円ヤカナル終宴ナリ


「なぁ、雪男」

 いつもすぐに眠ってしまう燐が遅くまで意識を保ち、ベッドに入った雪男へ声をかけてくるときは、ろくなことを言い出さない。

「明日起きたら世界滅びてたらいいなーとか思わねぇ?」

 今日もまたその法則は発動したようで、紡がれた言葉に虚脱感を覚えた。

「……発想が小学生並みだよ、兄さん」

 馬鹿なこと言ってないでさっさと寝ろ、と続けてみるも、兄の耳には届かない。「そしたらさぁ、」と燐はどこか楽しそうに可能性を挙げ続ける。

「ガッコ行かなくて済むし、宿題やらなくて済むし、塾だってねぇからお前に怒られねぇし、シュラにどつかれなくて済むし、メフィストに嫌味言われなくて済むし、最高じゃん!」

 うけけけ、と笑いながらそう言っているが、何が楽しいのか雪男にはまるで分からない。はぁ、と大きくため息をついて、「それは兄さんだけ生きてる設定なの」と終わりそうもない妄想に言葉を返した。誰もいない世界で、ひとりだけ好き勝手に春を謳歌しているように聞こえたが、「いや? 世界滅びてんだから俺もいねぇよ?」と燐はあっさり雪男の問いを否定する。
 彼自身も消滅しているのであれば、そもそも学校のことを心配する必要もないし、口やかましい周囲の人間を気にする必要もない。嫌なものから逃げたい一心で世界の滅亡を(たとえ本気ではないとしても)願う、それは悪魔的というよりも、むしろただの子供でしかない。
 幼い頃には誰しもが持っていた無邪気さを、兄は未だにその体内に囲い続けている。それは年を重ねるに連れ失っていくはずのもので、同じ年頃のものたちより一足先に大人と触れ合う世界に入ってしまった雪男は当の昔に失くしてしまったもの。
 燐がそれを未だ持っているのは、単に彼が世間知らずだというわけではない。
 「ああ、でも、」と先ほどまでの声音と全く変わらぬトーンで紡がれた続きの言葉に、雪男はそっと目を閉じた。

「死ねねぇかもなぁ、このカラダじゃあ」

 悪魔として覚醒してしまった彼の身体。治癒力も人間の比ではないほどに跳ねあがり、流血を伴うような傷でもたちどころに治してしまう。そんな肉体であれば、たとえ世界が滅んだとしても生き残ってしまうかもしれない。
 ある意味自虐的とも取れる言葉を、悪魔は何でもないことのように、さも楽しげに口にする。それがどれほど残酷な響きを湛えているのか、きっと燐は知らない、知ろうともしない。雪男の心情など、彼にとってはもはや考慮するに値しない程度のものなのだ。何故なら。

「できりゃ死んでやりてぇんだけどなぁ」
 雪男が望む通りに。

『いっそ死んでくれ』

 以前燐に対し紡いだ言葉が、決定的なまでに彼を壊した。
 その場ではさほど気にしているようには見えなかったが、自分の置かれている状況、立場を理解するにつれ、それが徐々に燐を蝕んでいったようだ。雪男が気が付いたときには既にどうしようもできないほど、兄はその言葉に捕らわれてしまっていた。
 そんなつもりはなかったのだ、と言い訳は紡がない。罪悪感を覚えていないわけではないが、これはこれでそう悲観するほどの状況でもないのかもしれない、と思っている。
 だって燐は、虚無界の王たる存在の炎を受け継ぐ子供だ。
 物質界では厭われ恐れられ、ただひたすらに疎まれて生きていくしか道はない。

「早く死ねるといいね」

 雪男の言葉にあははっ、と燐は声を上げて笑った。そして続けるのだ、「お前、ほんとに俺に死んでもらいたいんだなぁ」と。
 そんな双子の兄へうん、と返事をし、だって、とその理由を口にする。

「そしたら僕も死ねる」

 雪男の生きる意味は、燐の存在そのものだ。兄がいるから、魅力のないこの世界にしがみ付いている。兄がいないのなら、こんな世界すぐにでも捨て去ってしまうのに。
 何度目か分からない雪男の告白に、燐が返す言葉はいつも同じ、それは嫌だ、と。

「雪男が死ぬのは嫌だなぁ」
「だったら兄さんも死ねないねぇ」

 困ったね、と困っているようには聞こえない弟の言葉に、困ったなぁ、とどうでも良さそうに兄が答える。

 半分ほど魔神でできた兄弟に、明るい未来など広がっているとは思えない。
 双子になんら関係のない、そして興味もない第三者が耳にすれば何と下らない、と鼻で笑うだろう会話を、布団に包まったまま静かに交わす。ふたりを傷つけるもののいない、毒々しい甘さを含んだ闇に身をゆだねたまま双子が夢見るは、近い未来か、あるいは遠い将来に繰り広げられるかもしれない終わり。
 静謐で凄惨な終焉。
 



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2012.06.05
















一番書きやすいタイプのふたり。

Pixivの奥村詰め合わせより。