健ヤカナル人ノ子ヨ



 ぶっちゃけたことをぶちまけさせていたけるのならば。
 ええそりゃもちろん興味はあります、ないわけがないです、思春期真っ只中、第二次性徴真っ只中の十五歳の青少年、性少年と誤変換したいくらいには、もちろんばりばりに興味があります、何にって。
 エロ的な事柄に。
 寝ても覚めてもエロいことばかり考えている、と言えばさすがに過言だが、それでもふとした拍子に首筋だとか、尖った肩だとか、意外に細い腰だとか、手首だとか、唇だとかに目が向いてしまうのも仕方がないだろう。その相手がつい先日「想い人」から「恋人」にクラスチェンジを果たしたばかりだから尚更。
 苦節十五年。
 年齢イコール片思い歴というのもひどく不自然だとは思うけれど、そもそも相手は同性で同姓で双子の兄で、その上悪魔だ。今さら不自然さが一つ加わったところでさほど変わりはないだろう。
 異常だ、と自覚しているからこそ、死ぬまで秘めておくつもりだった気持ちがまさか叶うなど、思ってもいなかった。だって兄なのだ、馬鹿でがさつで考えなしでずぼらで単細胞な、兄なのだ。同じ年の柔らかな少女に心をときめかせているものだとばかり思い込んでおり、信じられない、からかわないで、と泣きそうになりながら突き放せば逆に盛大に泣かれてしまった。嫌うのはいいけど気持ちを否定するのは止めてほしい、と。
 嫌う、誰が、誰を。
 泣きながら紡がれる言葉の意味を理解すると同時に、「そんなのあるわけない!」と否定の言葉が出た。
 確かに腹立たしい面は多く、苛立ちを覚えることもあるが、嫌うことは絶対にない、ありえない。たとえ物質界中の人間と、虚無界中の悪魔が燐を嫌うようなことがあったとしても、自分だけはそうならないと自信をもって言い切れる。
 それほどまでに想う相手と心を通わせて今日で一週間。
 ふたりともが泣いてしまったという少し情けない告白劇の際、手を握りハグを交わしあったけれど、後々よく考えてみればその程度の触れ合いは「家族」であってもできたこと。機会は少なかったが、したことがないわけではない。
 「恋人」になって一週間。
 そろそろ次なるステップに進みたい、と考えてしまうのは、早急すぎるだろうか。

「……いやでも、兄さんにそういうの、求めてもな」

 そんな呟きが響く部屋に今燐はいない。「三度の飯より飯が好き!」と意味の分からない言葉をリズミカルに口ずさみながら、厨房へ夕食の支度に行ってしまった。多少鈍感な面のある兄に恋人関係の進展や甘い雰囲気を求めても無駄だろう。いやそもそも、自分たちに「甘い雰囲気」が似合うはずもない。
 そうは分かっていてもやはり、十五歳。
 惚れた相手とベッドの上でうふんあはんの、ぎしぎしあんあん。
 夢見ないはずがない。
 今日進めておくべき仕事を前にもんもんと悩んでいれば、背後でかたん、と小さな音がした。振り返ると、彼専用に作った出入り口から小さな身体を滑り込ませてきた猫又の姿。

「ご飯、出来たって?」

 悪魔であるクロの言葉は雪男には分からない。けれど彼が人の言葉を理解できることは知っており、雪男の問いに猫又は「にゃぁ!」と首を縦に振った。雪男を呼んでくるように、と燐に頼まれでもしたのだろう。
 おいで、と腕を伸ばせば素直に飛びついてきた猫又を抱え、食堂へ移動する。

「今日の晩御飯、なんだろうね」
「にゃあ」
「お肉?」
「にゃにゃっ」
「じゃあ、魚かな」
「にゃん!」

 どうやら今日のメニューは魚らしい。そうあたりをつけながら食堂へ入り、クロを離して厨房に立つ燐へ声を掛ける。指示されたとおり皿を運び箸を並べ、飲み物を用意しようと冷蔵庫を開けあれ、と小さく呟いた。

「ねぇ、兄さんお茶は?」

 作り置きのお茶が冷やしてあるはずなのだが、そのポットが見当たらない。もうすでに出してあるのだろうか、と兄へ視線を向けたのと同じタイミングで、燐もまたエプロンを外しながら振り返り。

「ッ!」
「!?」

 思いのほか兄弟が近くにいたことに互いが驚きを隠せず、燐が慌てて背を反らせ雪男から距離を取ろうとする。しかし無理な重心の移動に三半規管は耐え切れなかったようで、そのまま後ろへ倒れかけた兄の背へ咄嗟に腕を回した。

「――――ッ」

 襲いくるだろう衝撃にぎゅうと目を閉じた燐を抱えこみ、両足に力を入れてなんとか体勢を保つ。ふたりで倒れるという間抜けな事態を何とか避けることができ、ほぅ、と安堵の息を吐けば「わ、悪ぃ」と腕の中で小さな謝罪が紡がれた。ほんとだよ、と深く考えずに言葉を返し、「気を付けてよね」と見下ろして、ふと気が付く。
 真下に見える燐の首筋と、尖った耳の先が真っ赤に染まっているのだ。弟に助けられたことが恥ずかしいのだろうか、と的外れな方向に思考が外れたのも一瞬のこと、すぐに現状を理解し、雪男もまた頬を赤く染める。互いに顔が見えない体勢で良かったと心の底から思った。

 こんな風にぴったりと身体を寄せて抱き合うのはたぶん、告白したその日以来。あれから簡単な触れ合いすらできなかった。何だかとても恥ずかしくて、心の中に渦巻く欲望を察してしまわれそうで。
 すぐ側にある体温を意識すればするほどどくどくと心臓が早鐘を打つ。密着しているためそれは燐に伝わっているかもしれず、早く離れた方がいいかもしれないと思うけれど、離れがたいのもまた事実。「に、兄さん、」と隠しきれない動揺を滲ませて燐を呼べば、腰のあたりの服を握っていた手がそろり、と雪男の背へ回された。

「ッ!!」

 きゅう、としがみ付かれる感触、見下ろした燐の耳の赤さがさらに増しているようだったけれど、もうそれを理解するだけの余裕はない。抱きついて抱きしめて、どうやらその触れ合いを燐も望んでいたようで、そのことが嬉しくて仕方がないのだ。
 心臓が口から飛び出てきそうなほど体内で暴れている。巡る血液ももしかしたら沸騰しているかもしれない。

 ぶっちゃけたことを言うのならば、もちろんエロいことに興味はあって、できれば愛してやまない存在を押し倒してあんなことやそんなことをやってみたい、と妄想ばかり膨らんでいる。
 けれど、目じりまで赤く染め、尻尾をぱたぱたと振りながら抱きついてくる可愛い生き物を前に、正直ろくな思考も働かずただ抱きしめ返すだけでいっぱいいっぱいになっている現状を鑑みるに。

 ベッドの上でのうふんあはんは、夢の夢のそのまた夢なのかもしれない。

 



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2012.06.05
















もっとうぶうぶしてる話も書きたい。

Pixivの奥村詰め合わせより。