双子の悪魔、悪魔の双子。(9)


「『ハッピーシンセサイザ』の節はこう」
「腕は?」
「後ろで組んでるんじゃないかな、これ。『奏でるよ』から動いてるでしょ」
「こんな感じ?」
「あ、そうそう、いい感じ。たんたん、たんたたんたん。僕が右側だから左手、兄さんは右手ね」
「お、意外にむずい」

 理事長室に戻ったら、末の弟たちが巷で話題になっている動画の踊りを練習していやがりました。

「…………………………」

 室内に足を踏み入れることなくぱたり、と扉を閉じれば、すぐ右脇に真っ青な炎が生まれ出る。百九十あるメフィストと同じ程度の大きさのその中からにゅ、と姿を現したのは、つい今しがた踊りを練習していた双子たち。

「いつの間にそんなことができるようになったんですか……」

 炎を通じての空間移動など、聞いていない能力だ。

「まだどこにでも炎出せるわけじゃないしな」
「見えない範囲では壁一枚隔てた向こう側程度ですよ」

 と言っても、要するに炎を出現させることのできる場所ならば、僅か一歩で移動が可能だということだ。人間であったはずの双子の弟の方が能力に目覚め、ふたりで炎を制御する方法を発見してからまださほど月日は経っていないというのに、彼らの成長ぶりは恐ろしいものがある。
 仲良く手を繋いだまま(炎を自在に操るには触れ合っている必要があるため当然といえば当然だが)の双子の兄弟を見やりため息をつけば、弟たちはにっこりと笑みを浮かべた。

「お帰り」
「お帰りなさい」

 できることなら今すぐこの場から立ち去りたい。しかし、最近悪魔として目覚めたばかりのひよっこを前に逃亡するのもメフィストのプライドが許さず、ひくりと口の端を引きつらせながら「ただいま戻りましたよ、末の弟たち」と意地で返しておいた。
 ふたりを従えたまま理事長室へ戻れば、当たり前のように燐がお茶とお茶菓子を用意する。腹が減っているか、と問われたため、多少は、と答えれば、今日はショートケーキが出てきた。

「……これも手作りですか」
「おう」

 にっこりと笑って頷く弟の背中に白い羽が以下省略。
 好みの温度で入れられた紅茶に口をつけ、一息ついた後、「それで?」と何故だか未だに両脇から離れようとしない双子へ話を向けた。
 受け継がれた魔神の力が気になるため、週に一度のペースでメフィストは彼らを呼び出している。下手に暴走でもされたら虚無界に連れ帰らざるを得ないだろうと思っていた。しかし今日は彼らと会う約束はしておらず、自発的に双子がやってきたということになる。そういう場合、大抵、十中八九、いやむしろ確実に、ろくなことにならない。何か悪戯を思いついたときにしか、そしてそれにメフィストを巻き込もうというときにしかやってこないのだから。

「愛しの双子たちは、今日は一体何を思いついたので?」

 分かっていても水を向けてしまうのは、なんだかんだ言ってメフィスト自身、この生まれたばかりの弟たちを気に入っているからだろう。今まで生きてきた年数は決して短くはないが、その中でも彼ら双子は玩具としては極上の部類に入る。多少危険を伴うが、娯楽にスリルはつきものだ。
 ショートケーキへフォークを入れながら尋ねれば、「今日はメフィストに頼みごとがあるんだ」と左隣から燐が言う。頼みごと。双子がメフィストにそんな単語を口にするなど、かなり珍しい。
 そもそも彼らはふたりでようやく自在に扱えるとはいえ、虚無界に君臨する父王の炎を受け継いでいる。双子にそのような趣味はないだろうが、はっきり言えば力で解決できないことは少ないだろう。燐ひとりですらアマイモンをねじ伏せたのだ、ふたり揃ったうえ炎の制御もほぼ完ぺき。メフィストが相手をしても正面から何とかできる確率は五分五分といったところだろう。
 ほう、と小さく呟き、紅茶をもう一口。

「そうですね、他ならぬ弟たちの頼みとあらば無碍にするわけにもいきません」

 言ってみなさい、と促せば、兄の言葉を引き継ぐ形で右隣に立っていた雪男が口を開く。

「いえ、ほら、僕と兄は双子じゃないですか」
「……ええ、それが?」
「苗字、同じでしょう?」
「そうですね。だから、それが?」
「『奥村くん』と『奥村先生』で僕たちを呼び分けるの、ご面倒ではありませんか?」
「…………何が言いたいんです?」
「いい加減名前で呼べよ!」

 遠回しな雪男の言葉がじれったくなったのか、横から燐がそう叫んだ。

「お断りします」
「なんで!?」

 咥えたフォークを微かに揺らし、口内に広がる生クリームの甘さを堪能してからメフィストは大きくため息をついた。

「あのですね、奥村くん」
「『燐』!」
「…………奥村くん。我々は悪魔なんですよ?」

 悪魔がなれ合うなど、どこの喜劇にあるというのだろう。確かに父を同じくするものではあるがただそれだけのことで、人間たちのように親愛の情を抱いたりはしない。わざわざ名前で呼ぶ必要性も今のところ感じず、このままで何の問題があるのかメフィストには全く分からなかった。

「アマイモンはきちんと名前で呼んでくれてますよ?」
「アレは規格外です。私がアマイモンと同じようにしなければいけないわけでもありません」

 むしろ兄という立場を考えれば、メフィストの方にアマイモンを従わせたいくらいだ。
 双子の要求をあっさりと切り捨てる兄に、燐は分かりやすく頬を膨らませ、雪男は眉を潜めて口を閉ざす。
 彼ら双子だって、さほどメフィストやアマイモンとなれ合いたいと思っている方ではないはずだ。ふたりだけで世界を完結させている彼らが、どうして突然こんなことを言い出したのかが分からない。分かりたいとも思わなかった。

