ヒトから一目置かれる方法


 中学時代まで、自分は目立たない人間だとそう思っていた。いや今でもそう思っているしそうでありたいと願っている。少しばかり平均より伸びてしまった身長のせいでひょこりと頭が飛び出てしまうため、視線を集めてしまうだけだろう、と。
 大人に混ざって祓魔師なんぞをやってみたり、同じ年の少年少女たち相手に講師なんぞをやってみたりしているが、根本的な性格は昔から変わっていない。大切なひとのために強くなりたい、強くなろうと踏ん張っているだけの、ごく普通で、平凡な小市民だ。
 だからこの学園に入学してからの環境の変化に、一番驚いているのは雪男自身だったりする。少しばかり入学試験でトップをとってしまい、新入生代表などというものを安請け合いしてしまったのがいけなかったのかもしれない。(理事長である悪魔からの直接の依頼であり、側に養父もいたため断りづらかったということもある。)やはり下手に目立つようなことをするべきではなかった、と後悔してももう遅い。真面目に勉学に励むための特進科だというのに、どうしてこうもひとの周りに女子が集まってくるのかが分からなかった。きゃいきゃいと高い声でまるで興味のない話をして去っていく。相手をするのも疲れるし馬鹿らしいというのが本音だからこそ、笑顔で適当にあしらっていたのだけれど正直限界が来ていたのだと思う。

「……なんだか、奥村くんっていつもお兄さんのこと言うよね。ちょっとブラコンっぽいかも」

 雪男の兄が普通科にいるということをほとんどのものが知っている。兄は中学時代までの素行や噂のせいで、相変わらず孤独な学校生活を送っているらしい。気の毒だなとは思わない、むしろ羨ましくさえあるくらいで、寄ってくる女生徒たちを追い払うのに時折「兄が、」と彼の名を口にしていたのだけれど
 やだー、えーブラコンとかないってー、と雪男を置いて頭上で飛び交う会話に、引きつりそうになる頬をなんとか笑みの形に保ち、「そうかもしれませんね」と吐き出す言葉は肯定のもの。きょとんとした女子たちを見回し、「僕たちは両親の顔を知りませんし」と眉を下げて言う。

「僕にとって兄はこの世界でたったひとりの家族です」

 育ててくれた養父も突然の事故で亡くし、ひとというものは簡単に会えなくなるものなのだ、と学んだ。だからできるだけ一緒にいたい、いつ会えなくなるか分からないから、とやや芝居がかった口調で続ける。

「だから誰よりも大切に想ってますよ」

 そういうのをブラコンというのかもしれませんね、と開き直ってみせればきっと女子たちも引いて遠ざかってくれるだろう。そんな計算を働かせての発言だったのだけれど。

「奥村くん……」
「ごめんね、私たち、奥村くんがそんなに寂しいご家庭だったとか、知らなくて……」
「そうだよね、家族だもん、一緒にいたいよね」
「私たち、奥村くんとお兄さんが一緒にいられるよう、いっぱい協力するから!」

 一体今の話のどこに泣ける要素が転がっていたというのか、目をうるうるさせた女子たちが口々にそう言いながら去っていく。寂しい家庭? 家に戻れば誰かしらいたし(血の繋がりはなくとも修道士たちだって家族なのだ)、ひと一倍うるさい兄とさらに輪をかけてやかましい養父がいたというのに、どこに寂しくなる要素が転がっているというのだろう。
 まさかこんなにもあっさりと上手くいくとは思っておらず、急に静かになった空間に雪男の方がきょとんとしてしまう始末。
 しかしこの手は使える、とこの時奥村雪男(十五歳)は学習してしまったのである。



「……で、その結果がアレっちゅーわけか」
「うん、まあ……」
「見事に開き直ってはりますね」

 昼食時、学食で堂々と隣同士に腰掛け、兄弟以上の接触をしている双子の兄弟。おかずの交換はまだ序の口で、食べさせあったり、口の端についたご飯粒を舐めて(指で摘んで、ではない)取ったり。ハートが飛び交っていそうなふたりだけの世界は、どう遠慮して表現しても「ホモのバカップル」でしかない。それなのに周囲を取り巻くほかの生徒たちは、決して異様なものを見るような視線を向けていない。勝呂たちのように呆れたような顔もしていない。

「良かったね、奥村くん、お兄さんと一緒にご飯食べれて……!」
「ほんと仲良しな兄弟だねぇ」
「男兄弟ってあそこまでするっけ……?」
「ばか! お前、あの兄弟、ふたりだけで身よりもねぇって話じゃん、あれくらい許してやれよ!」

 女生徒たちだけでなく、男子生徒たちにも奥村兄弟の話は広まっているようで、学園全体で「親がおらずふたりだけで身を寄せ合って暮らしている可愛そうな双子の兄弟」を応援しているかのような雰囲気ができあがっていた。今この場ではむしろ、奇異な目を向ける勝呂たちのほうが異端であるらしい。もちろん、そうなるように仕向けたのは、史上最年少で称号を得た天才祓魔師、奥村雪男本人である。彼は言葉巧みに、時折身振り手振りを加えて、自分たちの境遇を大げさに、けれど決して押し付けがましくない程度に語って、効果的に他人からの同情心を買ったのだ。

「奥村もようまあ、我慢しとんな、あれ」
「坊、そこはあれですわ。あの子もちょぉ、特殊な感性してはるから……」

 志摩の言葉にははは、と三輪が乾いた笑いを零した。
 ブラコンだということを前面に出しておけば、煩わしい女子たちからの攻撃を交わすことができる。それは雪男の精神面において非常にプラスになるから、と燐はそう弟から説明を受けたらしい。いくら弟のためとはいえ、校内であそこまでべたべたしても平気なのか、とこっそり志摩が尋ねたところ、「まあ、ちょっと恥ずかしいけどな、」と燐は答えた。

「ああやっとけば俺もずっと雪男といられるし、雪男に近づくやつも減るし、一席日曜ってやつ」

 奥村くんたぶんそれ『一石二鳥』やね、と間違いを指摘する以外、返す言葉を持たなかった、と志摩は言う。そう語ったときにひっそりと浮かべられた笑みが普段の彼らしくない、艶やかさと強かさを湛えていたからかもしれない。
 互いにブラコンです、という主張を前面に押し出した双子の兄弟は、今日もまた、周囲の温かな視線に囲まれながら、いちゃいちゃと愛する兄弟との時間を過ごしている。

「……ほんま、ええ性格しとるわ、ふたりとも……」

 力なく呟かれた勝呂の言葉に、志摩と三輪も重々しく頷いて同意を示した。




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2013.07.16
















11月25日。

Pixivより。