男はライト、メッフィーがスラアク、アマイモンが笛という設定。 「え、何が……って、うわぁ、全武器使用回数百越え……完全廃人ですね……」 「ハンターと言いなさい、ハンターと!」 「おお、こんな記録がついてたんですね、知りませんでした」 「プレイ時間二百越えて初めてギルドカードに気づくってどうよ」 「しかも武器が笛一択……さすが地の王……」 「いや、雪男、その感心の仕方は意味が分かんねぇ」 「ほら、弟たち、さっさと準備を整えなさい、優しくて凛々しくてかっこいいお兄様がクエストを受注してあげましたよ」 「アマツ?」 「ええ、もちろん。奥村くんのリクエスト通りに」 「……ってこれ、ダウンロードクエストの方じゃないですか」 「イベクエ?」 「体力1.5倍」 「げ」 「ほらほら、行きますよ、はいしゅっぱーつ」 ぱーぽー。 「あででででっ、ゆきおっ、ゆきおくんっ! 散弾っ! 散弾がにーちゃんに当たってる!」 「あ、ごめん。現在進行形で弾を間違えてる」 「だったらさっさと変えろよ、ばかっ!」 「別に、さっき兄さんに斬られてこけたのを根に持ってるわけじゃないよ」 「持ってんじゃねぇか」 「兄上、ボク、今飛びました」 「……アマイモン、狩りの世界で油断は禁物だ。自分の身は自分で守る、基本だぞ」 「承知しました、自分の身を守るために戦います」 「…………向かう先が違う気がするが?」 「いいえ、自分の身を守るためにはこうするしかないのです」 「飛ばしあいで私に勝てると思うなよ……!」 「なんでアマツそっちのけで戦ってんだよ、お前らっ! まじめにやってんの俺だけじゃんっ!!」 「やだなぁ、そんなことないよ」 「そうですよ、燐。ちゃんと笛吹いて援護したでしょう?」 「そんなに私の雄姿が見たいなら見せてあげましょう」 「いでででっ、だから雪男、散弾っ!! つかお前ら二人して武器構えてこっちくんなぁっ!! 泣くぞっ!?」 |