「つまんねぇ、面白くねぇ!」

 やっぱり雪男の言った通りだった、とぺしぺしと尻尾を揺らして騒ぐ燐へ、「だから言ったじゃない」と呆れた声で雪男は言う。

「お願いします、でお願いを聞いてくれるようなひとじゃないって」
「よく分かってらっしゃいますね、奥村先生」

 さすが頭のできの違う弟の方は理解している、と思っていれば、「分かっているだけで面白くないのは僕も同じですよ?」と笑顔のままそう放たれた。

「ということで、弟らしくしてみることにします」
「……奥村先生、何がどうなって『とういうことで』なのか、まったくもって理解できませんが」
「こういうことですよ」

 恐る恐る右側へ視線を向ければ、「兄さん」と双子の弟が同じ年の兄を呼んだ。「おう」と笑顔で返事をした燐は、メフィストの手からフォークを奪い取る。雪男に意識が向いていたためあっさりそれを手放してしまったことに舌打ちが零れそうだったが、まさかフォークで攻撃してくることもないだろう。そう思えば、伸びてきた手にまだ半分ほど残っていたショートケーキの皿も奪われた。
 兵糧攻めでもするつもりだろうか、と思えば、一口サイズに切り分けたケーキを器用にフォークに乗せた燐がにっこりと笑って。

「ほら、『あーん』」

 ……弟の頭上に黄色い輪っかが見える。

「口、開けてください、フェレス卿」

 そう求められるが、冗談ではなかった。妖艶な美女か可愛らしい美少女ならば喜んで食べさせてもらっただろう。正直なところを言えば、末の弟たちが可愛くないわけではない。このシチュエーションもありだな、と思わなくもなかったが、彼らに乗ってしまえば何かがいろいろと終わるような、そんな気がした。
 メフィストの胸中を知ってか知らずか、くつくつと喉の奥を震わせた雪男が上体を屈めて年の離れた兄の尖った耳元へ唇を寄せる。

「メ、フィ、ス、ト、お、に、い、ちゃ、ん」

 どうにも、悪魔として目覚めて以来双子の弟の方は何かが吹っ切れてしまったらしい。まさか彼からそのような呼びかけがされるとは思わず、何か言い返そうとしたところでケーキの乗ったフォークを口の中に突っ込まれた。

「…………」
「美味い?」

 にこにこと笑っている燐はきっと悪気が欠片もないのだろう。その分雪男が悪気の塊であるように見えるが。

「…………ええ、とても美味しいですよ」

 奥村くん、とそれでも今まで通り呼んでやれば、頬を膨らませながらももう一口、とケーキを掬った。

「…………もしかして名前で呼ぶまでこれが続くんですか」
「名付けて『名前で呼ぶまでべたべたしてやるぞ作戦』です」

 名付けるもなにもそのままではないか、というツッコミをする気力すらもうない。

「兄を遊び道具にするなど、感心しませんね」
「それをあなたが言いますか?」

 弟で散々に遊んでいるメフィストにやはり敏い弟は気が付いているらしい。雪男と会話をしている間にも燐は手製のショートケーキをせっせと口に運んでいる。普段粗雑で大雑把な彼にしては上手くタイミングを計り、またケーキを無様に落としたりもしない様子はどうにも手慣れていて。

「懐かしいなぁ! 昔よくこうやって雪男に食わせてたよな」

 ある意味予想通りの言葉が燐の唇から吐き出された。同じ年であるはずなのに、どうにもこの双子の関係性はよく分からない。弟の方が兄のように見えることも多いが、しっかりものの弟はそれなりに双子の兄に甘えているらしい。つくづく面白い兄弟だ、と思いながら口を動かして咀嚼し、紅茶のカップに指を掛ける。

「しかしですね、奥村ツインズ。何をどう言われたところで、私は君たちの呼び方を変えるつもりはありませんよ」

 どう奸計を巡らせようとも無駄だ、と口にすれば、「えぇー、なんでだよ」「でしたら、僕たちが飽きるまで付き合ってください」と方向性の違う返答があった。

「なんででもありませんし、それもお断りします」

 さすがにそこまで付き合い切れない。最後の一口、と差し出されたケーキを素直に口に入れてから、さっさと逃げるために指を鳴らそうと右手を上げる。しかし気が付いた雪男に手を抑さえ込まれてしまった。別に指を鳴らさずとも術などいくらでも発動できるが、なんとなくタイミングがずれてしまい一瞬だけメフィストの行動が遅れる。その隙を逃すはずもなく、腰を屈めた雪男が「あ、」とわざとらしく声を上げた。

「頬に生クリームが付いてますよ」

 その言葉とともにちゅ、と右頬に生温かな感触。キスをされたのだ、と思う間もなく、「ずりぃ!」と燐が叫ぶ。

「俺もする」

 今度は左の頬にちゅ、と唇が寄せられ、とりあえずメフィストは心の中で両手を上げた。色々と諦めた、あるいはどうでも良くなった、ともいう。
 ため息をついた後、今度は雪男に遮られることなくぱちん、と指を鳴らす。
 理事長室の中央にあるソファセットの机に現れるクッキーやマドレーヌといったお菓子の数々。もう一度指を鳴らして茶器を出現させ、「あなたがたもお茶になさい」と末の弟ふたりの着席を促した。

「お兄様自らが入れてあげるのです、嫌とは言いませんよね、」
 リン、ユキ。

 それぞれ双子を見やって口にすれば、「「もちろん」」と両脇からステレオで答えが返ってきた。




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2011.10.04
















メッフィーの受難。
Pixivより。